Episode.1-5
なんやかんやあって、僕達は校舎の中にいた。
「ここが多目的ホールだ。ここは学生でも気軽に使用できる。私も中人数での集まり事があるときには使用する」
案内されたのは多目的ホールだった。大きなテレビが1つあり、椅子やテーブルが複数個並んでいる。テレビは壁に固定されているが、椅子とテーブルは好きなように動かすことができ、さらに奥の方にはテーブルと椅子が山積みになっている。この山を崩したら結構な人数を収容できそうだ。
さらに案内される。
「ここは集会場だ。学生全員を集めての集会にはここが使用される」
集会場は校舎の端にあった。
「ここは図書館」
「ここは視聴覚室」
「ここは……ここはなんだ?」
「ここは調剤室」
「ここはトイレ。男子トイレはここだけだ」
「ここは整備室。アレニウスの整備をする施設だ」
途中、学生会長も知らない場所に連れていかれたが、とりあえず全ての学校の施設を案内してもらった。
学校の施設を全て案内してもらい、改めてこの学校の広さを実感する。
校舎の中だけでも国内でも有数の大きさなのに、それに加えてアレニウス関連の建物も多く存在しているため、その広さは異様なほどである。
「まあ、最初は何がどこにあるか分からないかもしれないが、生活していくにつれて徐々に分かっていくだろう。とりあえずはトイレと教室、それと学生寮の場所だけ分かっておけば問題ないだろう」
「案内、ありがとうございます」
「気にするな。これも学生会長の仕事だからな」
シャルルさんはさも当然というような仕草をみせる。
「じゃあ、学生寮に戻る前に担任に挨拶しにいくか」
シャルルさんの提案に僕はふたつ返事で了承する。入学式に遅れたことによって下がった担任の心証を少しでも上げておきたかった。
「教員室ってどこにあるんですか?」
僕はシャルルさんに聞く。
「ああ、この学校は教員室っていうシステムじゃないんだ。実力のある上級生が下級生に教えるシステムなんだ。アレニウスが出来たころは先生なんて人はいなかったから、経験者が初心者に教える仕組みだったんだ。その頃の名残なわけなんだよ」
「それって、上級生はどうやって勉強してるんですか?」
「自習だ」
「自習」
「まあ、アレニウスの基礎は暗記的な内容だから自習でも補えてしまうし、実技は経験によって身につくからな。上級生の中でも経験豊富な学生が基礎を下級生に教える訳だ。もちろん、放課後に先生方で互いの勉強をカバーリングし合うから、ある意味では個人授業を受けているともいえるかもな」
「そうなんですか。じゃあ、担任の先生はどこにいるんですか?」
「今日は先生方で教員会議をしているはずだから、こっちにいるはずだ」
そう言ってシャルルさんは僕を多目的ホールへと連れていった。
さっき案内されたときは静かだった多目的ホールが、今は物音や話し声が聞こえて、中に人がいるのだと外からでも確認できる。
「ああ、多目的ホールってそういう時に使うんですね」
「そうだな。もちろん会議室でもやるときもあるんだが、会議室は机が固定されているからな。予約をとるのも大変だし」
そういうものなのか。
シャルルさんは多目的ホールのドアを開けて中に入る。
「おっす」
軽い挨拶をするシャルルさん。
「おはようございます」
多目的ホールにいた全員がシャルルさんに向かって挨拶をする。
「会長、今回の会議の内容をまとめておきました」
そういって緑色の髪を肩ぐらいにまで伸ばした女の子がシャルルさんに書類の束を渡した。
「うむ」
シャルルさんはそういって書類を受け取る。
「去年とあまり変わっていないので、変更点だけ1枚目の用紙にまとめておきました」
「ありがとう」
シャルルさんは書類の1枚目に軽く目を通して、書類を緑髪の女の子に返した。
「えっと、1年2組の担任は誰だっけ?」
シャルルさんの質問を受けて、1人の女性が、私です。と言って立ち上がった。
その女の子は長い黒髪をポニーテールにしていて、動くたびにポニーテールがプワプワと優しく揺れている。
「新入生のヘルムホルツ君だ。この学校で唯一の男子生徒だから、いろいろと気にかけてやってくれ。色々と慣れないこともあるだろうから」
シャルルさんはポニーテールの女の子に話す。
ポニーテールの女の子は了承したようで、僕の方に向き直して自己紹介を始める。
「初めまして、ウィルヘルミーです。あなたの担任を勤めます。なにかあったら気軽に相談してください」
ウィルヘルミーさんは僕に向かって右手を出した。
「うっ」
僕はその手が恐ろしくて、後ずさりしてしまう。
「?」
ウィルヘルミーさんは何か失礼なことでもしてしまっただろうか。というような顔をしてシャルルさんの方を向いた。
すかさずシャルルさんが説明をした。
「新入生はコールラウシュに会って来たんだ。というよりも、遭遇してしまったんだ」
「ああ……」
ウィルヘルミーさんは苦笑いを浮かべる。
「安心して、ヘルムホルツ君。私はコールラウシュ先輩のような痴女ではないよ」
痴女って……。
もっと言い方があるでしょ……。
「コールラウシュは女にもキスをするからな。気をつけた方がいいぞ」
シャルルさんは僕にアドバイスをくれる。
もっと早くに教えてほしかった。
僕も自己紹介をする。
「ヘルムホルツっていいます。よろしくお願いします。ウィルヘルミーさん」
僕は恐る恐る右手を出して、握手をした。
「ああ、ウィルヘルミーでいいよ。同い年なんだし」
「同い年?」
ウィルヘルミーさんの言葉の意味を理解できずにいると、横にいたシャルルさんが補足説明をしてくれた。
「ああ、ウィルヘルミーは1年飛び級でこの学校に入学してきたから、年齢としてはヘルムホルツ君と同い年なんだよ」
確かに、そう言われてみるとウィルヘルミーさんの体躯は小柄で、さらに、その顔もどこか幼げな感じだった。
いや、たった1年で人は変わらないか。
少なくとも見た目は。
「それにしても、なぜ今日の入学式に来なかったの?」
ウィルヘルミーさんは僕に聞いた。
「えっと……」
なんと説明したらいいものか。まさか、集合時間なんて聞かされてないですよ!おかしいですよ!と逆ギレする訳にもいかない。
「馬車の時間的に朝の入学式には間に合わなかったんだよ。最近はこの町でも馬車から自動車にするべきではないかって議論されているほどだからね。ほら、ここ数年は減便が激しいから」
シャルルさんは答えられずにいる僕を助けてくれた。
優しい。
シャルルさん優しい。
学生会長を勤められるだけのことはあって、やはり学生からの信用も厚いのだろう。きめ細やかな優しさは嬉しいし、なによりも助かる。
変な人だと思っていた最初の頃の自分を叱りたい。
「じゃあ、この後は学生寮に戻って、明日からの学校に備えてくれ」
シャルルさんは僕に言う。
「じゃあね、ヘルムホルツ君」
ウィルヘルミーさんは僕に挨拶をする。
「よろしくお願いします」
僕は返事をする。
じゃあね、と言われてしまうと、返事に困る。先生である以上、敬語を使うべきなのだろうが、年齢としては同い年なのだから、露骨に上下関係を出すのも決して褒められるものではないだろう。
「じゃあ、後は任せたぞ」
シャルルさんはそう言って多目的ホールを後にする。
僕もそれに続いて多目的ホールを出た。