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泣きホクロが目立っていた先代の人は、心食みは人目の有る所には現れないと言っていた。
愛する人との楽しい一時を他人に邪魔されたくないから、らしい。
食べる方はどうか知らないが、食われる方は楽しくないんですけど。
つづるの感想はともかく、だからなのか、学校にをみが現れる事は無い様だ。
何事も無く今日の授業が終わる。
ひとまず家に帰って学校の荷物を置いたつづるは、ジーパンに黄色いTシャツと言う動き易い服に着替えた。
が、それだけだと胸に巻いたサラシのせいで太って見えるので、適当に夏用のブルゾンを羽織って街に出る。
勿論、心絶ちを持って。
怪しい人影はないかと住宅街のあちこちに気を払っているつづる以外の人は、平和な日常を送っている様に見える。
スーパーやレンタルビデオ屋が並び、絶え間なく車が走る大通りまで行くと、自転車に乗って下校している他校の人とすれ違う。
こう言う場所には現れない、って事か。
更に進んで駅前の商店街に入ると、シャッターが降りた店が目立って来る。
子供の頃からこんな光景なので別に変ではないが、昔はこれが全部開いていたらしい。
有線放送の音楽が逆に寂しく感じる通りになっているが、開いている店にはそれなりに客の姿が有る。
お年寄りや、おばさん。
おもちゃ屋に寄り道しているランドセルを背負った小学生。
ちょっと前までつづるが着ていた制服姿の中学生の集団。
ウィンドウショッピングしたり、雑談したり、買い食いしたり。
祭の日になれば身動き出来ないくらいの人の波になるので、人口が減ってる訳ではない、と思う。
今は閑散としてるけど、お神輿が通るこの通りが一番混む。
あの大勢の人達は、普段はどこに居るんだろう。
今まで、こんな考えを持った事なんか無かった。
空を見上げる。
青い。
雲は白い。
季節は夏なので、暑い。
風が吹くと涼しい。
こんな当たり前の事が、どうして不思議だと感じるんだろう。
違和感とかじゃない。
生きて、ここに居る私が、不思議。
何だろう、この感じ。
見えている事が、聞こえている事が、不思議。
これが、生きてるって事なのかな。
…私、何意味不明な事考えてるんだろ。
柄じゃない。
しんみりした気持ちを気合の入った鼻息と共に身体の外に出し、大股で先を進む。
と、布袋に入った刀から気持ち悪い感じが伝わって来た。
例えるなら、カラフルな海牛を見た時の様な感じ。
実は、つづるは海生生物が苦手だ。
熱帯魚くらいなら別に良いのだが、ヒトデやアンコウなんかは、図鑑の写真でも直視出来ない。
毒々しい色の海の生物なんか見た日には、長時間鳥肌が収まらない。
それに近い感覚を刀が放っている。
なぜなのかはすぐに分かった。
「…近くに居るの?をみが」
刀を顔に近付けて呟くと、悪寒が一瞬だけ収まった。
居るらしい。
刀は喋らないが、気持ちみたいな物を持っているのは感じる。
今は宿敵の気配を感じて恐れている。
どうして怖がる?
…そっか、怖がってるのは、私か。
うん、大丈夫、ちょっとセンチになってただけ。
空が青いのは太陽光がどうのこうのと言う、図書室やネットで調べれば分かる様な科学的な事を不思議がってる場合じゃないよね。
私は、命を狙われてるんだ。
化け物に取り付かれた、友達に。
そんな不思議現象の方が、よっぽど不思議だ。
心の中で自分にそう言い聞かせながら刀をギュッと握る。
そして視線を正面に向けたら、2人組の警官と目が合った。
あからさまに怪しい棒状の布袋を持ったつづるに近付こうとした若い警官が、相方の中年の警官に止められた。
耳元で何かを囁かれ、納得する若い警官。
そう言えば、心絶ち所持許可証とか言う奴、どこにやったっけ?
必死に思い出す。
あ、音楽の教科書に挟んだんだった。
どうして音楽の教科書かと言うと、薄いから鞄に入れっぱなしでも軽くて、滅多に開かないから。
やば、今、いわゆる無免許状態?
いや違う。
そう言えば、今日、音楽の授業が有った。
カードが邪魔だったから、財布に入れ替えたんだ。
古い文字が書かれた怪しいカードを誰かに見られたら、言い訳に苦労しそうだったから。
尻のポケットに入れた財布を取り出し、カードを探す。
有った。
派手にラミネートされた、心絶ち所持許可証。
何人もの女の子の手を渡っているから、ラミネートで保護しないとボロボロになるらしい。
実際、つづるもあんまり大事に扱っていないから、ラミネートの端っこがすでに曲がっている。
そもそもサイズがちょっと大きいから、財布からはみ出すんだよ。
だからと言って丁度良い大きさに切ったら怒られるだろうな。
カードを探してオタオタしているつづるを見た2人の警官は、軽く敬礼をしてからパトロールを再開した。
1人で慌てて、何か恥ずかしい。
全く、をみの奴!
どうして私が怖がったり恥を掻いたりしないといけないんだ。
「をみ。近くに居るんでしょ?出て来てよ」
大通りで大声を出す勇気は無いので、携帯を掛けているフリをして言うつづる。
「出て来ないなら、もう知らない。無視して帰るよ」
辺りを見渡しても、をみの姿は無い。
しかし、刀からは心食みの気配が伝わって来る。
刀を持っている左手がぞわぞわする。
ぞわぞわが強くなり、暑いのに鳥肌が立ちそう。
来た。
「つづるさん。私は、ここに居ます」
客の居ない和菓子屋脇の小路から半身を出す美少女。
顔色は青白く、綺麗だった髪はボサボサ。
白いYシャツに赤黒い染みが付き、紺のロングスカートの裾の一部が綻んでいる。
「また、人を食べたの?」
「うん。不思議ね。とても美味しいの」
大きく口を横に広げてにやりと笑うをみ。
薄気味悪い笑顔。
「つづるさんは」
何かを言い掛けたをみは、すっと小路に引っ込んだ。
「をみ…?」
はっとして振り返るつづる。
さっきの2人とは別の警官2人がこっちに近付いて来ていた。
人目を嫌がったのか。
つづるにしても、警察にをみの顔を覚えて貰いたくない。
射殺されたら嫌だから。
さり気無く小路の正面に移動し、薄暗い道に視線を向けるつづる。
をみは、家と家の隙間でつづるを見ていた。
夜の猫の様に瞳が光っている。
と、をみは更に奥に移動して姿を消した。
同時につづるの脇を横切る警官2人。
心絶ちを確認した様な視線は感じたが、つづるが何を見ているかまでは気付かなかった様だ。
和菓子の香りを嗅ぎつつ暫く待つつづる。
「…良し」
その警官達が遠くに行ってから周りに視線が無い事を確認したつづるは、をみを追って小路に入った。
先代の人は、心食みには言葉が通じないと言っていた。
だから斬るしか無かったと。
でも、つづるとをみは会話が出来ている。
助けられる望みは、ゼロじゃない。




