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面倒臭い数学の授業中、ふと退屈になったつづるは、教室内にひとつだけ有る空席に目をやった。
をみは今日も休みか。
ペンを指の上でくるくると回し、教室正面の壁に掛かっている時計を見て授業の残り時間を確認する。
後数分で終わり。
こうなると教師の言葉なんか耳に入って来なくなり、ひたすら秒針が早く進めと願う。
中学生時代ならそのまま休み時間に何をしようかと考え始める所だが、今は高校生。
あの頃とは、ちょっと事情が違う。
怠け心を振り払い、教師の話に集中しなければならない。
つづるは、この学校に入学したのはちょっと失敗したかな、と思い始めている。
思ったよりレベルが高く、真面目に授業を受けないとテストの点数が本気でやばくなるのだ。
高校はテストで赤点を取ると留年するらしいから気を抜けない。
実際、一学期の中間テストは悲惨な物だった。
まぁ、中学の復習みたいな内容だったので、赤点は無かったが。
入試の難易度の時点で分かってはいたんだけど、実際に数ヵ月の学校生活をしないとそれは実感出来なかった。
この学校を受けた一番の理由は、家から一番近いって事だけだった。
自分のレベルに合わせた学校は電車に乗らないと行けない所に有るので、かなり頑張ってこの学校を受けた。
3年間電車に揺られるのと、数ヵ月勉強を頑張るの。
どっちを取るかを考えた末の結論だ。
親もこの結論を応援してくれた。
何しろ、県内で有名なお嬢様学校だし。
この学校に入れば、男の子っぽいつづるが、少しは女の子っぽくなるんじゃないかと思ったらしい。
どうでも良い事だけど。
いや、どうでも良くない。
お嬢様達のノリはおっとりし過ぎていて、どうにも付いて行けない。
作られた女の子っぽさが鼻について気持ち悪い。
本物のお嬢様としての躾で身に付いている礼儀っぽいから、口に出しては言わないけど。
だから、親が期待していた、つづるが女の子っぽくなる、と言う現象は起こらなかった。
自分が『ごきげんよう』とか言ってにこやかにお辞儀している姿を想像するだけで鳥肌が立つ。
最大の問題は、女子高なので色恋沙汰が厳禁な所だった。
噂程度なら色々聞くけど、このクラスには影も無い。
つまらん。
まぁ、誰彼が付き合ったとか、自分も彼氏が欲しいとか、そんなのには興味は無いけど。
それでも全く無いのはつまらない。
我ながら無い物ねだりだね。
と思った所でチャイムが鳴り、休み時間になった。
キリが良かったので、すぐに教室を出て行く教師。
結局余計な事を考えてしまい、先生の話は全く耳に入っていなかったが、まぁ良いか。
早速携帯電話を取り出してメールのチェックをする。
をみからの返信は無し。
どうしたんだろうな。
彼女が学校を無断で休むのは、もう4日目になる。
家にも帰っておらず、捜索願いが出てるらしい。
電話を掛けてみても、当然出ない。
出たら捜索願いなんか出さなくても良いしな。
心配だ。
をみは、この学校の中では一番の親友と言っても良い。
彼女もお金持ちで生粋のお嬢様だが、妙につづると気が合う。
おっとりとした物言いや柔らかい笑顔等は他のクラスメイトと同じだけど、をみはそれに嫌味が無い。
どうでも良い雑談も楽しい。
最初は話し易い子ってだけだったけど、今では休み時間毎に彼女の姿を探し、一緒に行動する様になった。
他に親密になれそうな子が居ないので、をみが居ないと、本当にこの学校はつまらない。
「海瀬さん、心配ですね。宇多原さん」
つづるが級友の安否をかなり気に掛けている事を知っている委員長が話し掛けて来た。
メガネが良く似合う委員長も私達と良く話す。
彼女もお嬢様だけど、キビキビとした性格と思った事をすぐ口に出してしまうクセのせいで、あんまりお上品じゃない。
比較的つづると気が合う方だが、それでもをみレベルの友人には成っていない。
委員長と言う立場のせい、かも知れない。
「物騒な事件が起きて警察がいっぱい居るので、この街に居ればすぐに見付かりそうなんですけど」
「事件?何それ」
「ホームルームでの先生の話を聞いてなかったの?一昨日昨日の二日連続で、心臓を抉 られた死体がこの街で見付かったとか」
「うそ。それって、猟奇殺人って奴?」
真剣な顔で頷く委員長。
「まだ詳しくは分かってないそうですけどね。だから十分に注意しろ、と先生が」
そんな大事がウチの街で起こるなんて、あんまり現実感が無い。
面白そう、って思うのは不謹慎だが、珍しく刺激的な出来事だ。
「でも、そんな大事件ならニュースでやるんじゃない?ウチ、朝はニュース点けっ放しだけど、見てないよ」
つづるがそう言うと、その事に初めて気付いた委員長が眉を上げる。
「そう言えばやらないわね。模倣犯防止とかじゃないかしら。それか、あまりにも残酷だから、とか」
「ふーん。あ、…まさか、をみは…」
嫌な事を想像してしまった。
丸顔が可愛い彼女の心臓が抉られ、綺麗な長い黒髪を地面に広げて死んでいる場面を。
それならお嬢様なをみが4日も行方不明なのが説明出来る。
だけど、彼女の登下校は車での送り迎えだし、ちょっとした買い物はメイドがやってくれるそうだから、不審者に襲われる事は考えられない。
委員長もつづるの想像を否定する。
「それは無いわ。学校の対応も、今日から警備員を増やすってだけですし」
「?」
「もしも海瀬さんが亡くなっているのなら、休校くらいの処置はするんじゃないかしら。最低でも全校集会はするでしょうね」
「そっか…。なら良いんだけど、実際に行方不明だしなぁ。山奥とか谷底とかに死体を捨てれば、とか考えちゃう」
「そうですね…。確かに、彼女の無事を確認しない限りは安心出来ませんね…」
委員長も不安になったのか、眉根を寄せた。
「もしも海瀬さんが死んじゃってるなら、死体はすぐに見付かるよ」
明るい口調で話に加わって来る、クセっ毛の子。
この子はつづると同じく普通の家の子で、かなりの噂好きだ。
色んな事を知っている。
「なんで?」
「見付かった死体は2人。どっちも、まだ身体が温かい内に見付かってるの」
「どう言う事?」
話が見えないつづるがキョトンとすると、委員長が小さく頷いた。
「殺された後、すぐに見付かっている訳ですね。つまり、犯人には犯行を隠す考えが無い」
にっこりと笑み、委員長を指差す噂好きの子。
「正解!しかも、どっちも悲鳴を誰にも聞かれていない。心臓を抉るなんて言う事を、隠れずに速攻でやって、ぱぱって逃げてるの」
「なにそれ。犯人は妖怪?悪魔?」
つづるがそう言うと、噂好きの子はそうかもね、と素っ気なく肯定した。
「人間技じゃないそうだよ。昔のマンガで有るじゃん。指で突くと人間が爆発する奴。それなら説明出来るレベルだってさ」
と、次の授業の開始を告げるチャイムが鳴った。
雑談していたクラスメイト達が自分の席に戻る中、委員長がつづるを厳しい目で見る。
反射的に身構えるつづる。
「とにかく。今が物騒な時期なのは間違いないわ。海瀬さんが心配なのは分かるけど、彼女を探しに1人で出歩かない事」
「落書きが有る地下道に女の子1人で行くのは感心しないよ~?」
噂好きの子が続いて言う。
ギクリとしたつづるが唇を尖らせて反論する。
「私がそこに行ったって知ってる貴女達はどうなのよ」
肩を竦める噂好きの子。
「私は知ってるだけ。実際には行ってないよ。委員長も、警備の方から危険行動の生徒が居たから注意しろって言う書類が回って来ただけだろうし」
頷く委員長。
「その通り。だから、委員長として注意しておきます。良いですね?宇多原さん」
「でも…」
つづるの言葉を遮 る噂好きの子。
「って言うか、ウチの制服着たまんま不良の溜まり場に行ったら超目立つに決まってるじゃん」
「う…。そりゃそうだ」
お嬢様学校の制服を着ている子はイコールお金持ち(一部例外あり)なので、カツアゲに遭う確率が高い。
また、美人揃い(一部例外あり)なので、ナンパや犯罪に遭う確率も高い。
「放課後になってすぐだったから運良く無事だったけど、本気で悪い奴が居る時間だったら、つづるも今ここに居ないかも知れないんだよ?気を付けるべき」
「そうだね。でも、そう言う奴等がをみに関わってる可能性は有るじゃない」
「それは無い」
きっぱり言う噂好きの子。
「絶対無いとは言えないけど、警察も不良もバカじゃないよ。この街でこの制服の子に手を出して、4日も行方不明は有り得ない」
「目立つから?」
「うん。不良には本物のバカが居るから、そこが心配だけど」
噂好きの子は軽く笑って首を傾げた。
「でも、海瀬さんの地元はこの街じゃないからねぇ」
そこで先生が教室に入って来た。
慌てて席に戻る友人2人。
噂好きの子は、をみの家はこの街じゃないから、1人で出掛けて行方不明になったとしても、この街には居ないと言いたかった様だ。
勿論そんな事は言われなくても分かっている。
けど、探さずには居られなかったんだ。
をみ…。
何がどうなってても良いから、無事でいてよね。




