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Tenpure 3-3

「あれ?」

 ここどこ?

 僕はとりあえず長い廊下を歩いてみる。

 屋敷は夜ということもあって、森のように静かだった。僕の呼吸の音が、床を踏む音が、反響するようにして僕の耳に入ってくる。

 眠たさはなかった。さっきまで気絶していた僕は、気絶も早々に済ませ、さっさと睡眠にシフトチェンジしていたのだろう。

 延々と続く廊下をまっすぐに進んでから、適当なところで左に曲がる。廊下をグルリと見渡してみるがシンギュライさんの様子が見えないので、きっとどこかの部屋に入ったのだろう。ということはつまり、僕は知らない屋敷に連れてこられ、何十とある部屋の中から正しい部屋を1つだけ見つけなければならなくなった。

 そもそもシンギュライさんが僕のことを待ってくれるような人だったら僕のこの努力も無用なのだろうが。

 まあ、女の子は少しわんぱくな方がいいのだろう。

 わんぱくな女の子がかわいいのか、かわいい女の子が総じてわんぱくなのかは分からない。鶏が先か卵が先か。どちらであってもかわいければ全て問題ない。

 僕は覚悟を決めて目についた部屋に入ってみる。

 その西洋風の大きな扉を押した。

 ギギギギという音のしない手入れが行き届いた扉の先には、窓から少しの月明りが入るだけの部屋があった。

 その部屋には目的不明のヒラヒラした布が天井から垂れ下がっているベッドがあり、誰か人が寝ている気配があった。

 僕はなぜそうしたのかは分からないが、なにが僕をそうさせたのかは分からないが、僕はベッドで寝ている人をチェックした。

 コールラウシュさんだった。

 穏やかな表情でスヤスヤと眠っていた。イビキを一切たてず、布団を蹴飛ばしたりもせずに、その寝姿から品を感じてしまう。

 なにか巻き込まれたら色々と面倒だったので、僕は極力音をたてずに部屋から出た。

 僕は部屋からそっと出て、深呼吸をする。

 できるだけ音をたてないように心がけると、どうしても呼吸をするのを控えてしまうのはなぜだろうか。

 手を大きく広げて息を吸い。

 手を下げると同時に息を吐く。

 呼吸を止めて両手を組んで天井に向かって上げて。

 力を抜いて手をダランと下ろし息を吐く。

 膝を曲げてしゃがみ。

 両手を膝に軽く置いて膝を伸ばす。

 両腕をグルグルと回す。

 よし!

 気分転換がてらに体のストレッチをする。本当ならこんなことをするよりも早くにシンギュラリティさんを探すべきなのだろうが。

 僕はコールラウシュさんが寝ている部屋の横の部屋に移動して、扉をゆっくりと開ける。

 その部屋はまったくといっていいほどに同じ造りをしていて、家具や絵画までも同じ造りをした部屋だった。

 絵画が同じというのは、複製か何かだろうか。もっと雑な言い方をしてしまえばコピーという表現が浮かんでくる。

 しかし絵画を説明するときにコピーという言葉を使うと絵画に詳しい人からボロクソに言われてしまうことは手に取るように明らかなので、できるかぎり避けたい表現だ。

 さっきの部屋と同じというのは、ベッドの上で人が寝ているということも同じことであるからして、つまり僕はベッドで寝ている人の寝顔をチェックしたのだ。

 コールラウシュさんだった。

 あれ?

 僕は間違って同じ部屋に入ってしまったのだろうか。と思い部屋から出るが、窓から見える景色が同じ部屋ではないことを説明してくれる。

 僕はたまらず次の部屋に移動する。

 やはり同じ部屋だ。絵画の位置も種類も同じ。

 ベッドを確認してみても、そこにはコールラウシュさんが寝ている。

 念のためにもう1つの部屋をチェックしてみるが、同じ部屋だ。

 僕はベッドで品よく寝ているコールラウシュさんを起こそうとするが、名前を呼んでも起きる気配はない。

 ゆすって起こそうとするが、女性をゆすって起こした経験がないのでどうやって起こせばいいのか分からない。

 とりあえず両肩を持ってみようと思い、僕が両肩に手を置いた途端、刹那、瞬時、コールラウシュさんの両手が僕の体を包む。

 包む、という表現をしたが、その実、包まれるというよりは蝕まれるという表現の方が適切だろうか。もしくは狩りにあう。

 そのまま僕はベッドに仰向けになり、僕を覆いかぶさるようにしてコールラウシュさんが四つん這いになる。

 コールラウシュさんと目が合う。

「女の子の寝込みを襲うなんて、いけない子ね」

 コールラウシュさんは僕の腰のあたりに座りながら僕のお腹を撫でる。

「そんなことより」

 僕はコールラウシュさんを退けてベッドから降りる。

「シンギュライさんを知りませんか?」

「ああ、ギュラシックちゃんね。ここにいるわ」

 コールラウシュさんが言葉を言い終わった後に、どこからともなく強風が吹いてきて僕は思わず顔を伏せてしまう。

 さらに部屋全体が目も開けられないくらいに眩しくなり、僕は目を閉じてしまう。

 それが数秒続いたが、なんの前触れもなく風も光も無くなったので僕は目を開ける。

 目の前にはシンギュラリティさんとコールラウシュさんがタンゴを踊っていた。

「タンゴ?」

 僕は状況をそのまま口にする。

「違うわ」

「違いますよ」

 互いに否定する。

 コールラウシュさんがさらに説明をする。

「これはワルツよ」

「そうですよ」

 シンギュラリティさんはコールラウシュさんに抱かれている状態で加勢する。

 僕も1つ噛んでみる。

「その違いはよくわからないですけど」

「無知ですね」

「せめてムチムチでありたい」

「ムチムチでいいのね……」


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