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Tenpure 2-2

「入るわよ」

 討伐の話を聞いた日の夜、僕は部屋で何も手につかずにソワソワしていると、コールラウシュさんが入ってきた。

 入るわよ、と言いながら入ってくるので言葉としては誤用である。それならば「だんだんと入っているわよ」のほうが表現として適切だろう。

「どうしたんですか」

 僕の問いかけに答える素振りもせず、コールラウシュさんは僕のベッドに腰かける。

 ある程度の沈黙があってから、コールラウシュさんは話し始める。

「少し前に、私に話してくれたでしょ。君の過去」

 ああ、そういえば。コールラウシュさんの部屋に案内されて僕がベラベラと自分の過去を自慢げに語ったのは1か月ほど前だろうか。

 1か月前は元気に運動会をしていたのに、今となっては布団から出るという運動とも呼べない動作すらも拒むようになった。

 堕落。というべきか、自然の摂理というべきか。

「それでね、」

 コールラウシュさんは話し続ける。

「やっぱり、話してくれた分だけ、私もお返ししなくちゃと思うの。料理を御馳走しただけじゃ釣り合ってないわ」

「そんなことないですよ。コールラウシュさんの料理はとても美味しかったですし、あれは僕が話したいと思って話しただけですよ」

「あら、嬉しいわ。でも、それだと私はきっと後悔するわ」

「そうですか」

 理解力が高い僕。理解を放棄しているような気もする。

「きっとこの討伐が終わったら、君はもう学校にいられなくなるわ」

「え!?」

 突然の宣告に兢々とする僕。難しい漢字。

「だから、私はこれを預けることにしたの。右手を出して」

 説明をせずに話を進めるコールラウシュさん。

 しかし、僕は一切の説明を求めようとせずに、コールラウシュさんに従って右手を出す。

 僕の右手の人差し指に指輪が入る感覚があった。

「困ったらこれを使ってね」

 それは僕が見たことの無いデザインのアレニウスだった。

「使ったことないアレニウスを渡されても困りますよ。呪文だってわからないですし」

 僕は困惑する。

「それはアレニウスに重なるようにして発動できるアレニウスだから呪文はないのよ」

「はあ」

 重なる?

 そんなアレニウス聞いたことがない。

 僕が理解できていない表情をしていたのだろう。コールラウシュさんは追加で説明をしてくれた。

「それは私が作ったアレニウスよ。役立ててね」

「そんな、わざわざ」

「わざわざじゃないわ。私は君にこれが必要だと思ったから作ったのよ。正直言って、君の音のアレニウスはニュークリアーと互角に戦えるとは思えないわ。それに、君が密かに新しい武器のアレニウスを試していたことも知っているわ。しかもまだ1週間もある。私がつきっきりで教えれば十分に使えるわ」

「そんな、1週間で大丈夫なんですか」

「睡眠に8時間使うとして、あと16時間の練習が7回あるわ」

「休みなしで練習なんて辛いですよ」

「だって」

 コールラウシュさんは僕の両肩にしがみついて言う。

「君に死んでほしくないのよ。私の最後のお願い、聞いてくれないかしら……」

 コールラウシュさんは下を向きながら涙声でそう言った。

「……わかりました」

 コールラウシュさんは顔を上げて僕に抱き付いた。

「ありがとう……ありがとう……」

 僕はコールラウシュさんが僕をここまで気にかける理由は分からなかった。だけど、ただ、今はこの人を信じようと思った。


 気がついたら夜はトップリと深くなっていて、討伐まで残り1週間になった。


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