Tenpure 2-8
夜、生徒会館。
「カレーライスよ!」
ドン!と僕の目の前に荒々しくカレーライスが置かれ、勢いそのままにカレーライスの食器が割れて隙間からカレーライスのルーが流れて僕の太ももにかかる。
「あっつうぃ!」
テーブルの上に食器を置こうとして食器を割る人を初めて見た。
とってもワイルドだ。
僕は学生会館の1階にあるよくわからない部屋にいた。
この学校にしては珍しい和室で、中央には10人をも許容しうるような程に大きなテーブルが置かれている。
そこには学生会の面々が座っているが、ただ1人コールラウシュさんがパタパタと歩いては料理を置いている。
カレーライス以外にも小籠包やラーメン、ポテトサラダなどが並ぶ。食べ合わせは考慮されていないようだ。
というのも、各々が食べたい料理を頼んだため、一人一品ということである。
「カレーライスよ!」
僕の目の前に再びカレーライスが置かれて、割れた食器が下げられる。僕の太ももにはカレーのルーが乗ったままである。
この街に来てから初めてのカレーライスだった。
今までカレーライスを食べる機会は多くは有ったのだが、僕はそのどれもスルーしてきた。やはりカレーライスの匂いがするだけでもううんざりという感じだったし、あえて奇をてらってみようとも思ったからだ。
しかし、僕はコールラウシュさんの中華攻撃を1週間にわたって受けてきて、舌や鼻が中華モードになってしまった、
僕はカレーライスを食べずして、カレーライスが恋しくなったのである。
嗚呼、この強烈なスパイスの匂い、ひしひしと伝わってくるカレーライスの熱、この健康的な排便の如き色、僕の太ももで熱く踊るルー、どれをとっても素晴らしい。
カレーライス万歳!
そうこうしているとコールラウシュさんが席に着いて、学生会の全員が揃った。
「じゃあ、いただこうか」
上座に座っているシャルルさんが話しだす。
「今回の討伐は相手もかなり強敵で、簡単にはいかないだろう。もしかしたら命を落とすかもしれない。しかし、私はそうは思っていない。このメンバーなら誰一人として欠けることなく学校に帰ってくることが出来ると判断したから討伐を引き受けたんだ。気負わずにやってもらいたい。じゃあ、討伐の成功を祝して、完敗!」
「漢字が違いますよ!縁起でもない!」
たまらずツッコミを入れてしまう。文章でしか伝わらないボケをするな。
「うん?ああ、そうだったか。あんまり漢字は得意じゃないんだよ。それじゃあ気を取り直して、乾杯!」
乾杯!
僕はカレーライスを食べ始める。
食べた途端、口の中にカレーライスの味が広がる。
食材は全て小さめにカットされていて、しかししっかりと食材の味が口の中に広がる。
カレーライス特有の辛さも単純な味付けによって生み出された直接的な辛さではなく、他の食材との兼ね合いでだんだんと口の中に辛さが広がっていく。
あえてジャガイモなどの食材を避け、あくまでも口当たりのいい食材を口当たりのいい切り方でカレーライスにしている。
「美味しい!」
食事会のようなものかと思っていたが、みんな黙々と食事をしていたので僕の美味しい!が空中に浮いて誰にも相手にされずに消えた。
そのまま盛んに会話がなされることもなく完食した。
「それじゃあ、明日の最終ミーティングをしようか」
僕達は食器を下げて 用意された番茶に舌鼓を打ったり打たなかったりしている時にシャルルさんが話す。
空気がピリリと塩辛くなる。
シャルルさんは左手に持っていたリモコンをどこか空中に向けてボタンを押した。上座から液晶のモニターが下りてくる。
プロジェクターで写すような白い幕ではなく、LEDが埋め込まれていて自分で発光する正真正銘のモニターだった。
金かかってるなあ。
「明日の予定としてはこのようになっている」
モニターは切り替わって横に時間軸が置かれた画面に入れ替わる。
「朝は5時半にここを出発して学校が用意した馬車を使ってフィストリアまで向かう。きっと途中で妨害なりなんなりが入るだろうからフィストリアの手前で降りることになるかもしれない。フィストリアの到着時刻は15時を予定している。各自備えていてくれ。次は討伐対象の話だ」
ここで再びモニターは切り替わる。
「討伐対象はフィストリアの町の人達を洗脳して操っている。きっと町の人も戦闘に加わってくるだろう。だが、殺せ。洗脳の解除方法はない。ただ殺すことだけが洗脳を解く方法だ」
殺す。何度でも聞いてきた言葉を、何度でもシミュレーションしてきた行動を、もう一度だけ頭の中で再現してみる。
……やれる。
たとえそれが自分の父親でも母親でも殺す。
殺すしかないのだ。
「そして討伐対象についてだが、まず、奴は飛ぶ。飛行方法は明らかではないが、自由自在に空中を動き回る。得られた情報はこれだけだ。討伐対象の攻撃方法や防御方法、回避方法まで何も分かっていない。以上だ。何か意見のあるものはいるか?」
無言。
情報がないということは、調査不足ということではない。調査のために向かった人や討伐に向かった人が軒並み死んでいるために情報を持ちかえることができないことを意味していた。
「よし、じゃあこれで終わりだ。解散」
僕は学生会館から出ていって自分の部屋へと戻ろうとしたが、
「あれ?どこへいくんだ?」
と、シャルルさんに呼び留められた。
「いや、寮に帰ろうかと思って」
変な顔を見せられる。
「あれ?コールラウシュから聞いていないのか?」
「え!聞いてないよ!」
みんな説明不足が板についている。
「今日はみんなここで泊まりだ。お泊り会だ」
「必要性を感じねえ」
女性たくさんの中に男一人という状況になったことがある人がいるならば、僕の辛さを分かってもらえるはずだ。なんか気軽に行動できない感じになる。ふとすればそこに女の子がいるという恐怖。
「泊まるにしても、泊まる準備してきてないんで1回寮に帰っていいですか、僕」
「ああ、いいぞ」
寮に荷物を取りに帰るふりをしてそのまま寮で寝てやる。
自分の部屋に1人で心置きなく睡眠を取ってやる。寝に寝まくってやる。
「ああ、ヘルムホルツ」
僕はこの部屋からスルスルと脱出しようとしている直前、もうドアを閉めてしまえばミッションコンプリートというギリギリのタイミングで話しかけられた。
「どうしたんですか?」
僕は臆せずに聞く。
「いや、念のため言っておくが、寮だと明日の出発時刻は外出禁止の時間帯とかぶって外出できないからこの部屋に泊まるんだからな」
……。
「なるほど」
僕は帰ってくる。絶対に。この地に。
1日早く決心を固めた僕だった。