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10 ねこねこ子猫?

 叱られた。あっちからもこっちからもがみがみと。

 本来なら起こらないはずの厄介ごとを起こしたんだから、もちろん大人しく拝聴したよ。それにみんな最後には必ず『無事でよかった』って言ってくれるんだもん。あのほっとした顔を見るたびに、罪悪感がね…ひしひしと来るんだ。ああ、迷惑かけたんだと身に染みてね。

 桃ちゃんと鶸ちゃんに言われるまま、大人しくニートを始めて5日目。


「飽きた…」


 うわぁ…明らかに喉元過ぎたおバカさんのセリフだぁ、と思いながら縁側で庭を眺めながら思わず呟いちゃったんだよね。

 だってほら、何もすることないから。

 腕の怪我は治んないから動きは制限されてるし、お屋敷どころか部屋を出るにも厳しい監視の目があるし、無茶を通せる姫にもお外に誘ってもらえないし、日がな一日ぼんやり座ってるくらいしかすることないんだよ。

 せめてテレビとかパソコンとかスマホとかあったら、暇も潰れるんだけどね。囲碁とかすごろくなんてゲームっぽいものもあるけど何べん教えてもらっても負けるんだ。難しすぎて。

 ああ、することないのって辛い。


「なんかないのかなぁ…こう、楽しいこと」


 姿は見えないけど部屋に置かれた鏡からこっちを覗いているんだろう姫に聞こえるよう呟いたけど、梨の礫だ。本日の監視役だったくせに用があるとか言ってあっちに引っ込んじゃうから、話し相手もいなくて退屈なんだって意味なんだけど無視された。

 ま、しょうがないか。鴉に緊急の用件だって呼び出されたもんね。意識だけはこっちへも向けてるって釘さしてたけど、何事か起きてることは確かなんだからあたしに構ってはいられまい。


「わかっちゃいるけど、やっぱ退屈…」


 娯楽が少ないのは諦めるからせめて誰か相手してくれないかと、行儀悪く寝っ転がりながら愚痴っていたら。


「にゃー」


 猫が鳴いた。

 ぎくりとしたのは思い当る疚しさがあるからで、声の発生源である庭先に目を向ければやはりというより予想通りの子猫が、じっとあたしを見つめているじゃないか。


「トラ…」


 模様のことじゃない。いや、トラ模様だけど、元がトラだけに。そうじゃなくて、妖の鵺が姿を変えられた、あの誘拐犯のトラである。

 大きくて強くて、文字通り歩く凶器だったのに、今じゃあ小さくて丸くて…


「可愛いなぁ…正体知ってても可愛いとか、反則だよねぇ」


 小さくてもふもふであったかいものは、癒しである。しかも手を伸ばすとのそのそ近づいてきたのをいいことに、掬い上げて思う存分撫で繰り回す。

 その間に抗議の鳴き声が上がろうと、伸びた爪で引っ掻かれようと、お構いなしだ。小さき獣と触れ合うには、多少の痛みを我慢しなければならないのは自明の理だと、元犬飼いとしては大きな声で主張したい!

 …なんて的外れなことはどうでもいいんだけど。小動物は癒されるなぁって撫でながら反抗的な光りを失わない目に苦く笑った。


「あたしが頼んでやってもらったことだけどさ、姫たちにもいろいろ事情があるみたいなんだよね。だから、元には戻せないらしい」


 不満は当然だと思う。だからって噛みつかれた掌に穴が開くほどって、どうよ。痛いっていうの。


「八つ当たりやめてよっ。全部自分が悪いんでしょ?あんたが暴れたせいで、妖のおじいちゃんが死んだって聞いたよ?他にも子供が怪我したって」


 ぶんぶん手を振っても外れなかった牙が、”子供”の言葉に反応してスポッと抜ける。ぽてっと落ちた体は力なくふにゃりと縁側に崩れて、だけどすぐに体勢を整え身を翻そうとしたのを尻尾を掴んで引き止めた。


「にゃぁぁ…」

「睨まないの。1人で退屈だったんだから、ちょっとは付き合いなさいよ」


 いつだったか姫が『妖は理由なく他者を傷つけない』と零した言葉が、暴れるトラに重なった。

 ぼんやり見えた事情は、きっと彼が触れてほしくないことで、傷つけられた人が知りたい理由なんだろう。当然、怪我させられた桃ちゃんにだって聞く権利はあるだろうけど、残念ながらここにはいない。きっとこのやり取りを覗いてるだろう姫にはばれちゃったろうけど、彼女が軽々しく他人に言って回るとは思えないからノーカンだ。

 無責任で申し訳ないが、あたしは知らない関係ない。今必要なのは退屈を紛らわせてくれるものと、癒しだけなんだから。


 そうして、とっ捕まえた子猫とあたしがしていたことは、昼寝である。いやもう目が覚めたら夕方だったんで、夕寝かもしれない。そんなことはどうでもいい?うんまあ、そうなんだけどね。


「きちんと話をお聞きなさいっ」

「てっ」


 万能兵器である扇で指先をはたかれるのは、でぃーぶいではないのですか?!痛む指先にふーふー息を吹きかけながら、それでも反論できないのはやましいからだ。

 ぐーすかぴーと、惰眠を貪った代償は当然ながら怒り狂った家主様と妖御一行であった。

 帰って来るなり見つけたのが縁側で怠惰に転がる居候じゃあ、お腹立ちはごもっとだ。しかし、今回は言われたとおりに大人しくしていたため、寝ていたことに問題はないんだと。むしろやばかったのは。


「こんなものを懐に抱くなど、己が害された自覚がなさすぎる」


 鴉にプラプラ吊り下げられてる、トラである。あれを抱いて寝てたのが、本気で皆様の怒りを買ってしまったんである。


「や、あのですね、今はほら無害な猫だし」

「まあ、おほほ。朝霞さまってば」

「いだ、いだだだっ鶸ちゃん、痛いっ」


 掌に空いた牙の後に、やたら沁みる軟膏を刷り込んでいた彼女は、かわいらしい笑い声とは真反対にぐりぐりと傷を押しまくる。

 これはあれか。”無害”ではないと言いたいわけか。うん、わかる、わかった、あたしが悪かったし、痛いしっ!


「だめよ、鶸。そんなことをしちゃ、朝霞の君がお可哀そう」


 うおぉ、優しいっ!桃ちゃん良い子っ。

 喜んで抱きついたら、動物に噛まれた傷をそのままにしたせいで足が鎖落ちが男の話しを面白おかしく聞かせてくれた。

 …は、破傷風の予防接種をしたもん!大丈夫だもん!…たぶんっ。

 涙目で聞き終わり、すみませんでしたと小学生コンビに土下座をしたのは、大いなる反省を示すのには素晴らしい対応だったようだ。何とか許してもらえたんで。

 つーか桃ちゃん、可哀そうだと思うならホラーでスプラッターな週刊実話は今後封印の方向でお願いします。


「これにつけられた傷も、癒えてないというのに」


 やれやれとかため息ついてらっしゃいますがね、泰紀さん。あーたさっきその負傷中の腕の指先に折檻加えたんですよ、わかってます?!

 結構あたし、満身創痍なのにっ…は言いかけてやめた。多分これも地雷だからね。全部自業自得なものを同情してくれと言ったが最後、みんなにネチネチいじめられるんだよ、間違いなく。当たり前だけど。

 なのでお叱りは甘んじて受けますと、大人しくしてたら存外早く解放してもらえた。どうやら心からの反省というのは、きちんと通じるらしい。今度”誠意”と染め抜かれた桃太郎旗でも作ってみようかな。


「余計なことするなよ。説教がイヤなら」


 エスパー青さんに止められましたけど。奥さんも隣りでうんうん頷いてましたけど。

 ごめんなさい、調子に乗りました。


「まあ、朝霞の阿呆はともかくじゃ。鴉、それをこちらへ」


 微笑みを浮かべてここまでのやり取りを眺めていた姫が、ひどいセリフで話を締め括るとついっと檜扇でトラを招く。


「鵺を、ですか?まさか、姫」

「せぬ。ここで解けば元の木阿弥じゃろうに」


 トラが許され鵺の姿を取り戻すのではないか、そう危惧した鴉の言葉を一蹴すると差し出された子猫をひょいっと摘まんで立ち上がる。


「これが居る限り、こりずに朝霞はなんぞ事を起こすであろうからな。妾があちら・・・で預かろう」


 抗議に似た鳴き声をまるっと無視してそのまま鏡に消えた姫を、誰もが歓迎ムードだったけど。


「…朝霞の君、後で何があったのか聞かせてくださいね?」


 とってもいい笑顔で微笑んだ家主様は、なんか勘付いてるみたいだった。

 えっと、乙女は秘密が多い方がかわいいと思うんだけどっ!(自爆)




誠意と書いた桃太郎旗、わかるかたはそれなりの年齢(爆)

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