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「何で私がこんなに悩まないといけないのよ、全く」


翌朝になると、つづるはキレていた。

元々頭より先に身体が動くタイプなので、ウジウジと考えている自分が嫌になったのだ。

むしろ、良く今まで持った物だと思う。

それだけをみが大切だと言う事だ。

どう行動しても後悔しか残らないなら、なるようになれば良いや。

やけっぱちでそう思いながら家を出るつづる。

ムカ付いたせいで普段より早く目が覚めたので、真っ直ぐ学校には向かわずに回り道をする。

わざと人気の無い小道を歩いたりしたが、をみは襲って来なかった。

左手に持った心絶ちが反応する事も無かった。

袋越しだと悪寒が感じられないほど遠くに居るのか。

をみが何を考えているか分からない。

遠回りのついでに駅前通りにも足を運ぶ。

普通高校の制服の群れの中にお嬢様学校の制服が1人混ざってかなり注目を集めているけど、気にしない。

駅から200メートルくらい歩くと、目的の和菓子屋の前に出た。

特有の甘い香りが漂って来る。

まだ朝早くて開店してはいないが、人が動いている気配や湯気の上がり具合から、店の人達が和菓子を作っているっぽい。

息子が殺害された感じは無い。

もしもあの人が殺されていたら、大騒ぎになっているだろう。

安心した。

踵を返し、早足で自分の高校に向かうつづる。

ちょっとのんびりし過ぎたせいで時間がヤバイ。

地元民なので近道を上手く使い、何とか遅刻せずに学校に着いた。


「おはよー」


「おはようございます」


つづるが教室に飛び込むと、殆どのクラスメイトが席に着いていた。

それを認識したと同時に予鈴が鳴る。

全員行儀が良いので、ギリギリまで雑談する子なんか居ない。

ただし、つづると噂好きの子は例外だが。

当然、をみの席は空いている。

慌てて席に着くボーイッシュなつづるを見て、数人のクラスメイトが微笑んだ。

バカにしている訳ではなく、『あらあら、お寝坊かしら。可愛いわね』と言う笑みだ。

そんな視線には気付かず、背筋を伸ばして先生を待つつづる。

その健気な姿にも、クラスメイトは可愛らしいと笑む。

5分後に本鈴が鳴り、本日の授業が始まる。

こうしていつも通りの日常を送っていると、とても平和だ。

授業は難しくて、クラスメイトは大人しくてつまらなくて、先生は制服の乱れに厳しい。

をみも、ちょっと風邪をこじらせてるだけで、数日もすれば自分の席に戻って来てつづるに笑顔を向けるだろう。

それがつづるの日常だ。

が、昼休みにみっつの机を寄せて友人と一緒に弁当を広げたら、その日常はすでに壊れている事を思い知った。


「昨日、また心臓を抉られた死体が見付かったんだって」


噂好きの子が大声で切り出すと、委員長が眉を顰めた。


「食事中にする会話ではないでしょう?」


「まぁ、そうだけど」


噂好きの子が顔を周囲に巡らせると、同じ様に教室内で弁当を広げている少女達が顔を伏せた。


「みんな知りたいかなーって思って」


お嬢様と言っても、全員年頃の娘。

表面上は無関心でも、本当は噂話にも敏感に反応する。

しかも自分にも振り掛るかも知れない身近な厄災なので、興味を持たない方がおかしい。


「まぁ、なぜかTVや新聞でもやりませんし。そうまで言うのなら、面白い話でしょうね?」


委員長がメガネを押し上げながら言うと、噂好きの子はオニギリを手に持った。


「そう言われると自信無いけど。まぁ、愉快な話じゃないかな」


無言でからあげを齧るつづるは無表情を装っているが、内心はヒヤヒヤしていた。

何しろ事件の犯人を知っていて、自分もその中心に居るんだから。


「ちょっと前にここで話題に出た、地下道でタムロってる不良達が被害者だって。今さ、コンビニも夜の9時で閉まるでしょ?」


「私、コンビニに行かないから良く知らないの。それは特別な事なの?」


言ってからサンドイッチを頬張る委員長。

口の中に何か入った状態では決して喋らない。


「普通は24時間営業なんだよ。ここらは田舎だから夜中の3時に閉まって朝7時に開くけど」


コンビニが夜中に閉店していた事は、つづるも知らなかった。


「コンビニの店員も危ないし、買い物に来る客も危ないから、今だけ警察の指示に従って閉店時間を早めてるの」


噂好きの子はお嬢様ではない為、平気でオニギリを食べながら話す。


「勿論、みんな不満。スーパーとかが閉まってる時間でも、近所で開いてるのがコンビニだからね」


「ふーん。なら、不満が出る様な対策をしているのに新しい被害者が出てるんじゃ、警察の人も焦っているでしょうね」


発言したのは委員長なのに、噂好きの子はちらりとつづるを見た。


「な、何」


口から卵焼きの破片が飛び出すほど、つづるはびくっとする。

なぜかそれを無視して話を続ける噂好きの子。


「それが焦ってないの。もう犯人が分かってるみたいでね。昨日の事件は、忠告を聞かない不良が悪いみたいな事になってる。当然、そんな事は表に向かっては言わないけど」


人差し指を立てる噂好きの子。


「しかも、今日明日中には、絶対に事件が終わるって確信してるみたいなの。不思議だよね」


「貴女がその情報をどこから仕入れているのかの方が不思議よ」


冷静な声でつっこむ委員長。


「今朝、例の地下道に集まってた警察の会話を聞いただけだから不思議じゃないよ。酷かったよ、あそこ。ブルーシートが掛かってて直接は見えなかったんだけどさぁ」


自分の鼻を抓み、鼻声で話す噂好きの子。


「すっごい血の臭い。朝でも暑い上に地下道の湿気でそりゃもう大騒ぎさ。警察も長い時間中に居られないから、外で雑談してたんだろうね」


耳をそばだてていたクラスメイトが、それを聞いて気分を悪くした。

うっと呻いたり、箸を置いたりしている。

噂好きの子もそれに気付き、調子に乗った事を反省しながら話を纏める。


「ま、警察を信じるなら、昨日のが最後の事件だろうね。警察を信じるなら、だけどね」


言った後、前屈みになって小さな声を出す噂好きの子。


「ここからはヤバイ情報」


委員長も前屈みになり、小声に耳を向ける。

つづるも無視出来ないので、前屈みに参加する。


「襲われた不良は10人位。死んだのは2人。つまり今回は、犯人の目撃者が居るの」


「!」


この情報にはさすがのつづるでも驚きが顔に出た。

心食みは人目を嫌がるんじゃなかったのか?

先代の人がそう言ってたはず。

実際にをみも人目を嫌がっていた。


「不良がね、自分達を襲った奴は、春に学校で行われた美少女コンテストで1位になった奴に似てたって証言したそうよ。それって」


顔をある方向に向ける噂好きの子。

つづると委員長もそっちを見る。

誰も座っていない、をみの机。


「…ウソでしょう?彼女、運動は苦手よ?男の子、しかも大勢の不良を襲うなんて現実的じゃないわ」


流石に訝しむ委員長。

しかし噂好きの子は確信を持って言う。


「もしも間違ってたら、警察が今日明日中に云々とか言うかな。犯人が誰かって事が分かってるからこそ、そう言えるんじゃ?」


「確かに、そうかも知れないけど」


「つづるはどう思う?もうひとつ、変な話を聞いたんだけど」


「な、何さ」


「興味無い?変な話」


小首を傾げる噂好きの子。

上目使いで見られて、異様に慌てるつづる。

心絶ちの事を知ったのか?

それとも、つづるも知らない事を知ったのか?

等と、色々な事を一瞬で想像するつづる。

なので、その分、反応も遅れた。


「え?興味無い事は無いよ、うん。聞きたいなぁ」


普段ならこんなに取り乱す事は無い友人に何かを確信する噂好きの子。


「つづる、海瀬さんの事、知ってたね?」


全身から汗が噴き出すつづる。


「ど、どうしてそう思うのさ?」


「ちょっとカマ掛けただけ。多分、つづるの方が色々知ってるんじゃない?もしそうなら、何か教えてよ」


この子、伊達に情報通をやってないな。

真実に近付く為の嗅覚が強過ぎる。

このままでは全て吐かされそうだ。

何せ、つづる自身も誰かに相談したい欲求を持っている。


「ごめんね。本当は、何日か前からちょっとだけ知っていた。でも、何も言えないんだ。その、うん。色々有って」


つづるの席に立て掛けてある棒状の布袋を見る委員長。


「それ、護身用ですよね。どうしてそれを持ち始めたのかも言えないんですか?かなり気になるんですけど」


箸を置くつづる。

昨日、をみを斬っておくべきだった。

そうすれば、こんな質問を受ける事は無かった。

そうすれば、不良が2人も死ぬ事は無かった。

私のせいだ…!


「言える事は、1個も無いんだ。多分、一生誰にも言えない。だから、ごめん」


辛そうに頭を下げるつづるを見て、委員長と噂好きの子はそれ以上追及して来る事は無かった。

その心使いが有り難かった。

警察の人が言っていた、今日明日中に事件が終わると言う言葉の意味は、つづるがをみを斬るって事じゃない。

これ以上被害が増えない様に早めに処理する、と言う意味だろう。

それか、もうをみの身体が限界なのか。

つづるが斬らなくても、警察が射殺しなくても、偏食で倒れるらしいから。

不良の集団を襲ったのも、明らかに余裕が無いからだ。

一週間近く食べ物らしい物を口にしていないだろうし。

和菓子屋の男の子が襲われなかったのは、警察の目を誤魔化す事が出来なかったからだと思う。

だから簡単に空腹を満たせる方を襲ったんだろう。

つづるがをみを斬って心食みを10年以上行動不能に出来る時間は、殆ど残されていない。

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