Tenpure 2-1
あれから季節は巡り巡って、最近は一段と気温が低くなり、布団から出るのも億劫になる。
この街は雪が降らないので僕の生まれ故郷と比べるとまだ暖かいのかもしれないが、それでも布団の誘惑には勝てない。
というか、この学校は全員が布団の誘惑に勝てないようで、冬の登校時間は夏よりも1時間遅く設定されている。
しかし、1時間遅らせたとしても眠たいものは眠たい。
布団に入って二度寝を繰り返す日々が続いていた。
そんな中でも僕が寒さを我慢して珍しく登校したある日のことである。
学生会室で会合があった。
「今回集まってもらったのには訳がある」
シャルルさんが話しだす。
「討伐に行く」
そのシャルルさんの言葉が発せられた途端、学生会室の空気がコテリと冷たくなるのが分かった。
それだけで僕は今までのような、冗談や笑い話ですまされるような内容じゃないということを感じ取る。
シャルルさんは1人1人の顔を確認しながら話を進める。
「今回は全員出動するように学校長から言われた。敵もそれほどの敵ということだ。心してかかってほしい」
緊迫した雰囲気は解けることはない。
「出撃場所なんだが――フィストリアに行ってもらう」
その言葉は僕とバラールを動揺させるにはそれだけで十分な言葉だった。
フィストリアは僕とバラールが生まれ育ち、そして捨てた町だ。
心臓が激しく鼓動する。
耳の裏まで心臓が脈打つ音が聞こえてくる。
全身の血液が速く流れているのだろう。心臓から指先まで、血液が急激に流れたために痺れていた。
緊張しているのだ。
僕がフィストリアを旅立ってから、1回もフィストリアの情報を入れてなかった。入れようとしなかった。
僕の脳内にフィストリアの情報が入ることを拒んだのだ。
シャルルさんは僕とバラールを見て、表情を曇らせたまま話をつづける。
「学生会の全員で行くように言われたが、ヘルムホルツとバラールは厳しいようだったら私が学校長と話しあうが」
僕は横目でバラールを見る。
バラールは下を向いて何も話そうとはしなかった。
「いけます」
僕は返事をする。
「討伐対象は他でもない、ニュークリアーだ。それでもいけるか?」
ニュークリアー、その名前を久しぶりに聞いた。
僕は自分からその名前を発言することも拒否していたし、その名前をどこかで聞くことも拒否していた。
ニュークリアーとは僕の故郷であるフィストリアを我が物とした、村人全員を洗脳したヤツの名前だ。
その名前を聞いた途端、鳥肌が立ち、悪寒が走る。
僕はたまらず咳き込む。
咳き込むことによって、わが身を保とうとする。
僕はもう一度、今度はしっかりと体を反転させてバラールの方を向く。
バラールもこちらを向く。
涙目だった。
いまにも眼から涙が零れてしまいそうな、溢流してしまいそうなほどに。
バラールは僕の袖を掴む。
僕は決断する。
「いきません」
「え!?いかないの!?」
横にいたバラールが驚く。
眼に溜まっていた涙は吹き飛んでいて、おもいっきり驚きの表情になっていた。
驚き100パーセントだった。
ええ……。
僕は自分の発言を訂正する。
「行きます」
キメ顔で僕は言う。
「もっとよく話しあった方がいいんじゃないの……」
そこまで深刻な顔で黙っていたウィルヘルミーさんが呆れたように発言した。
「話しあう必要はないです」
バラールは返事をする。
「ならいいけど……」
納得するウィルヘルミーさん。
どこに納得する要素があったのだろうか。
どう考えたって僕の意見が受け入れられてない。男性軽視だ。
男性軽視というよりも、僕自身をないがしろにしている感じだ。
僕軽視だ。
すごい頭の悪そうな発想だった。
シャルルさんは話が一段落したタイミングで再び話を始める。
「決行は1週間後の明朝だ。各自、準備をしておいてくれ」
1週間後の明朝?
シャルルさんの発言に違和感を覚えたものの、直後に、
「解散!」
と言って会合は終わった。
僕は会合が終わった直後に、となりの席に座っていたローリーさんに話しかける。
「ローリーさん」
「なに」
つれない返事をするローリーさん。
ファーストコンタクトから結構な時間が経っているものの、僕達の仲は進展していない。
「1週間後の明朝っていつですか?」
「そんなことも知らないの?」
やや煽られる。
「すいません」
謝罪する。
「8日後の朝ってこと。明朝は明日の朝って意味だから、7+1ってわけ」
「でも、それなら8日後の朝って言えばいいんじゃないんですか?」
「私に聞かないで」
もっとも至極だ。
ローリーさんは椅子から立ち上がって学生会室を出ていった。
僕は学生会室で1人だけになった。
1人で居ると寂しかったので僕も学生会室を出る。
学生会室を出て寮に帰ろうとすると、バラールが学生会室の外壁に背中をくっつけながら待っていた。
「ギーブ」
バラールは学生会室から出てきた僕を見つけて、体を起こす。
「どうしたの、バラール」
僕は歩きだす。バラールもそれについてくるように歩く。
「ギーブはフィストリアに行くの怖い?」
「怖くないよ」
「嘘、ギーブが嘘つくときはいつも下唇を噛むもん」
「へえ」
知らなかった。
「ギーブ、ニュークリアーと戦っても大丈夫?」
「どうかなあ」
久しぶりに名前を聞いた時は体に症状が出たが、2回目3回目となると症状は現れない。
これからニュークリアーと会うことに実感が湧いていないのだろうか。
「ニュークリアーは強いよ」
ギーブは僕に質問攻めをする。
「そりゃあ、フィストリアのトップになった男だしね」
「ニュークリアーを倒すんだよ。昔みたいに村人を切っちゃうかもしれないんだよ」
その言葉は僕にズブリと刺さる。
そうだ、僕はこれから人を殺すんだ。
今までは漠然としていた討伐ということが、僕の頭の中でより鮮明で明確に、よりグロテスクになっていく。
嫌でも昔の記憶がよみがえってくる。
自分の意思で思いだすような感じではなく、頭の奥底から強制的に外へと引きずり出されるような感じだ。
「痛い」
僕は頭痛がひどくなり、たまらず頭を抑えてうずくまる。
「ギーブ、大丈夫?」
しゃがんでいる僕の横にバラールが並ぶ。
「ぐっ、っつっ」
大丈夫だよ、と言いたいのに、口が上手く動かずに返事を出来ない。
「落ち着いて、落ち着いて」
バラールはしゃがんでいる僕を正面から抱きしめる。頭を下げている僕の後頭部にバラールの頭の重みがやんわりと伝わってくる。
僕はバラールに抱きしめられたことによって、一気に視界が暗くなる。
バラールは僕を抱きしめて「落ち着いて、落ち着いて、大丈夫、大丈夫」と繰り返した。
視界が暗くなったからなのか、抱きしめられたことによってバラールの体温が僕の体に伝わってきたからなのか、それともバラールの言葉だけが頭の中を支配したからなのかは分からないが、僕の頭痛は消えた。
僕が身を上げようとする動作をすると、バラールはそっと僕から離れた。
「ありがとうバラール、おちついたよ」
バラールにお礼をする。
「それよりも、ギーブ大丈夫?やっぱり行くの辞めた方がいいんじゃ……」
バラールは心配そうに僕に聞く。
「いや、大丈夫だよ。僕は一生あいつから逃げずに生きていくことはできないんだ。どこかで決着をつけなくちゃいけないんだ。それが今だっただけだよ。たとえ今、行くのを辞めたとしても、またいつか行く日が来るんだ。だったら一緒に行きたい人は選びたい。僕はこの学生会のメンバーで行きたいんだ。シャルルさんにコールラウシュさん、ローリーさんにウィルヘルミーさん、そしてバラール、みんなでフィストリアに行って、みんなでこの学校に帰ってきたいんだ」
「でも……」
「大丈夫、僕は昔よりも強くなってるから。同じ轍は踏まないさ」
「もう、こんなときだけ慣れない難しい言葉使って……」
そう言ってバラールは僕にキスをした。
それは肌と肌が一瞬だけ触れ合うような、しかし感触はしっかりと感じる、初々しいキスだった。




