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Episode.3-3

「カレーライスの匂いが凄いな……」


 街に来ていた。

「この町はカレーライスが有名なのよ。この国の南の方にスパイスの原産地があるの。この町で使っているスパイスは全てそこから運んできたものよ」

「へえ、知りませんでした」

「まあ、いい食材が揃わないから強い味付けに頼らざるをえないっていうのもその要因なんだけどね」

「なるほど」

 僕達はメインストリートを歩いている。

 馬車が数台は楽に通れるであろうほどに広い道幅で、左右には飲食店や雑貨店などが隙間なく詰め込まれている。

 学校は街の中でも山の方にあって、学校から少し歩き、そこから左に曲がった先にメインストリートがある。

 メインストリートの中でも比較的終わりの頃のメインストリートである。

 きっと昔からあるのであろう古い時計店がある。

 カレーライスの匂いが漂っている。

「さて、どこに行きましょうか。どこか行きたいところはある?」

 コールラウシュさんは僕に聞く。

「いや、僕はこの街に来てからあまり日が経っていないのでコールラウシュさんにお任せします」

「そうだと思ってプランニングしておいたわ」

「頼もしい!」

「嘘よ」

「そうですか」

 不必要な嘘だった。

 心地よいテンポで嘘をつくな。

 僕とコールラウシュさんはメインストリートを進んでいく。

 最初は昔ながらのお店が並んでいたが、メインストリートの中腹へと進んでいくにつれて、洋服屋や食堂、若者向けの雑貨屋などが並ぶようになった。

 馬車の行き来も活発になり、馬車のガタガタと揺れる音が聞こえる。


 ふと、コールラウシュさんが足を止めた。

「ヘルムホルツ君の服を見ましょうか」

 コールラウシュさんが指をさす先には、いかにも若者が着そうな服を売っているお店があった。

「え、いや、いいです」

「いいです、っていうのはグットって意味?それともバットって意味?」

「ノーサンキューです」

「あら、そんな私に気を使わなくていいのよ。私が行きたいから提案しているの」

「いや、ちょっと」

「あら、歯切れが悪いわね」

 僕はお金がなかった。

 たしかに服のレパートリーはないが、学校では制服があるので問題はないし、休日も基本的に出掛けないので問題はない。

「お金なら私がだすわよ」

「行きます!」

 食い気味に言った。

 というより食い込んでいたかもしれない。

 遠慮という概念を持っていなかった。

「ヘルムホルツ君の将来が心配だわ……」

 軽く引かれた。

「私が支えなくちゃいけないわね」

「女性に支えられるのは男としてちょっと……」

「私の両親は大金持ちよ」

「支えてください!」

「嘘よ」

「離婚しましょう」

 僕は短期間で養子に入って短期間で離婚した。

 そんなことを話しながら服屋に入る。

「これはどうかしら」

 コールラウシュさんは明るい紺色と黒の二色で構成されている服を手に取って僕に見せてくれた。俗に言うところのボーダーである。

「うーん」

「とりあえず買いましょうか。サイズはS?」

「……Mです」

「あら、私より背が小さいからSサイズだと思ったわ。それともキッズサイズにするべきだった?」

「……Mです」

「あまり人前でドMって言わないほうがいいと思うわ」

「……僕が着ている服のサイズはMです」

「あらそう」

 いじられ放題だった。

「これもいいわね。試着してくれない?」

「いいですよ」

「じゃあ行きましょうか」

 僕はお店の中を見まわしながら試着室へと向かう。コールラウシュさんもついてきた。

 試着室の中に入る。コールラウシュさんもついてくる。

 ん?

「ちょっと待ってください」

 僕は試着室の中にいるコールラウシュさんに言う。

「どうしたの?」

「なんで試着室の中にいるんですか」

「?」

「そんな困惑の表情を浮かべても折れませんよ」

「試着室は着替える場所よ。ヘルムホルツ君はお店で服を買ったことがないのかしら」

「買ったことありますし、試着室の意味も分かりますよ」

「じゃあ問題ないでしょう」

「着替えるのは僕ですよ」

「あら、私も着替えようと思ったのだけど」

 コールラウシュさんはいつのまにか右手に持っていた黒色のドレスを僕に見せつけるようにひらひらさせている。

「じゃあ他の場所で着替えてくださいよ」

「?」

「僕が頭のおかしいこと言ったみたいな表情するの辞めてくださいよ」

「私だって奇怪なこと言われたらそんな顔にもなるわ」

「奇怪じゃないですよ。普通、試着室って、1人1つですよ」

 自分で言っておきながら1人1つという言い方に違和感を覚える。

「あら、私の国では1つに2人までだったわ」

「そんな文化の違いあるわけないじゃないですか。というかコールラウシュさんって他国の出身だったんですか」

「内緒よ」

「そうですか」

 コールラウシュさんはここが話の終わりどころと判断したのか、そろそろと試着室から出ていった。

 僕は試着室でそそくさと着替える。

 コールラウシュさんがチョイスしてくれた服はおそろしいぐらいピッタリだった。袖もピッタリだったし、腹囲も驚異もピッタリだった。

 僕の標準体型具合が恐ろしい。

 個性が埋没している。

「どうかしら?」

 試着室のカーテンが開いたと思ったらコールラウシュさんがカーテンの隙間から顔をのぞかせてきた。

「こんなかんじです」

 僕はクルッと一周まわる。

「あら、丈もピッタリね。これも買いましょうか」

 僕はカーテンを閉めようとするが、コールラウシュさんがそれを止める。

「そのまま着ていっていいわ。流石に制服で街を歩かれるは嫌だもの」

 僕の中では制服が一張羅なので、学外を飛び出して街へと繰り出すのにも制服なのだ。

 不評だったらしい。

「私の服も見てくれないかしら。今から着替えるから」

「わかりました」

 僕は試着室から出て、僕が出た試着室にコールラウシュさんが入る。

 コールラウシュさんはまだ着替えていなかった。

 僕はコールラウシュさんがそうしたように、僕も試着室の前でコールラウシュさんが着替え終わるのを待つ。

 新しい服は僕の身にフィットして、まるで新品だということを感じさせない。

「開けていいわ」

 僕は試着室のカーテンを開ける。

 そこには下着姿でポーズを決めているコールラウシュさんがいた。

 僕は叫ぼうとした。

 が、

 刹那。

 僕は思った。

 ここはお店の中である。

 ただ大声でツッコミのような声を上げてしまうのは、それは簡単かもしれない。

 が、

 ここで「なんで下着なんですか!」と声を張り上げると、店内の人に不審に思われかねない。

 出そうになった声をグッと抑える。

 僕は悩みに悩んだ末、ある1つの答えを導き出した。

 ここでは不必要に声を荒げずに、しかしコールラウシュさんに適切な処理を施さなくてはならない。

 僕が発言する言葉は1つだった。

「着てください」

 僕はカーテンを閉めた。

「え」

 コールラウシュさんの声が聞こえたような気がしたが聞こえなかったのかもしれない。

 聞こえていない。

「ヘルムホルツ君?」

「いいから着てください」

 僕はそっと目をつむった。

 コールラウシュさんが着替え終わるのを待つ。

「開けていいわ」

 僕はカーテンを開ける。

 そこには黒色のドレスを着たコールラウシュさんがいた。

 ドレスはコールラウシュさんのスリムな体のラインをより強調させ、全体として落ち着いた印象を与えていた。

 コールラウシュさんのドレスから伸びる肩から指の爪先までのラインは非常に蠱惑的で、僕は思わず凝視してしまう。

 僕はなんとかして目をそらそうとしたが、今度は露わになっている足に目がいってしまい、僕は強引に目を背ける。

「どうかしら?」

 コールラウシュさんは微笑みの中に少しの照れを含みながら僕に聞いてきた。

 僕は若干の照れくささを感じながらも正直に、

「……とってもステキです」

 と答えた。

 僕の言葉を聞いてコールラウシュさんは表情を満面の笑みへと変えて、

「ありがとう、嬉しいわ」

 と僕に返事をしたのだった。

「じゃあ、いきましょうか」

 コールラウシュさんは空気を切り替えるようにして僕に言った。

「分かりました」

 僕とコールラウシュさんは購入した洋服の代金を支払った。

 と言っても、僕はコールラウシュさんが支払うのを見ているだけで一銭も出していない、というより、出せなかった。

 総計は結構な金額になっていて、僕は思わず「たっか!」と声に出して驚いた。

 そしてカードで支払うコールラウシュさんに驚いた。

 学生なのにカードを持っていた。

「じゃあ、いきましょうか」

 支払いをスマートに済ませたコールラウシュさんは僕をエスコートしてくれた。

 その見慣れない黒のドレスを着たコールラウシュさんが隣に歩いているというだけで僕は緊張のような感情を抱いてしまう。

 緊張に加えて着慣れていない服のせいもあって、混乱していた。

 歩いているのかいないのか分からなかった。

 いや、さすがに盛った。

 結構盛った。

 歩いているのかいないのか分からないってマジでヤバいやつじゃん。

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