Tenpure 4-1
幼少期にすごした日々の体験の記憶は今となっても消えることなく残り続けるのだが、そのときの場所に関する記憶となると覚えていない人も多い。昔の場所に行ってみて当時の記憶を思いだすことは多くない。なぜなら、昔とは目線が違うからだ。昔は何だって大きく見えたし、どこに行くにしたって必死だった。公園の滑り台の頂上に登れば世界で一番高いところに立ったような気分になるし、隣町の小学校に行くなんてマルコポーロがジパングに行くようなものだった。だけれど、今の僕達はどうやったって、世界一高いところに行って門限の時間までに帰ってくることは不可能だし、未知の大陸を開拓したときのようなワクワク感は味わえない。子供の頃に特別な経験をする必要はない。大人にとってはなんてことない出来事でさえも、子供からしたら貴重で特別で、なによりもワクワクすることなのだ。僕達はあのときに戻ることはできない。だけど、もしあの日々のことを思い出したかったのなら、思い出の場所に戻って、しゃがんでみるといいのかもしれない。
久しぶりの故郷は僕の記憶にある故郷とは似ても似つかない状態だった。
リニアモーターカーの駅が完成したことによって町は重要なネジを外したように栄え始めたのだろう。駅に併設したショッピングセンターには外資系食品会社が多く並んでいて、窓際はオシャレなカフェが乱立している。
駅から続くメインストリートは歩行者専用の通路になっていて、その脇を固めるようにデパートがそびえ立っている。本屋や食品店にカラオケ、メインストリートを進んでいくと古くからある懐かしのお店が並んでいる。
間違いなく昔とは違った景色だ。
駅の上からひっそりと覗く山が無ければ、僕はその場所が昔の記憶で言うところのどの場所かを思いだすことはできなかっただろう。
「どうだ?久しぶりの生まれ故郷は。昔とは大違いだろ?」
シャルルさんが僕の横に並びながら聞いてくる。
「昔はショッピングモールなんてものはなかったですし、こんなメインストリートなんてありませんでした。昔はただ住居が数軒、ぽつぽつとあるだけだったんですが、今やデパートがわんさかですしね」
「ちょっと観光するか?」
「そんなゆっくりしていいんですか?」
「ダメに決まってるでしょ」
シャルルさんの左腕にまとわりつくようにクネクネとしていたローリーさんが答える。この人シャルルさん大好きすぎだろ。
「そうですよね」
ローリーさんに何か言っても、いつものように正論づくしでボコボコにされてしまうので僕は納得したようにして会話を終わらせる。
「つれないわね」
少し残念そうな顔をするローリーさんだった。なんでだ。
駅を出てすぐにあるヘリターミナルへと移動する。技術革新をへてヘリコプターは小型化、軽量化がなされた。車のような側面を持ち合わせていて、さらに人身事故を起こす可能性が極端に低いことから現代ではヘリが主流になっている。
車もヘリと比べて4割ほどの割合で働いているものの、そのほとんどは荷物の輸送や安価な夜行バスなどの夜間面での稼働のみである。
「ここからはヘリでいきましょう。家から人を用意してあるわ」
コールラウシュさんの財政力におんぶにだっこ状態でニュークリアーがいる洋館まで専用のヘリで向かう。
敵の本拠地に乗りこんでいるはずなのに予想外にサクサクと物事が進んでいる。この町は討伐対象になるような罪人が支配しているとは思えないほどに栄えていて、人々も元気そうだ。公共交通機関も不自由なく敷かれていて、討伐対象がいる洋館にも公共交通機関で手軽に行ける。僕が住んでいたころのニュークリアーは町を荒廃させていて、とても今のような活力のある町になるとは思わなかった。
ああ、そうだ。
バラールはどう思っているのだろうか。この異質なまでに変化した町を。
「昔とは大違いだね」
ヘリでの移動中に僕はバラールに話しかける。
「ギーブはフィストリアに帰ってくるのは初めてだから驚くかもしれないね。私は定期的に来ているから慣れてるけど」
「えー!!!!!!!!!!!定期的に来てるの!!!!!!!!!!!!!!!」
衝撃のあまり人生で最も大きな声で叫んだかもしれない。ヘリは僕の驚きのお蔭でグラグラと少し揺れる。
「だってしょうがないじゃない。かわいい洋服のお店が多いのよ、フィストリア」
「かわいい洋服って……」
まあ、僕は洋服に疎いから分からないけども。
「女の子の性ね」
それ自分で言うのか……。
呆れたような衝撃的なような、なんとも複雑な気分の僕だった。