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サラシをきつく巻いているせいで、今日1日苦しかった。
土で汚れた制服をクリーニングに出してしまったので、暑いのに冬服を着なければならないのも不快だった。
この学校の制服は外国に発注するとかで異様に値段が高く、つづるみたいな普通の家の子だと予備が買えないのだ。
最低のテンションで下校するつづる。
帰る直前に更衣室でサラシを巻けば良かったと思い付いたが、登校時にをみに会っていたかも知れないから、これで良かったのか。
と、校門の所で2人の女性が立っていた。
1人は生徒達に嫌われている教育指導の50代女教師で、下校している女子達は気持ち遠巻きに歩きながらさよならの挨拶をしている。
「あ、来た。あの子です」
近所の共学高校の制服を着た男の子がつづるを指差す。
校門の外側の陰に居たので、近付くまで気付かなかった。
その子の言葉を受け、2人の女性がつづるに顔を向けた。
何事?
プレッシャーに負け、思わず足を止めるつづる。
「宇多原綴さん。こちらにいらっしゃい」
「あ、は、はい」
教育指導の先生は、驚いた事に数百人の生徒達の顔と名前を覚えている。
そんな先生に名前を呼ばれるのは、一種の恐怖でもあった。
ついクセで制服の乱れが無いか調べてしまう。
生徒指導の目の前でスカートの短さとかアクセサリの派手さとかを直してもしょうがないんだけど。
「警察の方が貴女を探している様ですが。何をなさったの?」
「警察?」
女性と男子を見るつづる。
女性は30代くらいの可愛い感じの人で、見た事の無い人だった。
カジュアルな格好をしているので、警察には見えない。
男子の方は、何となく見覚えが…?
思わず凝視すると、男子は口を開いた。
「昨日は大変だったよ。お前の悲鳴を聞いて集まった人達に、俺が変質者に間違えられて」
「悲鳴…?…あ!」
思い出した。
昨日、をみに襲われた時に助けてくれた人だ。
「制服が土塗れの女の子が一目散に逃げて行ったら、そりゃしょうがないと思うけど」
「ごめんなさい。あの時は、私も混乱してて。あ、お礼が遅れてごめんなさい。助けてくれて、ありがとうございました」
しおらしく頭を下げるのはつづるのキャラではないのだけど、生徒指導の目の前ではお嬢様しなくては。
「助けられたのですか?何が有ったの?話しなさい」
生徒指導の怖い顔がつづるをギラリと睨む。
昨日のをみより怖い。
「えっと、その、何て言ったら良いのか…」
頭をポリポリと掻いて言い淀んでいるつづると生徒指導の間に割って入る女性。
左目の下に有る泣きホクロが目を引くが、そこばかり見たら失礼かな。
「申し訳有りません。事件に関わる事は、まず警察が訊きたいので、そこは不問でお願いします」
「しかし、わが校の生徒が」
「分かっています。後日改めて上の者が説明しますので、どうか」
不満そうに引き下がる生徒指導。
あの怖い先生を下がらせるとは、この女性、なかなかやる。
「君も、ありがとう。凶悪事件だから、この事はあまり言い触らさないでね。君も危なくなるかも知れないし」
「はい」
頷く男子。
それを確認してから、ポケットに片手を突っ込みながらつづるに顔を向ける女性。
「宇多原綴さん、でしたっけ。昨日の事を訊きたいので、ちょっと時間を貰って良いかな。あ、これが警察の証拠」
黒い手帳を開いて見せる女性。
文字が小さいので良く読めないけど、確かにこの女性の写真が貼ってあり、警察のマークも入っている。
「宇多原さんは、何が起こったのか良く分かっていないでしょう?私はその説明が出来るの。興味有るでしょう?」
「え?どう言う事ですか?興味は、有りますけど、正直如何わしいって言うか」
「『これ』、受け取ったんでしょう?」
日本刀を抜く仕草をする女性。
生徒指導と男子には意味不明な動きだろうけど、つづるにはすぐにその意味が分かった。
「まさか、貴女が投げて寄こしたんですか?」
「答えはノーよ。でもイエスでもあるかな。一緒に来て貰えるよね?」
つづるに顔を近付け、小声になる女性。
「美味しいケーキでも食べながら話しましょう。ところで、『これ』はどこに?」
「私の部屋に隠してあります。あんな物、持って歩く訳には」
「まぁ、そうね。丸腰は危ないんだけど、今はしょうがないよね」
背筋を伸ばし、身体の向きを変える女性。
「では、先生。失礼します。君も、気を付けて帰ってね」
生徒指導と男子に頭を下げた女性は、視線でつづるに先に進む様に促す。
取り敢えずつづるも生徒指導と男の子に会釈をし、それから女性と肩を並べて歩き出した。
「宇多原さんが無事で良かったわ。私達が先手を取る事は不可能だから」
歩きながら喋る女性。
女性は、北海道に住んでいる人らしい。
心臓が抉られる事件の事を聞いて、すぐにこっちに飛んで来たんだそうだ。
しかし『刀を受け取った少女』を探すのに手間取ったとか。
昨日の今日だから十分早いと思うけど。
「事件と刀は関係有るんですか?」
「有る。って言うより、刀と宇多原さんを襲ったアレは一対の物なの」
「アレ…。あの子は、どうしてあんな事になったんでしょう…」
「アレになった子の名前、教えて貰えるかな」
「海瀬峰深乃さんです。でも、昨日のをみは、をみじゃなかった」
「詳しい話は、この中でしましょう」
とあるお店の前で立ち止まる女性。
そこはウチの学校で良く話題に上がる、大人気の喫茶店だった。
入り口には本日貸し切りの看板が下がっていて、黒スーツ黒サングラスのいかつい男性2人が仁王像の様に立っていた。




