Episode2-2
僕は走っている。
学校に入学して最初の登校日に、上級生の嫌がらせを受けて遅刻ギリギリなわけである。
これだけ聞くと最悪な上級生だと思うかもしれないが、まあ確かに素晴らしいと言いきるには日数が足りていないけれど、過ごしてきた日々が少ないけれど、しかしもう少し気を利かせてもいいんじゃないと思ってしまう。
ということを考えながら僕は走っている。
なんとも形容し難い、つかみどころのない学生会長だった。
というか普通の学校って学生会長とこんなに絡まないよね?上級生と話すようになるにはまだ日数が必要な気がする。
それもこれも、僕が入学式に遅刻したのが悪いんですけどね。
走っている最中は無になれるみたいなことを言う人もいるらしいが、僕は考え事をしまくりながら走っていた。
まあ、なんやかんやで……
まにあった。
この学校は土足で校舎の中に入るため、寮から校舎へと走る勢いそのままに自分の教室まで向かう。
無駄におおきな階段を三段抜かしで上っていくと、目の前には早朝マラソンのゴールである1年2組の教室が見えた。
僕はマラソンの勢いを維持しながら教室のドアを押し開けて中に入ろうとした。
スライドドアだった。
ドアに向かってもの凄い勢いで激突した。
登校時間ギリギリということもあり、廊下には人があまり居なかったので、一部始終を見ていた人は数人ぐらいだった。
大きな音がしたので教室の中にも響いてると思ったが、どうやら防音は完璧なようで、クラスメイトは誰一人として僕に気づいていなかった。
「大丈夫?」
僕の無残な姿を廊下で見ていたであろう誰かが、1年2組のドアの前で号泣しながらうずくまっている僕に声をかけてくれた。
「だ、大丈夫です」
僕は顔面を強く打ち付けてしまったので顔を上げるのが億劫だったが、それ以上に心配されるのが嫌だったので、気合を入れて顔を上げた。
「あ」
僕はその人の顔に見覚えがあった。
「バラール?」
「ギーブ?」
その子は僕のことをギーブと呼ぶ。
「久しぶりだね。バラールもこの学校に来てたんだ」
「うん」
その子の名はバラールといい、僕の幼馴染だった。
ずっと同じ町に住んでいたが、数年前にバラールが引っ越してからは疎遠になってしまったので会うのは久しぶりになる。
バラールは昔と変わっていなかった。
真っ白な髪を肩ぐらいにまで伸ばしていて、鋭いながらも優しさのある瞳を持っていた。
「ギーブは1年2組なの?」
バラールは僕に尋ねる。
「そうだよ」
「じゃあ、同じクラスだね」
そう言ってバラールは笑う。
「それにしても、」
バラールは笑顔のままで僕に話す。
「ギーブ、アホになった?」
「え?」
突然の罵倒だった。
数年ぶりの再会をはたしたと思ったらすぐに罵倒された。昔はこんなことなかったのに。人は数年で変わるものだと感慨深くなってしまう。
「いや、私の知ってるギーブって、ドアにぶつかるような特殊な趣味はなかったと思うんだけど……」
え、これ趣味だと思われてるの?
ドアにぶつかるのが趣味だと思われるような関係を今まで築いてきたっけ?
うん?
いろいろとショックである。
「趣味じゃないよ」
「じゃあなぜ?」
「遅刻しそうだと思ったから走ってて、走った勢いのままにドアを開けようとしたら開き戸じゃなくて 引き戸だったんだよ」
「あほ」
馬鹿にされた。
「あーほ」
また馬鹿にされた。
アホなのかな?
自分で自分を疑ってしまう。
「このゴミ、クズ、落ちこぼれ、害虫、社会の恥、これ以上周りに迷惑かけない内に早く死んだら?」
「えーーーーーー!いきなり罵倒のレベルが上がりすぎでしょ。今までアホだけだったのに、いきなり死ねまで追い込むのかよ。そして害虫って!僕は人間とすらも思われていないの?虫なの?しかも害のある虫なの?」
「うるせえな、自分が周りに迷惑かけてることも自覚してないの?その喋り方や声や何もかもが迷惑なんだよ。いいからさっさと死ねよ」
「えええーーーーーなんで僕にそんなに強くあたるの!なんで反論すらも許してくれないの!そしてそんなに死ね死ね言うなよ!放送倫理に引っかかるぞ!」
「ごめんね、嘘だよ」
正座をした状態で懸命に反論していた僕をバラールはそっと抱きしめた。僕の上半身はバラールの体の温かさに包まれた。
いや。
いやいや。
ツンデレが過ぎるって……。
もはやツンデレと言っていいのかすらも分からなかった。
そこには一切の感情も温もりもない、ただただドアにぶつかった時の顔の痛みだけが残った僕がいた。