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Tenpure 3-6

「ん……生臭いな……」

「私は魚じゃないですよ。徹夜明けの人間です」

 朝、僕はシンギュラリティさんに叩き起こされた。

 周りを見渡してみるとシャルルさんやウィルヘルミーさん、ローリーさんにバラールと揃いも揃ってグッスリしていた。

 なぜ僕だけ起こされたんだ……。

「なんで僕はこんなに早く起こされたんだ、っていう顔をしてますね浅はかですね嘘がつけないタイプですね生意気ですね死ね」

「朝から怒涛の攻めは辞めてください……」

「私は徹夜明けなのでテンションが高いのです。まあそれはおいといて。アレニウスが完成したのでテストしてもらおうかと思いまして」

 なるほど。確かに夜を徹して作業したのだから、その努力を誰かに認めてほしいという気持ちにもなる。

 僕も試験の前日に徹夜をして勉強したときなんかは特に、いろんな人に徹夜をしたということを言いふらしたくなる。というか言いふらしている。徹夜の成果は出ていないけれど。

 僕は一緒に寝ているシャルルさんを起こさないように布団から出て、シンギュラリティさんと一緒に部屋を後にした。

 そのまま屋敷の裏にある闘技場のような場所へと案内される。どこにでもあるな。闘技場。

「このアレニウスを起動してみてください」

 僕はシンギュラリティさんから指輪を貰って人差し指につけようとするが、

「まって!」

 と静止されて指輪を取り上げられる。

「そのアレニウスは薬指につけてください」

「なんでですか?」

「私が作製したアレニウスは薬指につける決まりなんです。体内に取り込むタイプか薬指につけるタイプのどちらかです」

 僕は指輪を薬指につけようとして、

「まって!」

 リバイバルする。

 指輪をクルクルと器用に回しながらシンギュラリティさんは話す。

「アレニウスに名前をつけてからにしてください。アダージェットやスケルツォみたいなダサい名前以外で」

 ダサい名前って……人のセンスを簡単に否定しないでほしかった。人が人を思いやることのできる、誰もが幸せに生活できる社会を切望した。

 僕は思案する。

 素敵な名前を考える。

「マクスウェル」

 僕は考えに考えて1つの結論をだした。

「素敵な名前。今日からこの子の名前はマクスウェルです。アダージェットやスケルツォより何倍も良い名前ですね。呪文の詠唱は必要ないですから名前を叫ぶだけで起動できます。体、大切にしてくださいね」

 シンギュラリティさんは僕の左手を両手でそっと掴んで、マクスウェルの指輪を僕の薬指に入れる。ズシリ、と僕の薬指は今までにない重さを手に入れる。指輪と呼ぶには躊躇ってしまうほどの重さだ。

「マクスウェル」

 起動させたはずだったのだが、マクスウェルはピクリともしない。

 なにがあったのか、というような表情をしている僕はシンギュラリティさんの手の平で踊らされていたことに気がつく。

「私が作製したアレニウスは名前を呼んだだけでは起動できません。残念でしたー」

 ニコニコと笑いながら、まるで幼児のようなあどけなさを含んだ笑みを見せながら僕をエルボ―で突き飛ばすシンギュラリティさん。

 突然の出来事に僕はなす術もなく吹っ飛ばされて転倒する。

 ここまでいったら徹夜明けのテンションってだけで言い訳できるレベルじゃないだろ……。半分いじめだぞ。

 もう半分は照れであってほしい。度が過ぎるツンデレであってほしい。

 僕は阿弥陀如来のような表情になっていただろう。

 いや、地面に寝転がっているから涅槃像という方が適切だろうか。

 僕は現代の釈迦だった。

「ああ、やりすぎましたね。謝りませんけど」

 謝らないのかい!

 僕は寝たまま、脳みそお花畑状態のシンギュラリティさんの声を聞いていた。

「本当はアレニウスの名前を叫んだ後にリスタートって言わなければ駄目なんですよね。言葉にするだけで起動しちゃったら面倒ですしね」

 なるほど確かに。

 そもそもアレニウスって起動するときは呪文を詠唱したりなんなりが必要なのに解除するときは念じるだけで済むこと自体がガバガバなルール設定の気もする。しかし疲弊した状態で詠唱するのは疲れるし、そう考えると案外理にかなっているのかもしれない。ダメージを一定以上受けると強制解除になるのもそうだ。

 やはり頭の良い人が全力で考えたものは大抵、理にかなっているのだろう。

 頭の良い人、さまさまである。

 僕は偉大な先人達に多大なる感謝の気持ちを捧げながらマクスウェルを起動させる。

「マクスウェル、リスタート!」

 僕の体は鋼鉄で覆われて、軟性な甲冑さながらである。その甲冑とは不釣り合いなほどに、僕の背中には、一切の光を吸収してしまうようなほどに黒々とした、大きな翼が生えた。それはさながら不幸の象徴のようにみえる。

 僕は四肢を動かしてみる。

 甲冑を着ているとは思えないほどに自由度が高い。関節はいつものように曲がり、翼は願うだけで畳んだり伸ばしたりできる。

「飛んでみてください」

 シンギュラリティさんは僕がひとしきり試し終わった後に聞いてくる。その顔にはワクワクニコニコが滲み出ている。自分が作ったものを驚いて、喜んで使ってくれていることが嬉しいのだろう。

 僕は飛んでみようにも、翼を使っての飛び方が一切分からなかったので、空を飛びたいと念じた。

 案の定、僕は飛べた。

 便利!

 実際、アレニウスはとりあえず念じておけばいいみたいな感じがある。

 僕はグルグルと円を描くように飛んでみる。ズバズバとWを描くように飛んでみる。どんな風に飛んでみても自在に飛べた。

 歩くのと同様の感覚で飛べた。脳で思考することもなく飛べたのだ。今までのスケルツォでの飛行はフライというよりもジャンプという感覚だった。しかし今回は違う。ジャンプをした状態でさらにもう一段階ジャンプをする、と表現すればいいのだろうか。

 結果から言ってしまうと、小回りが利くようになって、より少ない力で空を飛べるようになったのだ。

 しかし、見た目と空を飛ぶところくらいしか変化は無いように感じた。

「ありがとうございます。じゃあ、僕はこれで」

 僕はそう言って二度寝に入ろうとする。

「私がそんなしょうもない改良しかできないと思っているんですか?」

「まさか……」

「では、秘密の特訓を始めましょうか」


 秘密の特訓と聞いて、僕はいやらしいものかと想像したが、やっぱりそんなわけがなかった。


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