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この喫茶店は、普段なら様々な制服の女の子で賑わっている。

しかし今は自分達と店員しか居ないと言う異様な状況。

つづるは違和感で縮こまる。

って言うか、店の1番隅っこに座るのなら、貸し切りにしても意味無いんじゃ?

まぁ、カウンターから1番遠いので、店員達に話を聞かれない様にだろうけど。

そこに店員のお姉さんが注文を取りに来た。

エプロンドレスが異常に可愛い。


「コーヒーとレモンパイを。そして、そうね、10分後くらいにコーヒーのお代わりを。宇多原さんは?」


「あ、はい。えっと」


メニューを開くつづる。

テーブルの上や周囲の壁にも美味しそうなお菓子の写真が飾ってある。


「ご馳走するから、好きなのをいくつでも選んで良いわよ。どうせ私のお金じゃないし」


「え?じゃ、誰のお金なんですか?」


「税金」


「あ、あはは」


じゃーこの店の商品全部持って来い、と思ったけれども、当然言葉にする程の度胸は無い。

言ったら本当にしそうだし。

なので、イチゴのショートケーキと夏ミカンのシフォンケーキを注文した。

1個650円の高級シリーズで、1度食べてみたいと思っていた物だ。

後で追加注文が出来るのなら、リンゴの奴も食べてみたい。

飲み物は、紅茶。

1杯700円。

こんな物、うちの学校のお嬢様でも一部の人しか手が出ない。

店員が下がり、再びつづると女性の2人きりになる。


「名乗れなくてごめんね。ホラ、今はインターネットとか有って、個人情報なんか簡単に手に入れられるから。そう言うの、困るの」


「はぁ。私はそう言うのは詳しくないので…」


「宇多原さんは頭より先に身体が動く、体育会系って感じなのかな?何も知らないのに、アレと出会って無事だったんだもの」


「はぁ。まぁ、そんな感じです。無事では、ありませんでしたけど」


自分の左胸に右手を置いたつづるを見て薄く笑む女性。


「分かるわ。私はインドアな方だから、アレとの戦いは大変だったよ」


「アレって、アレですよね」


気味の悪い笑顔のをみを思い出すつづる。


「そう。アレの名前は、心食みって言うの。心を食べるって書く」


人差し指で空中に文字を書く女性。


「ココロハミ」


つづるは噛み砕く様にオウム返しをする。


「心食みが最初に現れたのは、百年くらい前だったそうね。それと同時に、あの刀も生まれた。名前は心絶ち。心を切るって意味」


「ココロタチ」


「心絶ちは、始めの頃は言葉を話していたそうね」


「喋ったんですか?刀が?」


「みたい。で、持ち主に色々な事を説明していたそうよ。今はもう喋らないから、こうして先代が後輩に説明に来る訳」


え?と思って女性の顔を見るつづる。


「私の手にも、あの刀が飛び込んで来たのよ。13年前の話」


顔を上げ、姿勢を正す女性。

お盆を持った店員のお姉さんがテーブルの横に立ち、つづると女性の前に注文した物を並べる。

その店員がカウンターの向こうまで戻ってから口を開く女性。


「これから言う事を、ちゃんと覚えてね。貴女にも次の『刀を受け取った少女』にこの事を伝える義務が有るから」


「ちょっと待ってくださいよ。義務って何ですか。私は別にあの刀を受け取る気なんか無かったんですけど」


「そんなの、私だってそうよ。嫌で嫌で仕方なかった。でも…」


唇を噛んで下を向く女性。

つづる同じ様に、自分の左胸に右手を置いている。

視線の先には美味しそうなレモンパイ。


「…私が興奮しちゃダメね。まず食べましょうか。甘い物で気持ちを落ち着けましょう」


金色の小さなフォークを持ち、パイを食べる女性。


「うわ、マジ美味しい。やばい。この店ヤバイ」


女性は頬を染めて微笑みながらパイを味わう。

つづるも銀色のスプーンを持ち、まずはイチゴのショートケーキを食べる。

うお、旨!

安い方とは全然違う!

スポンジは殆ど同じだけど、口の中で溶けて広がる生クリームの本物感が凄い。

新鮮なイチゴの風味と酸っぱさも甘みを引き立てている。

ついうっかり一気に食べてしまうつづる。

もっと味わって食べれば良かった。

勿体無い。

また食べたいけど、こんな高い物を食べ慣れたら財布の寒さがハンパなくなる。

くっそう、クラスのお嬢様達はこんな良い物を食ってんのか。

本気で羨ましい。

をみも、こんな高級な物をいつでも食べられるレベルのお嬢様なんだよな。


「話を続けるわね」


言って、コーヒーを啜る女性。

つづるも紅茶で口の中の甘みをリセットする。

もう1個のシフォンケーキの為に。


「心食みは、10年の周期で現れる悪霊みたいな物よ」


「悪霊?をみは悪霊に取り付かれているって事ですか?」


「そう思ってくれて間違いないわ。そのをみちゃんは、心食みに取り付かれる条件を満たしてしまったの」


「条件?」


「心食みには謎が多い。分かっていない事の方が多いくらい。その上で分かっている、今まで取り付かれた子の条件は」


女性はつづるの目を真っ直ぐ見た。

目を逸らせず、視線を正面で受け止めるつづる。


「女の子を好きになった女の子。そして、その事を外に出す事が出来ない子」


ポカンとするつづる。

どう言う事か分からない。


「勘違いして欲しくないのは、同性愛に悩むと心食みに付け込まれるって事じゃない」


つづるの目を見続ける女性。


「自分の気持ちを愛する人に伝えたいと言う願いを持った時に、絶対に出来ない告白を心食みが代わりに伝えてあげるって言って取り付く、らしいわ」


悪霊が人間を唆し、身体に入り込む。

マンガとかでは良く有る話だ。

しかし、つづるにとっては問題はそこじゃない。


「をみが、女の子を好きになった?それを、告白…?」


「そう。男の子が相手だと心食みが現れないのは、少なくとも告白出来る可能性がゼロじゃないから、だと予想されている」


「ウ、ウチは女子高ですから、女の子が女の子を好きになるのは、別に不思議じゃないって言うか、良く有るって言うか。私にだって、素敵だなぁって思う先輩が居ますし」


そう言う事でしょ?と言って女性から視線を逸らすつづる。

本心では女性の言っている事を理解しているが、頭が納得を拒否している。


「砕いて言うわね。をみちゃんは、宇多原さんを愛した。それこそ、肉体関係を持ちたいくらいにね」


「はぁ?」


「でも、そんな事は言えない。言ったら嫌われる。キスしたいと思って貴女を見てるなんて知られたら、きっと毛虫の様に嫌われる」


「なんだか、をみをバカにしてるみたい。をみは、そんな子じゃないです」


つづるは女性にきつい視線を向ける。

しかし女性は冷静に返す。


「そうよね。分かるわ」


「分かるのなら、どうしてそんな事言うんですか!をみが、そんな変態みたいな!」


つい声が大きくなるつづる。

大切な友達を汚されたみたいで我慢がならなかった。


「宇多原さん。貴女、もしもをみちゃんがこんな事にならず、正気のまま告白して来てたら、そう返すの?この変態!って」


「え?いや、それは…。でも、あのをみが、私を、そう言う意味で好きなんて事、無いと思うけど…」


段々と声が小さくなって行くつづる。

実際にそう言われたら自分はどうするだろう。

冗談だと思って笑い飛ばすかな。

それとも、意味不明過ぎて無反応になるかな。

分からない。


「貴女が混乱するのは、をみちゃんにも分かってる。だから心食みに付け込まれたのよ。昨日、心食みに殺され掛けたでしょう?」


頷いてから、再び自分の左胸に右手を置くつづる。

きつくサラシを巻いているので固い。


「相手に嫌われずに相手を手に入れる方法は、有無を言わさず相手を食べるしかない。宿主にそう思わせる。それが心食みが人に取り付く目的よ」


「…をみ…」


そんな悪霊に取り付かれるくらいなら、私に打ち明けてくれれば良かったのに…。

私がをみを嫌うなんて事、絶対に無いんだから。

しょんぼりするつづるを無視する様に話を続ける女性。


「心食みは人間の心臓を食べる。どう言う理由かは分からないけど。今も心食みは誰かを殺し、心臓を食べているかも知れない。宇多原さんは、それを止めなければならない」


「私が、止める?」


「そうよ。貴女の大切な友達が人を殺しているのよ。止めなきゃ。絶対に」


「そ、そうですね。私はどうすれば良いんですか?」


天井を仰ぐ女性。

つづるには寂しそうな表情に見えた。


「心絶ち、つまりあの刀はね、心食みを斬る為に生まれたの。1番初めに心食みに殺された女性の魂が籠っているそうよ」


「確か、最初は喋っていたんですよね?その人が喋ってたって事ですか?」


「刀は最初の持ち主に向けてこう言った。他の誰かが食べられる前に、私を食った心食みを斬れ、と。私って言っているから、最初の人なんでしょうね」


つづるはギョッとした。


「斬った、んですか?その、最初も、女同士の、その、好きとかなんとか、そんな話なんですよね?」


「らしい。でも、斬った人は違うよね。心食みの相手は殺されてるし。まぁ、斬った。それで化け物話は終わるかと思われた」


一口コーヒーを飲む女性。


「しかし10年後、再び心食みが現れ、無関係な人の心臓を食べた」


「また、斬ったんですか?」


「斬った。そしてまた10年後と、何度も繰り返している」


ごくりと唾を飲むつづる。


「え?ちょっと待ってください?それじゃ、私の手に刀が飛んで来たのって」


「心絶ちが、心食みを斬れって言ってるのよ。貴女だって薄々感じてたでしょう?日本刀なんか、他に使い道無いし」


「そりゃ、まぁ…。あ、もしかして、あの刀は不思議な力を持っていて、悪霊だけ斬れるとか?」


首を横に振る女性。

それを見て半笑いになるつづる。

他の反応をする術が無かった。


「そんな事、私出来ない…!をみを、私が斬るなんて!」


冬服の肘を握るつづる。

気持ちを落ち着かせようとしているのか、親指と人差し指が無意識に布地を抓んで弄んでいる。

その指を見ながら続ける女性。


「斬らなかったら、宇多原さんが殺される。他の無関係な人も心臓を食べられる。それでも良いの?」


「良くない!どうにかしてをみを助ける方法は無いんですか?」


興奮して声が大きくなるつづる。


「無かったわよ!他の方法なんか!」


女性も声を震わせながら荒げた。


「言ったでしょ?私は前代だって。斬ったのよ、私は!」


自分の太股をきつく握る女性。


「あの子に、人食いみたいな真似はさせられなかった!させたくなかった!だから私は!」


歯を食い縛った後、深呼吸する女性。

額に脂汗が滲んでいる。


「ご、ごめんなさい。本当は、私も宇多原さんに刀を持って欲しくない。をみちゃんを助けられるのなら、助けたい。でも、もう無理なの。分かって」


正直、分かりたくはない。

しかし、をみが人食いをしているのは、今すぐ止めさせないといけないのは分かった。


「をみを助けたい。斬らずに止めたい」


真剣な顔で言うつづる。

女性は冷め始めているコーヒーを一気に飲み干した。

気持ちを落ち着かせる為に。


「今まで、斬る事に失敗した人は、2人。記録に残ってる」


ゆっくりと噛み砕く様に言う女性。


「1人は、とても優しかった人。相手が自分を愛しているのなら、それを受け入れ、自分も愛し返せば良いと言った人」


「その人は、どうなりましたか?」


「血塗れの着物を残して消えたそうよ。その後、人骨を胸に抱えて歩く心食みが目撃されてるわ」


「た、食べられた、って事ですか?」


「恐らくね。その後すぐ心食みも死んでる。栄養失調だったそうよ。当然よね。生の人肉しか食べていないんだもん」


「気味の悪い話ですね…。ホラーマンガみたい」


「もう1人は、病弱で、刀を持つ事も出来なかった子」


夏ミカンのシフォンケーキが美味しそうな香りを放っているが、こんな話を聞いている最中では流石に食欲が沸き起こらない。


「だから警察が心食みを射殺したそうよ。それでおしまい」


何だか拍子抜けって思ったのは、つづるの感覚が狂って来たせいか。


「問題は、心食みが死んだ後。数週間後に別の場所で心食みが現れたそうなの」


「早!たしか、10年周期とか言ってませんでした?」


「心絶ちで斬る以外の方法で心食みを殺した場合は、日本のどこかですぐに復活するみたい。厄介よね」


汗ばんだ額にくっ付いた前髪を指で払う女性。

疲れが見える溜息をひとつ吐き、話を続ける。


「だから、被害者を減らすには、宇多原さんがすぐに心食みを斬るしかない。どうしても斬れないって言うなら、心食みの宿主が栄養失調で死ぬまで放置するか、警察が射殺するしかない」


「でも、それだとすぐに…」


「そうなの。すぐに他の場所で同じ不幸が生まれる。だから宇多原さんが心食みを斬らなければならない」


真剣に言われ、息を飲むつづる。

何だか涙が出て来る。


「どうして、こんな事に…」


女性はポケットからふたつの物を取り出し、テーブルの真ん中に置いた。

ひとつは細かい文字が書かれたカード。

達筆過ぎて読めない。


「これは心絶ち所持許可証。もしも銃刀法違反で捕まっても、これを見せれば問題無し。事件が解決するまで刀と一緒に肌身離さず持っている事」


もうひとつは、細長い布の袋だった。

お坊さんが着る袈裟みたいな柄。


「刀はこれに入れて。代々受け継がれて来た袋よ。さぁ、受け取って」


そのふたつを苦々しく見詰めるつづる。

これを受け取ると言う事は、今の話を全て受け入れると言う事。

をみを斬ると言う事。

だからつづるの手がそのふたつを掴むにはかなり大きな覚悟が必要だった。

女性は、つづるがそれを受け取るまで黙って待った。

お代わりのコーヒーが来ても、無言で待ち続けた。

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