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『嘘』

作者: 花浅葱

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痛い。

心の中でそう呟いた。


それは叩かれた頬だったのか。


「いいモノやるよ。」


彼はニヤニヤしながら私に近付き、いきなり平手打ちを浴びせた。

何の理由もなく、ただ理不尽に。

痛みよりも、驚きと言い様のない怒りと悲しみが押し寄せてくる感覚が全身を貫く。

痛かったのは頬ではなかった。


喋るのが怖かった。

人と接することは勇気のいる行動だった。

何故なのかは解らない。

物心付いた時から自然にそうであったとしか言えない。

人に興味がなかった訳ではない。

黙っている代わりに人の言動や行動を静かに眺めていた。

この子はあの子の言う事なら何でも賛同するのだな、とか、大勢でいる時は苛めてくるのに一人だと少し優しいな、とかそんな事が見えてくる。


頭の良い子や可愛いとされている子(苦笑)は優遇される。

間違った事を言っていても、人気のある子が言う事は正しいと判断されるのだ。

幼い子どもの世界から差別というモノは始まる。

偏見も生まれる。


私はと言えば、ほとんど喋らない陰気なイジメられっ子。

一度人気のある子の発言に思わず、それは違う、と反論してしまってそれからは嘘つき呼ばわり。

ご丁寧にクラスメートが、年賀状に「今年は嘘をつかないでね」と書いて送って寄こして、母親にグチグチと嫌味を言われる始末。


そう。

そんな母親である。


年賀状にそんな事を書いてくるクラスメートの非礼を怒るよりも、とにかくお前が悪いと言うような母親であった。


私は幼い時から母が大嫌いだった。

せっかちで子供のペースを考えず、腕をグイグイ引っ張って歩くような人。

夏休みの宿題も、アンタは遅いんだからと兄にやらせてしまうような人。

父親や他人の悪口ばかり常に愚痴ってるような人。

差別と偏見の塊のような人。

こんな人間にはなりたくないと子供の頃から思っていた。

実の母親でありながら、軽蔑すべき人間。


ドラマや映画で「母親の愛」を高らかに謳っているモノを見ると、嫌悪感と共に、普通の母親はこういうモノなのだろうか?という疑問が沸いてきた。

自分の母親だけがおかしいのか?と思ったりした。

いや、実は義理の母親で自分は拾われた子なんだと思ったり。

事実母親から「お前は橋の下から拾ってきた」とよく言われていたし。

街を歩いていて、あの人が本当のお母さんかな?なんて思ったりもした。

馬鹿馬鹿しいかも知れないが、子供の頃は本当にそう考えていた。


家に居ても、学校に居ても、休まる場所はなかった。

私にとっての唯一の楽しみ。

それはテレビだった。


画面から流れてくるアニメ、ドラマ、映画、歌番組。

それらに私は心奪われていった。

観ている間はただただ楽しい。

全てを忘れていられる時間だった…。


┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈



「長いよ。」


「えっ?」


「これだけ前置き長くしてやっとテレビの話?言いたい事はわかるけどさぁ…読んでる方はだから何?って感じじゃないの?」


「はぁ…」


「もっとさぁ、クラスメートに集団リンチされたとか母親に殺されかけたとか、劇的な事でも起こればいいけどさぁ…インパクトがないのよ。わかる?インパクト!!読者をググっと惹きつけるようなネタ盛り込まないとさ、売れないよ?」


「……嘘を書けって事ですか?」 


「脚色って言ってくれよ!この世界じゃ当たり前でしょう?こちとら商売だよ商売!売れなきゃ話になんないんだからさぁ。書きたい物だけ書きたいなら趣味でブログにでも上げとけば?エッセーとか言ったってみんな面白おかしく書いてんだって。それ位常識だよ常識!!」


「………」


「はい、書き直しね!コンセプトは悪くないからさ。導入部なんかいいじゃない。いっそ刺されちゃおうか!あっはっはっは!まぁそんな感じで上手いこと頼むよ!期待してんだからさ、玉置ちゃん!」



(くそデブ…!)


心の中で唾を吐きながら出版社の部屋を出た。

テレビに魅せられたと同時に本の面白さにも取り憑かれた私は、自分でも文筆活動をするようになり、この小さな出版社で仕事をするようになったのだ。

街紹介やグルメ記事なんかのライターを経て、最近ではちょっとしたコラムを書いたりもしてる。


(母親に殺されかけた…か…。)


私は苦笑した。


出版社のビルを出るともうすっかり暮れた街が待っていた。

真っ黒な空と雑多な灯り、行き交う車と人の群れが視界を覆い尽くす。


本当の事を書けば劇的になるだろうか。


(ねっ…母さん?)


満月が一際輝く空を見上げて、心の中でそう呟いた。




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