Tenpure 1-3
僕は観客には見えないようにバトルフィールドの景色を見る。
そこにはクラス内選抜の時とは比べ物にならないくらいに多くの観客がいた。
第一闘技場は他の闘技場よりも大きい構造なのに、観客席は最上段まで人がいっぱいに埋まっていた。
僕はその迫力に圧倒されて思わず後ずさりしてしまう。誰かが後ろにいたようで、僕は軽く後ろの人と接触する。
「あら、どうしたの」
僕の後ろにいたのはコールラウシュさんだった。
この人、どこにでもいるな。
「いや、べつにどうということはないですけど」
僕は少し強がって答える。
「あらそう」
コールラウシュさんは見透かしたように微笑む。
「それよりも、なんでコールラウシュさんがここにいるんですか?」
「気まぐれよ」
「そうですか」
自分で質問しておきながら真面目な答えが帰ってくるとは予想していなかったので、なんだか少し誇らしい。
僕は小さな優越感に浸っていた。
小さい男だ。
「どうしても知りたい?」
コールラウシュさんは僕に顔を近づけて聞く。
「いや、別にいいです」
僕は近づいてきたコールラウシュさんの顔を手で遠ざけるようにしながら返答する。
「この大会で優勝か準優勝したら教えてあげるわ」
準優勝も含まれるのかよ。
ちょっと優しい。
「それよりもコールラウシュさん」
僕は話を切り替える。
「どうしたの?」
「あの緑髪の女の子の名前って何ていうんですか?」
「私というものがありながら浮気だなんて……」
コールラウシュさんは大袈裟にショックを受けた演技をする。
なんだか嫌な予感がしたので、僕は決勝トーナメント進出者の方を振り向く。
全員、僕を白い目で見ていた。
バラールに至っては大きな石を裏返したらダンゴムシがたくさんいたのを目撃した時のような顔をしていた。
この先輩、最悪だ!
僕の学校生活を本格的に潰しにかかってきている。
「まあ、それは冗談として」
コールラウシュさんは言いなおす。
僕はその発言を聞いて、もう一度決勝トーナメント進出者の方を向いた。
全員が安堵したような表情をしていた。
バラールに至っては、あまり機嫌が悪くない時に、親戚が生んだばかりの赤ちゃんを見て、おもわず笑みがこぼれてしまった、という表情をしていた。
おお、セーフ!
コールラウシュさん優しい!
天使!仏!釈迦!
僕の学校生活は首の皮一枚でつながった。
「あの子はローリーっていうのよ。それがどうかしたの?」
コールラウシュさんは僕の安堵の表情を確認してから、続きを話し始める。
「なんか僕、ローリーさんに嫌われてるらしいんですよね」
「ふうん?」
コールラウシュさんは僕に話を続けるように促す。
「さっきも突然足を蹴られましたし」
「それだけ?」
「その後に悪口を言われました」
「何て言われたの?」
「あんまりシャルル先輩に馴れ馴れしい態度をとるなよ。男だからってチヤホヤされて舞い上がってると殺すぞって言われました」
「ああ、それは仕方ないわね」
コールラウシュさんは達観したように言う。
「あの子はシャルちゃんのことを尊敬してるから仕方ないのよ。学校に来てからまだ数か月の新米が尊敬している人と仲良くしているから腹が立ったんでしょう。諦めなさい」
なるほど。確かにシャルルさんのことを尊敬しているとすると納得ができる。
その説明は異常なほどに僕の体にストンと落ち着いた。
「分かりました。諦めます」
僕はコールラウシュさんに言う。
「あら、諦めのいい子は好きよ」
そういってコールラウシュさんは僕の顔を両手で捕まえる。
僕はその状況に見覚えがあった。
まずい。
僕の危機察知センサーが最大級の反応を示している。
僕はコールラウシュさんの手を自分の顔からどけて逃げようとするが、コールラウシュさんのしなやかな肉体に秘められた筋肉が僕の抵抗を無駄にする。
コールラウシュさんの顔が近づいてくる。
逃げることができない。
コールラウシュさんの表情は満面の笑みへと変わる。
キスをされた。
もしかしたら、場所が場所ということもあり、もっと冗談のように僕をからかうだけかもしれない、という淡い期待を打ち消すほどに情熱的なキスだった。
2回目ということもあり、気を失うことはなかったが、これならいっそのこと気を失った方が何倍もマシだった。
僕はコールラウシュさんの長いキスが済んでから辺りを見回す。
決勝トーナメント進出者は軒並み地獄をみたような表情をしていた。
バラールに至っては壁の模様だと思って生活していたら、実はそれはムカデの群れだった、というような表情だった。
虫から赤ちゃんにランクアップしたと思ったら虫にランクダウンしてしまった。しかもムカデになった。
最悪である。
「頑張ってね」
そう言ってコールラウシュさんは去っていった。
フォローはなかった。
はっきりいって、めちゃくちゃ居づらい。
視線が痛い。
僕はその場でしゃがんでうずくまった。もう泣きだしそうだった。
「あっはっは!」
その場で笑う声が聞こえたので不躾な奴だと思って伏せていた顔をあげたら、シャルルさんだった。
「さっきはコールラウシュがすまなかったな。あいつはすぐそういうことするから、これからも迷惑かけるかもしれないけど、頼むな」
とシャルルさんは僕に言った。2人の会話にしては大きすぎる声だった。
決勝トーナメント進出者に聞かせるように言ったのである。
優しい。
だが僕は冷たく当たる。
ローリーさんにそう言われたからだ。
「あっそ」
「えーーー!私に冷たすぎでしょ!待機室で会話したときは全然そんなことなかったのに、なんでいきなりそんな冷たい態度になったの!そんなにコールラウシュのキスは魅力的で魔力的なの!」
シャルルさんは飛びあがって驚く。
ギャグコメディのキャラクターのような驚き方だった。
「緑髪の女の子がいるじゃないですか?」
僕は今も驚いた状態で飛んでいる状態のシャルルさんに話をつづける。
「緑髪?ああ、ローリーか」
「はい、ローリーさんにシャルル先輩に関わるな、殺すぞ。といわれまして」
「ああ、なるほど」
「というわけで、僕はこれからもシャルルさんに冷たい態度で接することに決めました。覚悟しておいてください」
「いや、これまでどおりでいいよ。ローリーには私から言っておくから」
シャルルさんがローリーさんに言ったところで状況は改善するとは思えなかった。
「わかりました」
だが、僕は了承の返事をした。
上級生の意見は絶対で、決して逆らってはいけないからだ。
という訳ではなく、僕自身もシャルルさんに冷たい態度を取り続けるような気力はなかったからだ。
「じゃあ、私はもう入場だから」
そう言ってシャルルさんは入場ゲートをくぐってバトルフィールドへと繰り出した。
シャルルさんがバトルフィールドに入った途端、会場のボルテージが上がっているのが分かった。
観客の声が地響きのように伝わってくる。
ドドドドドドドと伝わってくる。
胸が高鳴る。
全身に緊張が巡っていく。
僕の血が流れるようにして、僕の筋肉が隆起するようにして、緊張が体中を支配していく。足の爪の先から耳の裏まで、緊張が流れていく。
「それでは、決勝トーナメント進出者の登場です!」
アナウンスが流れる。
それを合図に僕達もバトルフィールドへと繰り出す。
バトルフィールドへと乗りだしてみると、観客が本当に四方にいることが嫌というほどに伝わってくる。
観客の声が360度から聞こえてくる。
「それでは、決勝トーナメント第一回戦の組み合わせを発表します」
巨大なモニターにはトーナメント表が表示されている。
「こちらです!」
陽気な音と共にトーナメント表に空いていた場所に名前が埋め込まれていく。
僕は初戦だった。
「では、さっそく一回戦に参りましょう!」
他の進出者は控室に戻り、僕と対戦相手だけがこの場に残る。
僕は相手と間合いを取る。
「それでは、決勝トーナメント第一回戦、開始!」




