Tenpure 4-2
「本当にサクサク進むんだな……」
僕達が乗っていたヘリは洋館から少し離れた場所で止まった。洋館は町の中心部から離れた丘の上に立っていて、僕達は今その丘の麓にいるのだ。
住宅街を分断するように伸びている坂は1キロほど進んだところで、周りの景色が草木生い茂る場所へと変貌する。木々は全て丘の上に立っているためか、不規則な形で伸び、いまにも根本が折れそうだ。
坂には昔の名残である自動車用の道路も設備されているが、1台も通っていない。不自然なほどに静かだった。
しかしここも昔の風景と照らし合わせることすら困難なほどに発展していた。坂の下にはトンネルができて、そのトンネルを通っていけば他の町に行くことが出来る。僕がいたころにはトンネルなんかなくて、トンネルの代わりに人が歩いたことによって拓かれた道が細々と存在しているだけだった。
僕達はその長い坂を上っていき、ある程度の高さまで行ったところで後ろを振り向いてみる。すると簡単に住宅街を一望することができた。
そこは決して高層ビルが立ち並ぶような住宅街ではない。小さめの一軒家が立ち並んでいて、それ以外には控えめなアパートがあるくらいだった。しかし、そのどれもが生活感に満ち溢れていている。そこで人々が生活している息吹を感じる。
僕が忌み嫌って逃げだしたこの町にも、この町が好きで一生この町に住みたいと思っている人がいるのだろうか。
ああ、今この時間にも何十億人という人が色々なことを思いながら生きて、もがいて、そして死んでいくのだろうか。
そう考えると、自分が正義を振りかざしてして行う行為も他人からしたら悪になるのかもしれないと考えてしまう。絶対的な正義などはないのかもしれない。僕と、それから僕の家族と、好きな人、自分が満足する範囲での正義を僕は貫くべきだろうか。
そんなことを思いながら歩いていると、景色は住宅街から自然の風景へとモデルチェンジをした。木々の中に入って歩いていると、体感では肌寒いくらいだった気温が少し上がったような気がした。
ニュークリアーとの戦いが目前に迫っているので、血が煮えたぎっているのだろう。血液が速く流れているのだろう。
手の平にはほのかに汗が滲み出ていた。
一歩一歩足を進めるたびに、1つ1つと決戦が近づいているのだ。
そんな時だった。
「危ない!」
木々の中からアレニウスを起動させた数人が襲い掛かってきた。一番近くにいたウィルヘルミーさんとローリーさんが瞬時にアレニウスを起動させてガードしてくれたからよかったものの、僕だけだったら間違いなく攻撃を受けていただろう。
どうやら敵もターゲットをウィルヘルミーさんとローリーさんに絞ったようで、空中殺法よろしくのバトルを繰り広げている。ウィルヘルミーさんは両方の刀を上手く使って相手の攻撃を受け止めつつ攻撃を入れ、ローリーさんは体の使いこなしで攻撃をかわしながら厳つい手袋を装備した両手を振り下ろす。
「私達は先に行くぞ」
シャルルさんがそう言いながらアレニウスを起動させて坂を一気に上る。
僕は2人を置いていくのに少し躊躇してしまったが、その戦いっぷりを見て安心してマクスウェルを起動させる。背中の黒い羽を使って素早く坂を駆け上がった。
坂を上ってからさらに右に進んだ先にニュークリアーがいる洋館があるらしい。坂を上る勢いのまま右へと進む。
数百メートル進んだ先に洋館がみえた。
中央には大きな建物があり、横には洋館にふさわしいほどの庭があった。テニスコートやサッカーコートに、野球場が1つの洋館の敷地内に全て入っていた。そのどれもに人は見当たらず、人が住んでいる気配を感じさせなかった。
飛んで洋館を上から見てみると、居住目的の建物の他に、あきらかに居住目的ではない工場のようなものが広々と建てられていた。
高く積み上げられたような工場はパイプがところかしこから地を這うように建物同士を繋いでいて、工場の中央には百メートルはあるくらいに高い煙突が伸びていた。
球体のようなものや何本も縦長に建てられた建物、まるで餅を重ねていったような形の、今にも崩れてしまいそうなタワー。
その工場は洋館とも町とも何とも釣り合わない見た目だった。
僕は洋館の偵察を軽く終えてから元の場所に戻る。
「工場がありました。でかいやつ」
僕は報告する。
「ニュークリアーはその工場で独自に核兵器を開発しているんだ」
核兵器に関する取り決めはいっそう厳しくなっていて、世界再編のときには核をエネルギーとして使用していたが、今はそれすらも重罪として裁かれるようになった。核兵器による一斉殺戮は禁止されて、一対一をベースとした兵器のみを用いることが世界的に約束された。アレニウスはそんな時代に開発された、限りなくグレーに近い兵器である。最も、今ではアレニウスが主流になってしまったのだが。
「核兵器以外にも人体改造に遺伝子改造、隣国への勝手な攻撃に首都への攻撃、気にいらない市民の理由のない殺害。まあ、累積退場って感じだな」
「なんか大罪を犯した訳じゃないのに殺すってのも残酷な話ですね」
「まあ、討伐って言っても必ずしも殺す必要はないんだ。引っかかっている項目を辞めさせればいいわけだから、極論を言ってしまえば話し合いで解決してもいいんだ。まあ、既に警告は何回も出していて、全て無視されているから話し合いで解決するのは無理だろうがな」
「そうなんですか。それにしても情報出し渋りすぎじゃないですか?」
当日になって知った情報が多すぎる。せめて核兵器などなどの話は前もって教えてくれてもよかったのではないか。ケチかよ。
「だって、殺さなくていいって言ったら練習、真剣にしないでしょ?討伐だって大体は殺し合いになるのに」
コールラウシュさんが僕の頬をつまみながら言う。
「そうでふね」
頬をつままれているので上手く返答が出来ない。
「それよりも、大罪を犯した訳じゃないっていう君の発言を聞いて不安が倍増したわ。ねえ、バラール」
コールラウシュさんは頬から手を離したと思ったら今度はバラールの頬をつまむ。
「世間知らずの高枕とは言い得て妙ですね」
バラールはコールラウシュさんの頬をつねり返しながら言う。
「それにしてもギーブ、全然緊張してないね。ギーブのことだからもっと緊張したり硬直したりするのかと思ったけど」
頬をつねられている割にはハキハキと話すバラール。器用ね。
「大丈夫、僕は大丈夫だよ。もう父親を自分の手で殺してしまったことも何とも思ってないし、ニュークリアーに対して特別な感情も持ってないよ。ただシャルルさんからの命令だからニュークリアーを倒すのさ」
「なんかカッコつけてて嫌なんだけど」
そう言いながらバラールは、自転車を漕いでいたら胸のあたりにテントウムシが止まった時のような顔をした。
「そうかしら、私はカッコいいと思うわよ。シャルちゃんはどう思う?」
「ニュークリアーを殺す全責任を私に押し付けられたから嫌い」
「嫌いが2票に好きが1票だから嫌いの勝ちね」
「なんの勝負なんですか」
コールラウシュさんがボケ一辺倒だったので流石に突っ込まざるをえなかった。そしてシャルルさんに至っては僕の発言の意図があまり伝わっていなかったようだ。僕が責任転嫁をしたと思われた。まあ、正解である。
「さて」
シャルルさんは話が一段落ついたところで洋館を痛いくらいに睨みつけながら言う。
「いよいよ決戦だ」