9 元凶、大いに反省する?
さて、猫を送り出したあたしが一番最初にしたのは。
「もういろいろ本当に、申し訳ありませんでしたっ」
土下座です。
勝手な行動で誘拐され連れ戻ってもらって、その上トラなんて凶暴なものとかかわったせいで桃ちゃんに怪我までさせたら、スライディング土下座以外何があるっていうの。平身低頭ですよ。
床と仲良くしているせいで、居並ぶ顔が何を思っていたのかはわからないけれど、一拍間をおいて青さんの声がした。
「まあ、共も連れず鏡も持たずに一人で飛び出したことについては大いに反省してほしいものだが、結局のところ鵺を捕えることができて、力を封じ猫にできただけで他のことは帳消しになると思うぞ」
「は?なんで??」
多方面にかけた迷惑を個人的復讐でチャラにできるとはこれいかに?
顔を上げて説明を求めると、口火を切ったのは赤くんだ。
「あの鵺さ、人間だけじゃなく妖を襲ったんだ。いろんな里で女や子供も含めて何人も、結構大きな怪我したり、死んだりしてる」
舌打ちする勢いで忌々しげに吐き捨てた彼に、同調して青さんと鴉が続いた。
「うちには被害がないが、懇意にしていた猫又のところで1人殺された。もちろん怪我人は多数だ」
「カラスの里では子供が2人、その母親と応戦に出た若いのが怪我をした。子供の1人は将来飛べなくなるかもしれない」
それはざっと聞いただけでもまずいだろうと思う内容で、結構この世界のあり方を知ったと思っていたあたしに衝撃を与える事実だった。
妖同士の諍いなんて、聞いたことがない。彼等は互いに嫌い合ったりすることはあっても、基本は不干渉。イヤなら関わらなきゃいいって考えだったはずなのに、
「一体なんだってそんなこと…」
ぐるぐる巻き状態に腹を立てて桃ちゃんに怪我をさせたのかと思ってたんだけど、他にも暴れる理由があったんだろうか?
嫌悪や憎悪で顔を歪めている男性陣の横で、珍しく難しい顔をしている姫に問うと彼女は少し困ったように首を傾げた。
「少し前に奥を亡くしておるというから、大方それに原因があろうが…詳しくはわからぬのじゃ。鵺は他の妖と違って里を持たぬからな」
基本は洞窟や樹上で番や家族単位の生活をするという鵺だから、周りに事情を知る者がいないらしい。
「奴ら1人で過分な力を持っているのも、ことが大きくなった原因だな。俺達が暴れてもせいぜい物を壊す程度だが、鵺は雷を操る。あれを里の1、2か所に落とされたらたちまち火の手が上がるし、運悪く直撃されたら死人が出る。猫又の翁はそれで死んだ」
どうもさっき庭先に響いた轟音も、落雷によるものだったらしい。その割にここが燃えてもないのは、姫がすぐさま屋敷全体に結界を張ってくれたおかげらしいんだけど、始めの一撃は通りかかった桃ちゃんと鶸ちゃんを狙って見事に目的を遂げた。
それでも彼女たちはまだ直してもらうこともできるけど、当たったのが生身の体だったら…?
「鵺の事情なんかどうでもいいよ。どんな理由ががあろうと、無関係な妖を傷つけるような奴が許されるはずないだろう」
投げやりに赤くんの言ったこと、これが全てだと思う。
傷つける側がなにを思っていたかだなんて、傷つけられた側にしてみたらどうでもいいことだ。ましてや今回は無差別に攻撃して回ったというんだから、まずトラの味方になる人はいないだろう。
あたしだってさっき、桃ちゃんを傷つけられたと怒った。その時にどうしてトラがそんなことをしたのか、何か事情があったんじゃないかなんて考えもせずその場の感情のままに、彼を裁いた。
ただの怪我であそこまでするのは行き過ぎかもしれないけど、一生飛ぶことができないかもしれない子供やその親、わけもわからず殺された妖やその家族からしたらどうだろう?大きくて力が強い鵺だから手をこまねいているしかなかったのに、今なら赤子の手をひねるより簡単に報復できてしまう。
「あ、あたし、まずいことしたんじゃ、ない?子猫になったトラを、妖の誰かが殺そうとしたら…」
「身に染みるだろう。強者が弱者を蹂躙するということを、実体験するのだからな」
「え、いや、そうなんだけど、さ」
強者側の鴉が言うと妙に説得力がある。だけど、そういう報復を考えたりしたりするのが被害にあった妖ならともかく、あたしじゃまずいんじゃないだろうか。無関係な、ましてや人間が首突っ込むとかよくない気が…。
「朝霞は受けた仕打ちを返しただけであろう?何をそう気に病んでおるのじゃ」
どうにもしっくりこなくて首を傾げていたら、おかしなやつじゃと姫が片眉を上げた。
「うーん、まあ、噛みつかれた分なら一掴み毛でもむしっとけば気は済んだんだけどね、あの弱いが悪いってのにムカッと来ちゃって。理屈はわかるけどさ、人間は弱いから大事にしてあげましょうって考えちゃうのね。じゃなきゃ子供や老人は淘汰されちゃうじゃない。妖だって『お前ら弱いから死んで当然』とか、小さい子に言わないでしょ?言わないよね?」
もしやあたしの怒りが的外れってことはないだろうなと、くるりと皆を見回すとパパ青さんがぐっと拳を握って同調してくれた。
「言ったら、殴る」
みんな頷いていて反論はないようだ。よしよし、それならば。
「だよね。それはいい、いいんだよ。問題はここからで、あたしってばどうしても桃ちゃんと鶸ちゃんが子供に見えるんだ。小さいから、小学生…えっと、10歳やそこらだとね脳が思い込んじゃってて。本当はちゃんと大人な年齢なのは知ってるはずなんだけど、あの時は見事に頭に血が上ってて子供に何すんのよ、バカトラ!…みたいな?やつはうっかり被害で子猫にされちゃったんだ…まずいでしょ?」
怒った勢いでやった結果がこれじゃあ、トラのことを言えない。明らかにやりすぎだし、無力というのモノを理解してもらうだけなら丸一日も猫でいてもらえば十分だろう。
妖同士の復讐だ、お仕置きだ、はそっちで勝手にやったらいいことで、あたしが奴にしたい仕返しなんてこの程度が妥当だ。
だから子猫にしたトラをさっさと見つけ出して元に戻して、妖の皆様に引き渡そうと提案したんだけど。
「いや、あれはあれでよい」
姫にあっさり却下された。
面倒そうに檜扇を翻す彼女は、どのみちここでトラを捕えた時点でなにかしらの罰を与えてくれと頼まれていたので、丁度いいのだと言う。
「ええっ姫の独断でお仕置きするの?いいわけ?」
平等な司法制度なんて期待しちゃいないが、それはそれでどうなんだと驚いて鴉を見たら、力のある妖を代表にでもしなければ今回の件に関しては話が纏まらなかったんだと困り顔で教えてくれた。
なにしろ軽傷、器物破損から殺人(妖?)事件まで罪の重さが幅広いうえに、鵺に対抗できるほどの妖力や術を持っている妖が数少ないと悪条件が揃っていすぎで、はらわたが煮えくり返っている皆さんもどうにもできないジレンマと戦っていたらしい。
そこに好都合であたしが攫われ、傍観を決め込んでいた姫が重い腰を上げたもんだからこれ幸いと、
「妾にみな押し付けたのよ」
面倒なことと扇の陰で泰紀さん張りのため息を零した彼女に、人聞きが悪いと眉を顰めた鴉であったが厄介ごとを押し付けた負い目は多少あるらしい。姫がいて下さって助かりましたとおべんちゃらを使ったうえで、あたしにも巻き込んだなと苦笑いをくれた。
「朝霞の怪我だとて十分な仕置きの理由にはなろうが、我らにも鵺はあれでいいと言えるだけの訳がある。気にせずにいてくれ」
そりゃあそうかもしれないけれど、直接子猫にしろと命じた人間としては罪悪感がちくちくとね…ねえ、泰紀さん?
「まあ、自宅に鵺の死体が転がるよりは、猫の方が片付けも楽ですしね」
はあ?!死体!
「自業自得だし、どうでもいいんじゃない?あいつのその後なんて」
よくないでしょう、赤くん!
「そうだな。厄介ごとが片付いてすっきりしたくらいだ」
いや、青さんそんな短絡的な。
「うむうむ、人のことより嬢ちゃんは自分の心配をしたほうが良いぞ。これからたっぷり説教されるじゃろうからな」
え?!そっち?もうそっち?!
なんか雲行き怪しいんですけど~!!




