Tenpure 3-1
ドッドッドッドッドッドッドッドッ。
ドクンドクンドクンドクン。
パチパチパチパチパチパチパチパチ。
ジャバジャバジャバジャバジャバジャバジャバジャバ。
よし!
僕は身支度を済ませた。
音の具体的な内訳を話すのは野暮だろう。とにかく、ドッドッとなり、ドクンドクンな状態で、パチパチとジャバジャバを済ませたのだ。
学生会館から出て空を見上げる。
時期は初冬ということもあり、視線の先には満開の寒空が広がっていた。気温は一段と冷えており、上着を着ていても少し肌寒かった。
僕は馬車の後ろから荷物を詰め込み、自分は前から乗りこむ。
「どう?順調かい?」
先に荷台に乗っていたウィルヘルミーさんが僕に話しかける。
「順調って、何がですか?」
「そりゃあ、アレだよ。あの、アレするときとかに積極的に感じるアレだよ」
「ああ、アレですね!順調です!」
「そうか、何事も順調なのは良いことだからな。直前になると緊張するかもしれない、と思っているなら無用だぞ」
決まったことを話すように喋るウィルヘルミーさん。
「どうしてです?」
「そりゃあ、討伐対象はきっとこちらが討伐に向かっていることを認識しているだろうからな。じゃあ私達を返り討ちにするためにはどうしたらいいか、ってなると、当然奇襲攻撃になるだろう?こちらは進む必要はあるけど、向こうはその必要がないわけだよ。好きなように行動できるわけさ」
「なるほどなあ」
納得。
「というわけで後ろの見張りをしろおおおお!」
ガシッと蹴り飛ばされて馬車の荷台から飛び出してしまう僕。そのまま地面に強く右肩を打ち付けて血が流れて肩の骨が砕けた。
「いてええ」
荷台といっても前後は布で覆われているだけなのでダメージを吸収できずに地面と衝突してしまった。
「あー、痛い」
僕は起き上がるのを諦めてそのままゴロっと地面に横になる。
ググッと背伸びをする。
ゆっくりと時間をかけて呼吸をしてみると、冬特有の冷たい空気が鼻から入っていき、肺の奥底に充満されているのが分かる。
肺に空気が満杯に入ったのを感じてから僕は起き上がって地面に座る。
よっこいしょ。
馬車の荷台からバラールが顔を覗かせていた。
「あ、ギーブ」
「おはようバラール。体調はどう?」
バラールは僕の問いかけを無視して荷台の中に顔をひっこめた。
せめて返事だけでもしてくれればいいのに。
と思って腐っていたが、どうやら僕の生存を報告しているようで、
「ギーブいましたよ」
「おお、そうか」
という会話が聞こえた。
「じゃあ、出発するか」
馬車は僕を置いたままゆっくりと進みだした。
置いてかれてる……。
僕が呆然と馬車を眺めていると、荷台の後ろからヒョコっとバラールが顔をだして、顔の前に手を合わせながら右目を閉じる、さながら“うっかり謝罪”のポーズをした。
さしずめ、僕が地面に座っているとは報告せずに、いるとだけ報告してしまったため、てっきり僕が荷台の中にいると勘違いされたのだろう。
よくある間違いだ。
「アダージェット!」
僕は立ち上がってアダージェットを起動させる。もう呪文を詠唱しなくてもアレニウスをだせるようになった。
僕は右足に力を込めてジャンプする。
高々と上空まで飛んだ後に荷台の前方にいる2匹の馬に狙いを定めて、ゆっくりと下りていく。
ばれないように右の馬に乗っているシャルルさんの後ろに座る。
左の馬に乗っているコールラウシュさんは僕の方を一瞬だけ見たが、すぐさま了解したように微笑んで前に向き直した。
僕はシャルルさんの前に手を出してグルグルと撫で回そうと思ったが、いくらシャルルさんの胸が控えめだとはいえ、これは半分セクハラだったので控えることにした。
残りの半分は友情だ。
愛情ではない。
「シャールちゃん」
僕はシャルルさんの目を塞ぐように自分の手を被せる。
「うわああああああああ!!!!!!」
馬の手綱から手を離すことはできないので僕の手を退けることが出来ず、さらに僕の手によって視界を奪われているので分かりやすく動揺していた。
「大丈夫ですかシャルルさん!」
「おお!ヘルムホルツか!助けてくれ。どこを見ても真っ暗なんだ!」
「分かりました!おりゃあ!てい!こら!」
僕はそっと手を退ける。
「やったぞ!見える!ああ、助かった、ありがとう」
シャルルさんは目隠しをした張本人が僕だと気付かずに、心から感謝しているようだった。
ちょろい。
もはや、ちょろいとかで片付けられるような問題ではない。ちょっとした詐欺である。
なんて純朴に育っているのだろう。まるで牧草ロールが広がる牧場の中で羊や牛と一緒に釜の飯を食ったかのような純朴さだ。
劣悪な食事環境。
視界を解放されたシャルルさんは顔を僕の方にぐるりと回しながら僕に向かって話しかけてくる。
「それでヘルムホルツ?」
「どうしたんです?」
「君は何で私の後ろにいるんだ?」
「ドキィッ!!」
「な、なんだ。そんなに言いたくないようなことなのか?」
「いいえ、そんなことないですよ」
「じゃあ言ってみろ」
「シャルルさんがあまりにも魅力的だったんで」
「ドキィッ!!」
「なにか後ろめたいことがあるんですか?」
「いや、これは心がときめいているときに出てくるドキィッだよ」
「ドキリンコ星人ですね」
「……は?」
「すいません忘れてください」
シャルルさんってボケることもできるタイプの人だったなあと再認識される。
最初に出会った時もガッツリとボケてきていたので、僕はなんとなくシャルルさんの気持ちを感じるようにもなってしまう。
緊張しているのだろう。
よくある話だ。
あえて奇をてらうことによって自分の緊張を表に出さないようにし、緊張を自分の潜在意識内に収めておこうとするのだ。
ここで僕がシャルルさんのボケを拾うことが優しさになるのだと思う。理解した上でお互いに軽口を叩きあうのである。
「私は君のそういうツッコミのようなものに常日頃からイライラしているからな」
うわあショック!
心からのショックを両手一杯の花束にしてシャルルさんにあげたい。
僕は馬からそっと降りて荷台の中に入った。
荷台の中にはバラール、ウィルヘルミーさん、ローリーさんの3人がトランプを使って7ならべをしていた。
バラールは荷台に入ってきた僕を見て驚き、露骨に視線を伏せた。
そんな態度を取ったとしても、寛大な僕はバラールに対して怒りを表すわけでもなく、ただバラールの手札を左端から読み上げていくだけだった。バラールの、辞めて!という声が聞こえたような気もするが、聞こえてないのだろう。僕は右端のカードであるダイヤの13までを読み上げた後に、バラールの左フックをくらった。
衝撃のあまり荷台の屋根を突き破って高々と空を舞い、慣性の法則によって穴の開いた屋根から再び荷台に戻って、
そのまま気を失った。




