Episode.3-5
「出自……ですか?」
シュツジ、と言われてサッと漢字に変換できなかったのはナイショだ。
「そうね、出自という言い方は間違いだったかもしれないわね。君がこの学校に来るまでの出来事を可能な範囲で教えてくれないかしら」
「なるほど」
それなら納得だ。最初からそう言ってくれればいいのに。
「ええ、強要という形になるのは避けたいから、あくまでも任意という形で教えてほしいのだけど」
「問題ないですよ。そうですね、まず何から話せばいいのでしょうかね。まず、僕の生まれ育った町であるフィストリアは人があまりいない田舎でした。自然が豊富で、学校は町に1校だけでした。そこで僕はバラールと同じ学校でした。もう町というよりは村って言った方が適切かもしれませんね。
僕は村でそれなりに楽しく過ごしていたのですが、ある時、ヤツがやってきたんです。
ヤツは村の人を洗脳にかけ、村の人はヤツに従うようになりました。もちろん、僕の父や母もです。ヤツがトップとなった村は酷い有様でした。昔からあった田畑は残らず荒地となり、木々は枯れ果て、人の心も荒んでいきました。
ついには村の人全員がヤツを崇拝するようになりました。
僕はどうにかしなくてはいけないと思い、家の倉庫で眠っていたアレニウスを持ちだしたのです。
本来なら男の体格ではアレニウスは使えないのですが、僕は幼少で小さかったこともあり、アレニウスを起動できました。
その頃に使っていたアレニウスはソード型のオーソドックスなものでした。
僕はバラールと共に、村の人を救うためにアレニウスの練習をしました。
ヤツは僕が特訓しているのを知っていたのかもしれませんが、当時の僕はそんなことに気がつくこともなく、自分やバラールの中では秘密裏に行っていたんです。
そしてある時、ヤツは意味もなく村人を見世物にして殺したんです。
処刑です。公開処刑。
村人全員を集めて、目の前で罪のない人を殺したんです。
殺されたのは僕が通っている学校の先生でした。
先生は長い黒髪をした笑顔が素敵な人でした。
理由もなく生徒を怒鳴りつけるようなこともせず、授業も分かりやすく、人としてどう振舞えばいいのかを教えてくれて、常に僕達生徒の味方でした。
僕は先生が大好きでした。
だからこそ、僕は先生の生首が「ゴトリ」と地面に落ちて、先生が自慢していた綺麗な黒髪が赤く染まっていくのを見たとき、その横で笑っているヤツを見たとき、その状況に誰もおかしいと言いださない狂った世の中に、僕は怒りとも言えない気持ちの悪い感情を持ちました。
僕は無心でアレニウスを起動させ、ヤツへ向かって剣を振りかざしました。
が、ヤツには当たりませんでした。
当たる直前に、父がヤツのことを守ったのです。命がけで。
父の肩に僕が振りかざした剣が、ぶすりと刺さりました。
刺された肩を抑え込んでしゃがみこみ、吐血しました。
恐怖というか憎悪というような、なんともいえない感情になって、僕はその場から動くことが出来なくなりました。
そんな僕を助けようと、同じ場所にいたバラールはアレニウスを起動させて僕を抱きかかえながら飛んで逃がしてくれました。
その日は僕が生まれ故郷にいた最後の日でした。
それからの僕達は施設に預けられ、途中でバラールは他の施設に行ったんですけど、こうして再会できて今ここにいるわけです。
僕が音という珍しいけど決定打にかけるアレニウスを使う理由も、あの出来事があったので直接攻撃をしたくなかったからです」
僕は延々と話した。
コールラウシュさんは十分な沈黙を置いてから話しだす。
「私から聞いておいてこんなこと言うのもどうかと思うけど、よく喋るのね」
「えー!自分から話せって言ったのに!」
衝撃。
僕は衝撃のあまり、のけぞり返ってブリッチの体勢をとる。
「私はここまでヘルムホルツ君がスラスラと喋ってくれるとは思わなくて、次はどうやって話を引き出そうかと悩んでいたから、まさかほとんど全部話してくれるなんて」
「そうだったんですか。じゃあもっと勿体ぶっておけばよかったなあ」
後悔をする僕。
「それにしても、ヘルムホルツ君って話すの下手?」
「あまり得意じゃないかも知れないです」
「話す順番がめちゃくちゃだし、話の順序もおかしいわ」
「すいません」
謝る僕。
「でも、気持ちは分かったわ」
「はあ」
なんとも言えない気持ちになる僕。
「もう帰っていいわ」
「用無しになったら扱いが雑になるの早すぎじゃないですか」
「これ以上何をするっていうの」
……。
正論だった。
「帰ります」
僕は立ち上がって部屋から出ようとする。
「嘘よ」
立ち上がった僕をコールラウシュさんが押し倒す。
僕は床に強く頭を打ちつける。
仰向けになった僕の視界には天井が広がると思ったが、そうではなかった。
目の前にはコールラウシュさんの顔があった。床の上に寝転がっている僕の上に四つん這いでコールラウシュさんがいる。
「私が君を守ってあげる」
コールラウシュさんは僕にそっと優しいキスをした。




