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「最新情報。海瀬さん、昨日、自分の部屋に帰っていたらしい」


下校しようとして鞄と棒状の布袋を持ったつづるの耳元で、噂好きの子が囁いた。


「え?」


「メイドがお嬢様の部屋を掃除しようと入ったら、置手紙が残されていて、制服一式が消えていたんだって。他にも、部屋の中の物置から何かが持ち出されてるっぽい」


「制服、か。手紙の内容は?」


「そこまでは。ただ、自殺を示唆する内容って言ってたから、穏やかじゃないでしょうね」


「そっか…。で、どこからの情報?」


「制服が消えてたからって、海瀬さんの家の人が学校に来てるんだ。今も職員室に居るよ。海瀬さん、家と習い事と学校しか行動範囲がないみたいだね」


「じゃ信頼出来る情報か。でも、自殺は…」


有り得ない。

をみの目的は、つづるを食べる事。

愛する人をお腹に入れて愛る事、だそうだから。

自身の最後が近いと実感している、って事なのかな。


「実はね、知ってるんだ」


ギョッとするつづる。

この子のこの言葉は恐ろし過ぎる。


「それ、本物でしょ」


布袋を指差された。

誤魔化そうとするつづるを片手で制し、教室の窓の方に顔を向ける噂好きの子。


「良い。何も言わなくても。警察の話とかから色々考えると、ちょっと嫌な結論に行くんだよね。私、オカルトっぽいのは信じないからさ。困るよね」


「う、うん。困ってるよ」


「校門前で生徒指導とあれこれ言ってた泣きホクロが特徴の女の人は、もう北海道に帰ってるよ。彼女から情報を引き出すのは無理。残念」


驚きで目を剥くつづる。


「貴女、本当に色々知ってるよね。何者?」


ヒャッヒャッヒャッ、と可笑しそうに笑う噂好きの子。


「ま、つづるや海瀬さんみたいな、マンガみたいな事は無いよ。壁に耳あり、障子に目あり。仲間が大勢居る、とだけ言っておこうか」


噂好きの子は半笑いで言う。

つづるが今現在の事情を説明出来ない様に、この子も人には言えない行動をしてる空気を感じる。


「恐るべし、女子高生の噂のネットワーク、って奴?犯罪はしてないでしょうね?」


「ま、そんな所。捕まる様な事はしない様に注意してる。それと、仲間にはつづるの後は追わない様に言ってある。真実を知ったら黒服の男に口封じされそうだしね」


「黒服の人って、まだ居るの?」


「居るよ。隠れて誰かを監視してる。多分、つづるじゃない?」


「マジで!?」


「プロっぽいから、私達に見付かってる事も計算の内じゃない?だから今言ってみた」


「そう言う事はもっと早く言ってよ」


「だって、情報が揃ってないんだもん。つづるが関係してるなんて知らなかったんだもん。ウチの学校、黒服に監視されそうな子ばっかりだし」


「そりゃそうよね。ごめん」


「何をする気なのかは、知らない。けど、上手く行く様に祈ってるよ。委員長も、ああ見えて心配してる。何が有っても私達は絶対に味方するから。それだけは覚えといて」


『知らない』を強調して言った噂好きの子は、手を振りながら教室を出て行った。

多分、助けを求めたら本当に助けてくれるだろう。

しかし戦力にはならないから、それは出来ない。

下手をしたらつづる達とは違う所に殺されるっぽいらしいし。

これ以上面倒を抱えたら、流石につづるの精神が参る。

ふと委員長と目が合う。

何かを言おうと思ったが、事情を話さずに適当な事を言うと余計に心配させる様な気がした。

大丈夫、必ず生きて帰って来るから!

とか言えない。

普通に、いつも通りにすれば良いか。

あれ、普段、何て言って帰ってたっけ。

さようなら、だっけ?

ごきげんよう、だっけ?

1人で混乱しているつづるを見て、委員長は肩を竦めた。

悩んでいるが相談は出来ないって、一目で分かる。

そんな分かり易い所がつづるの魅力なんだけれど。


「委員会が有るから、私はもう行くわね」


「え?あ、うん」


ポケットから携帯電話を取り出し、つづるに見せ付ける委員長。


「委員会中は電源を切る決まりだけど、今日は切らないわ。何か有ったら電話して来て」


「あ、うん。ありがとう」


「じゃ、また明日」


教室を出て行く委員長。

そうか、また明日、だったか。

明日。

私は明日を迎えられるのだろうか。

そんな事を考えながら下校するつづる。

今まで、明日が来るのは当たり前だと思っていた。

当たり前じゃ、なかったんだなぁ。

つづるも教室を後にし、周囲を見渡しながら校門を出る。

大勢のお嬢様が歩いている。

遠くに高級車も止まっている。

をみの姿は、無い。

袋越しに刀を握っても、気配は遠い。

学校に来るために制服を持って行った訳じゃないんだな。

行くか。

私も、制服のままで。

彼女と会う時は、いつも制服だったから。

学校でしか会わないから当たり前だけど。

今日は本屋に向かわない。

気配を辿り、生まれ育った街を歩く。

手に伝わる悪寒が薄い。

まだまだ遠いな。

でも、この一歩一歩がをみに近付いている。

はぁ、喉が渇く。

この先に、私か彼女の終わりが有る。

怖い。

逃げたい。

緊張する。

刀を持っている手が震え始めた。

どうしよう、覚悟が決められない。

このままをみに会っても、彼女を斬れないかも知れない。

ついに足が止まる。

くそ…。

私の、いくじなし…。

と、後ろから誰かが駆け寄って来る物音を感じた。

機敏に振り向くつづる。

をみかと思ったが、普通高校の制服を着た男の子だった。

しかも見知った顔。


「今日は本屋に行かないんだな。でも、見付けられて良かった」


あの和菓子屋の息子だった。


「やっぱり無事だったね。頭、大丈夫?」


「ああ、大丈夫。またあいつと戦うつもりなんだろ?俺も手伝うよ」


バットケースをつづるに見せる男の子。

戦う気満々の様だ。


「ありがとう。でも、危ないからダメ。絶対ダメ」


「2度もやられそうになってるクセに、何強がってるんだ。俺だって被害者だし、無関係じゃないだろ?」


胸を張り、ニカッと笑う男の子。

つづるを心配してくれているらしい。

優しいな。

涙が出そうだ。

戦力にはなりそうだけど、こんな良い子を巻き込む訳には行かない。


「無関係よ。それに、強がってもいない。何も知らないんだから、余計な事に首を突っ込まないで」


ツンとして先を急ぐつづる。

素っ気ない態度で追い払おうとしたが、男の子は付いて来る。


「本当に危ないから、付いて来ないで。他人が居ると、あの子が出て来ないから困るの。帰ってよ」


「出て来ないなら、それはそれで良いじゃないか。それに、本当に危ないんなら、尚更お前を1人には出来ないだろ?」


参ったな。

帰ってくれそうもない。


「ここで帰って、お前が殺されたら、俺は一生後悔する。絶対付いて行くからな」


ダメだこりゃ。

分かってない。

当たり前だけど。

溜息を吐き、足を止めるつづる。

悪寒はまだ遠い。

男子と2人で居る所ををみに見られたらまた怒り狂いそうだけど、見られる心配は無いみたいだ。


「分かった。ちゃんと言わないと貴方は帰ってくれないみたいだから、話してあげる。ちょっとこっちに来て」


誰かに会話を聞かれない場所を探して歩く2人。

ちょっと場所が悪く、人が居ない場所が無い。

仕方が無いから大通りに出て、パチンコ屋の駐車場の中心で立ち止まる。

車が停まっていない大きな空白部分なので安心だろう。


「あのね…」


猟奇殺人の犯人であるあの子は、悪霊に取り付かれている事。

その悪霊は、この刀で斬る以外の方法で倒すと、すぐに復活する事。

斬れば、最低10年は復活しない事。

このみっつを簡単に説明した。

これくらいなら他人に話しても大丈夫だろう。

一応、本来は秘密の話だから他言無用だと釘を刺しておく。


「ウソみたいな話でしょ?私だって、実際に襲われてなかったら信じてない」


「つまり、例えば俺がこのバットで悪霊を退治すると、すぐにどこか別の場所で殺人が再開されるって訳か」


「らしい」


「じゃ、もしも俺がその刀を使ったらどうなるんだ?」


「え?どうだろう。知らない。いや、最初の人は違う人が刀を振ったって言ってたな。問題は、無いかも」


「お前が持つより、俺が持った方が良いんじゃないか?本物の刀って重いんだろう?貸してみ」


「…うん」


それも良いかな。

こんなにも心配してくれる味方は、正直有り難いし。

刀を男の子に渡そうとするつづる。

しかし、刀がそれを嫌がった。

をみはつづるの友達でしょ、と言われた気がした。

そうだね。


「やっぱりダメみたい。私がやらないとダメみたい。この刀がそう言ってる」


刀を胸に抱き、頭を横に振るつづる。


「そうか…。その、俺に出来る事は無いか?」


「その気持ちだけで良いよ。ありがとう。じゃ、気を付けて帰ってね」


そう言って別れようと思ったのだけど、呼び止められた。

さすがのつづるもそのしつこさにイラっと来た。


「何?まだ分からないの?だから、私以外があの子の相手をしたら…」


「いや、違うんだ。その、実は」


頭を掻き、目を逸らす男の子。

何なの、この人。

意味分からない。

そう思いながらも、律義に次の言葉を待つつづる。


「実は、2回目に助けたのは偶然だったんだけど、1回目は偶然じゃなかったんだ」


「?」


「お前が毎日、学校帰りに本屋に行くのも知っていた。声を掛ける切っ掛けが有ればなぁと思って、その…、跡を付けていた、って言うか」


「え?ん?は?どう言う事?」


辺りに人が居ない事を確認した男の子は、ゴホンとひとつ咳払いをした。


「じ、実は俺、お前の事が、好きなんだ。付き合いたいと、思ってる」


たっぷり10秒、固まるつづる。

余りにも反応が無いので不安になる男の子。


「あ、あの…」


ハッと我に返るつづる。


「えっと。なぜ、今それを言う」


「それは…」


「死ぬか生きるかって時にそんな事言われても、その、返事のしようが無いし…」


生まれて初めての告白に唖然としていたつづるだったが、段々と恥ずかしくなって来た。

いや、2度目か。

最初のは、をみにされた奴だな。

何なんだ、全く。

ボーイッシュな自分には縁が無いと思っていた愛の告白を、短期間に2度もされるとは。

これが噂に聞くモテ期って奴か?

噂…。

慌てて辺りを見渡すつづる。

大丈夫だ、噂好きの子の気配は無い。

こんな事をあの子に聞かれていたら、明日には全校生徒に伝わっている。

冗談ではなく、本当に全員に広がる。

特につづるは、本人に自覚の無い隠れた人気者だし。


「昨日さ。お前に、その悪霊に取り付かれた奴に顔を覚えられたから殺されるって言われて、怖くて眠れなかったよ」


情けないけど、お陰で寝不足だよ、と言いながら笑う男の子。


「それで、一晩中自分が死ぬって事を真剣に考えたよ。死んだらどうなるのかな、とか」


顔が赤くならない様に気を張って話を聞くつづる。

正直逃げ出したいくらい恥ずかしいけど、相手が本気っぽいのでそれも出来ない。


「それで思ったんだ。人間なんて、いつ死ぬか分からない。だから、断られても良いから、想いは伝えておこうと思って」


「…そ、そっか」


をみも、そう思ったから心食みなんかに頼ったのかな。

違うか。

心食みは、相手がどう思っていようが食らい付く。

それでも良いとをみが思ったのなら、悲しいな。


「もしも今死んでも、もう告白したから、後悔はしないかなって。…で」


「うん?」


「出来れば、返事が欲しいかな、と思うんだけど」


男の子の顔が気の毒なくらい赤くなっている。

釣られてつづるの顔も赤くなる。

慌てて顔を伏せるつづる。


「そ、その、急に言われて、びっくりしてるから…」


考えさせて、と言おうと思った。

しかし、刀から想いが伝わって来る。

逃げたらダメ、と。

そんな事言われても、訳が分からなくて。

相手は本気よ、ここで誤魔化したら女が廃る。

何が女が廃るだ。

刀に籠ってる想いも、女なんだな。

色恋話が大好き過ぎる。

そもそも、もう喋らないんじゃなかったのかよ。

え?無理をして想いを伝えてるの?

頑張る所が違うわバカ。


「ごめん。驚かせちゃって。今はそんな時じゃないって分かってるんだけど。ごめん」


頭を下げる男の子。

顔を上げるつづる。


「謝らなくて良いよ。うん。分かった。返事はする。でもそれは、今は無理。その前に返事をしないといけない相手が居るから」


最初に告白をして来た親友。

返事を、まだしていない。

大切な友達から逃げたら、一生後悔する。


「これから会う、あの子にね」


好きな人が命懸けの場所に向かうのに、何の手伝いも出来ない自分に不甲斐無さを感じながら頷く男の子。


「必ず、帰って来いよな」


「勿論だよ」


つづるは目を瞑って一呼吸した後、改めて男の子を見た。


「ありがとう。貴方のお陰で、あの子と戦える。やっと答えが見付かった。あの子との決着が付いたら、貴方に返事する」


あ、これは死亡フラグじゃないからねとふざけて言ったら、男の子はとても良い笑顔になった。

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