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Episode.1-7

「ハッ」


 僕は目を覚ました。

「ヒッ」

 横にコールラウシュさんがいると思ったがいなかった。

「ほっ」

 危なかった。

 ここは自分の部屋だった。

 窓からは太陽の光が入っていなくて、今が夜だと理解することは簡単だった。

「僕は貴重な初日をどうしてしまったんだ」

 後悔。

 自責の念。

 これからの将来に対する不安。

「とりあえず外に出るか」

 僕は自分の部屋から出た。

 廊下には人が数人いるくらいで、とても全校生徒300人とは思えなかった。

 お腹が空いたので食堂に向かう。

 3階から1階に降りて、食堂に向かう。

 食堂の座席は8割ほど埋まっていて、僕も適当な座席を見つけて座る。

 周りからヒソヒソと噂をする声が聞こえてくる。

「ほら、今年入学してきた男の新入生っていうのはあの子よ」

「ああ、あのとても足が速いっていう噂の」

 え?なにその噂。

 小学生かよ。

 しかもそんなに足が速くないし。

 平均ぐらいだし。

 そもそも誰がその噂を流したの。

 なんで広めようと思ったの。

 どうして広まったの。

 謎は深まるばかりだった。

「横の席いいかな」

 そう声をかけてきたのはウィルヘルミーさんだった。

 僕の了承を聞かずに横の席に座る。

「いやあ、凄い人気だね」

 ウィルヘルミーさんは座りながら僕に話しかける。

「こんな人気は嬉しくないですよ」

「そうかい?私はどんな形であれ人気であることは嬉しいけどね」

「そうですか」

 なんだか僕の発言を全否定されたような気がする。

 まあ、個人の感想だから全然問題ないが。

「ところで、」

 ウィルヘルミーさんは僕に話す。

「明日は何時までに学校に来ればいいかは知ってる?」

「……知りません」

 知らなかった。

 全然気にも留めていなかった。

「明日は朝の8時に1年2組の教室に来てもらえればいいよ。座席はどこだっけな……忘れたから一番前でいいや。一番前の真ん中ね」

 僕の座席がたった今決まった。

「わかりました」

 別に座席にこだわりはないので了承した。というか今日までその席だった人はどうするんだろうか。明日になったら入学式で見なかった人が自分の席に座っているという恐怖。まあ、なんとかなるか。

 楽観主義ここに極まれり。

「教科書とかは貰った?」

「貰ってないです」

「え?貰ってないの!?」

 驚くウィルヘルミーさん。

「シャルル先輩から貰ってるはずなんだけどな」

 ウィルヘルミーさんはそう言って、

「会議に顔を出した時に手ぶらだったから、まさかとは思っていたけど、やっぱり渡してなかったか」

 と続けて独り言を呟いて、

「やっぱり抜けてるな、あの先輩」

 と、あの先輩呼ばわりしていた。

「じゃあ、私が教科書を持ってくるわ。部屋はどこにあるの?」

「3階の真ん中にある狭い部屋です」

「分かった。じゃあ、晩御飯食べ終わったらもっていくね。この後に街の中心部とか外出する予定とかあるかい?」

「いや、別にないんでいつ来てもいいですよ」

「そうかい、じゃあ、また今度」

 そう言ってウィルヘルミーさんは帰っていった。

 と、思ったら食器をさげ終わった後にまた僕のところにきて、

「ねえ、なんで敬語なの?もっとフランクに話してきてよ」

 と言った。

「いくら同い年とはいえ、先生ですから敬語を使うのは当たり前かと思いまして」

 僕は返事をする。

「うーんそういうものなのかなあ」

「そういうものですよ」

「そういうものか!」

「そういうものですよ!」

「ってこれはコールラウシュ先輩が使うやつでしょ!新入生の手におえるようなものじゃないよ!」

 ウィルヘルミーさんは僕にプリプリと怒った。

 新入生の手におえるようなものではないと怒られた。新入生の手におえないような会話術ってなんだろうか。そもそもこれは会話術なのか?人心掌握術とも取れそうな会話の方法ではあるが。

 実際に僕もこの会話術のせいで出会ったばかりのコールラウシュさんの手中にくるみこまれてしまった。

 シャルルさんのことをシャルちゃんと馴れ馴れしく呼んでしまっていた。

 とりあえず謝るのが吉だろう。

「ごめんなさい」

 僕は謝る。

 素直に謝る。

「じゃあ、これは謝罪の品ということね」

 と言いながらウィルヘルミーさんは僕のプレートに乗っていた白米をペロッと飲み込んでしまった。

 え?

 この人、まだ半分ぐらい残っている白米を噛みもせずに飲み込んだぞ?

 まじ?

 僕はこの学校に来たことを後悔した。

 なんだか変な人ばっかりだ。

 アレニウス使いってのは総じて変な人しかいないのかな。

「じゃあ、また今度ね」

 と言ってウィルヘルミーさんは去っていた。

 僕のプレートには半分残ったトンカツだけだった。

 ……ご飯が欲しい。

 キャベツもお新香も既になかったので純粋にトンカツだけを楽しんだ。



 食後、僕は自分の部屋に戻っていた。

 食堂でもヒソヒソ言われ、帰る時にもヒソヒソ言われていたので、ずいぶんと滅入ってしまった。

 これがずっと続くのだろうか。

 さすがにそれは勘弁してほしい。

「どーもー」

 ウィルヘルミーさんが入って来た。

「はいこれ」

 ウィルヘルミーさんは教科書の束を僕の机の上に置いた。

「凄い量ですね」

 その教科書群は10キロを軽く超えそうなほどの重さがあり、それを片手でなんなくと持ち上げるウィルヘルミーさんの腕力の強さも恐ろしい。

「まあ、アレニウスを使いこなすうえで必要な知識はもちろんのこと、アレニウスの歴史やアレニウスの整備方法、アレニウスを使った戦闘のコツ、さらには柔術の授業もあるからね。教科書もそれに従って作られているから、全体の冊数でみるとどうしても多くなってしまう訳だよ。中には我流でアレニウスの使い方をマスターしていたがために、アレニウスを最良の形で使うことができないので、基礎から教え直さなければいけない人もいるからね」

 てっきり国語とかそこら辺の教科書も含まれているのかと思ったら、まさかアレニウスだけでこんなにも教科書があるとは思ってもいなかった。

「そんなにアレニウスだけの勉強ばっかりしてもいいんですか?」

 僕はウィルヘルミーさんに尋ねる。

「まあ、最低限の教養は入学試験の時にチェックしたはずだから、教養に問題がある学生は落とされているはずだよ」

 ああ、入学試験のときに筆記試験もあったような気がしたな。全然解けなかったけど。

幸いなことに四択だったので、適当にマークをしたら通ってしまったので、筆記試験は参考程度なのかと思ったが、まさか筆記試験でも振り落とされることがあるとは思わなかった。意外なところで僕の強運を発揮してしまった。

「じゃあ、長居してもあれだから私はもう行くね。これからの授業予定は教科書と一緒に持ってきた書類に書いてあるから」

 ウィルヘルミーさんはそう言って僕の部屋を出た。

「あ、コールラウシュ先輩だけには気をつけてね。あの人、凄いから、油断したら貞操を奪ってくるから」

 というアドバイスを残して。


 貞操って……。


 冗談だよね? 


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