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Tenpure 1-7

「ハッ!」


 目が覚めた。

「痛!」

 僕が目を覚ました途端、全身に痛みが襲ってきて、その痛さのあまり再び気絶する。

「うーん」

 バタリ、と布団に横になる。

「痛いわけないだろ、私のアレニウスに喧嘩売ってるの」

 そう、本当は痛くなどなかった。バラールに受けた右肩の怪我もすっかり治っていて、すこぶる健康だった。

 だが、僕が仮病を使いたくなるほどの相手が目の前にいた。

 ローリーさんだった。

 正直この人はよくわからない。

 ただ、僕に憎悪の感情を抱いているということしかわからない。

 だが、仮病を使う理由はそれだけで十分だった。

「はあ、もうどんだけ寝れば気がすむの。本来なら1時間もしないで目覚めてもいいはずなのに」

 僕はそう言われて部屋の窓から外の景色をうかがう。薄目で。

 夜だった。

 そしてここは僕の部屋だった。

「今日は何日ですか?」

 僕はローリーさんに聞く。

「新人戦が終わった日の夜」

 ローリーさんは僕の質問に素っ気なく答える。

「え」

 唖然とする。

「私のアレニウスをなめないで。あれくらいの怪我、1時間もしないで治る」

「え?じゃあ僕はなんで夜に目が覚めたんですか?」

「私に聞かないで」

「あ、はい」

 僕は寝起きであまり頭が回っていなかったので、ローリーさんの言葉を聞きながら状況を整理していく。

 今は新人戦が終わった日の夜。

 横には治癒の能力を持ったアレニウスのローリーさん。

 ということはあれか。

 ローリーさんはずっと僕の横にいてくれてたわけか。

 散々、僕のことを嫌いだの殺すだの言っておきながら、本当は僕のことを心配してくれてたんじゃないか。

 このツンデレ!

 もっと僕にデレてきてもいいよ?

 という思考をしていたのが僕の顔にも出ていたようで、僕が何を言った訳でもなく、ローリーさんは、

「バラールさんのところにずっといたけど、バラールさんはすぐに目覚めたから仕方なくここにいただけ。勘違いしないで、気持ち悪い」

 そりゃあ勘違いした僕が悪いけれど、気持ち悪いは失礼でしょ!「勘違いしないで」までは全然理解できるけど、最後の気持ち悪いは必要ないでしょ!「勘違いしないで」まででよかったでしょ!気持ち悪いっていうローリーさんの不必要な発言によって1人の少年の心に一生消えない傷が残ったんですよ!?

 と、言おうとしたけど辞めた。

 もしも僕が会話しているのがバラールだったなら、それが冗談だと分かるが、ローリーさんはガチだ。マジだ。本気だ。

 そういえば、新人戦の決勝でバラールが実は僕のことを嫌いという疑惑が浮かんできたから、僕はバラールにもそんな強気な発言を出来ないかもしれない。

 僕は普通に謝る。

「すいません」

「分かればいいの」

 ローリーさんは素っ気なく答える。

 ……嫌われてるなあ、僕。

「お。目覚めたか。目覚めた途端に元気だな」

 水場の方向から水が流れる音と誰かの声が聞こえたので水場の方をふりむくと、そこにはシャルルさんがいた。

「あ、お疲れ様です」

 僕はシャルルさんに挨拶をする。

「うむ。私は今、気分がいいからな。多少の無礼は多めに見るぞ。まだ怪我明けだ、ゆっくり調整していけばいいさ」

 シャルルさんはそう言って僕のベッドの足もとに座る。

「なんで気分がいいんですか?」

 僕はシャルルさんに聞かずにはいられなかった。

なぜだろうか。

「ん?ああ、それはだな、久しぶりに快便だったからだ」

 シャルルさんはどこか誇らしげに言う。

 おーっと、非常にコメントに困る発言。

 なぜか達観している僕。

 そして聞いてしまったことを後悔している僕。

 やはりデリカシー0の人間はデリカシー0の発言を引きつけてしまうのだろうか。デリカシーの共鳴構造を形成している。互いに不足しているデリカシーを互いで共有し合うことによって補っているのだろうか。

 補えていない。0と0が2人いても悲しいだけだ。

 僕はシャルルさんの発言の応答として適切な言葉が思い浮かばなかったので、無言を貫くことにした。

 沈黙最強!

「それでだな、ヘルムホルツ君」

 シャルルさんは沈黙を引き裂くように話しだした。

「これから来て欲しいところがあるんだが」

 シャルルさんの突然のお誘いに何が起こったのか理解できていない。

 だが、おおよそシャルルさんのことだから、それが僕にとって重要なことであることだけは理解できた。

 シャルルさんは目的もなく僕を連れ出すようなことはしない。

 僕はシャルルさんと深くかかわった訳ではないが、そう断言することが出来た。

 そう断言できるぐらい、シャルルさんは優しいのだ。相手を拘束するということは、相手の時間を奪うということになり、シャルルさんはきっとそういうことを酷く嫌うだろう。可能な限り避けるだろう。

 しかし僕は呼ばれたのだ。

 だが僕は何のために呼ばれたのかまでは理解できない。

 僕は何も発言できずにいると、ローリーさんがシャルルさんと話し始めた。

「今からあれを開くおつもりですか」

 ローリーさんはシャルルさんに聞く。その聞き方には敬意がこもっていて、本当に尊敬しているのだということが感じ取れる。

「そう考えていたのだが……控えた方がいいか」

「もう夜も深いですし、明日でも十分に許容できる範囲だとは思います」

「そうか。じゃあ明日にするか」

「分かりました。時間は何時頃にいたしますか」

「授業後でいいか」

「分かりました。では、午後5時に学生会室に集まっておくように伝えておきます。1年生にも伝えた方がいいですかね」

「いや、私が連れていくから1年生には伝えなくてよい」

「分かりました」

 僕は何の話か理解できなかったので、シャルルさんに聞く。

「あの、何の話ですか」

「明日の午後5時頃に予定は入っているか?」

「いや、入ってないです」

「うむ。じゃあ、明日の午後5時にこの部屋に居てくれ。あ、バラールも一緒に教室に居るように言ってくれ」

「同じ時間にですか?」

「うむ」

「了解です」

 何があるんですか?とは聞かなかった。

 なにせ、僕がシャルルさんと話している最中、横にいるローリーさんの視線が恐ろしかった。

 別にそんな嫉妬するような会話してないけど。

 お?もしかして僕と会話したくて怖い顔になっているのかな?僕に対する嫉妬じゃなくてシャルルさんに対する嫉妬なのかな?

 まったく。

 ツンデレもすぎるなあ。

「もっとデレてもいいのに。まったくもう」

 あ。

 声に出ていた。

「なんだとテメェこの野郎!」

 ローリーさんは僕の胸倉を掴んで今にも殴りかかろうという形相だった。シャルルさんが止めに入る。

「殺してやる、殺してやる!」

 ローリーさんの目には血がにじんでいる。

 その表情に僕は恐怖しかなかった。

 この場にシャルルさんがいてくれて本当によかった。

 いなかったらきっと死んでいた。

「まあ、冗談ですけど」

 ローリーさんはパタッと僕の胸倉から手を離した。

「恐ろしい」

 冗談のセンスのなさも恐ろしかったし、冗談とは思えないのも恐ろしかった。というより半分本気だろう。

 シャルルさんは僕のベッドの上から立ち上がり、

「じゃあ、私達はもうそろそろ行こうか」

 と言った。

 ローリーさんは「そうですね」と言ってシャルルさんの先を歩く。

「また明日」

 シャルルさんはそう言って僕の部屋から出ていく。

 ローリーさんは先に行ったのかと思ったが、僕の部屋のドアを開けてシャルルさんがスムーズに出られるように押さえていた。

 部屋のドアは部屋の中に向かって開くようになっているので、シャルルさんが出てもローリーさんはまだ部屋の中に入っていた。

 ローリーさんは僕の部屋から出るとき、僕の方を向いた。

 僕と目が合う。

 ローリーさんは僕に向かって投げキッスをする。

 は?

 そのまま部屋から出ていった。

 は?

 理解が追いつかない。

 脳が理解することを放棄している。

 さっき僕の胸倉を掴んで、殺してやるって言っていたのに、投げキッス?

 ……。

 あ、もしかして、投げキッスじゃなくて吹き矢を暗示していて、いつでもお前の命を狙っているぞっていう意思表示?

 ……。

 いや、違うか。

 ……。

 情緒不安定かよ。

 ……。

 僕は今見たことを忘れて再び眠ることにした。

 夜は長い。


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