5 仕方ないので居心地良くするんだって
レンゲちゃんは『蓮華草』のレンゲで、クララちゃんは『眩草』って緑のおはなのクララちゃんなんだって。
2人は妖だって泰紀さんは言い張るけど、どうも詳しく話しを聞いていくと、現代日本では精霊とか妖精とか言われる類いのものなんじゃないかと思う。だって彼女たちはそれらのお花から生まれ出た妖だって言うんだもん。これって、妖精でしょ?
「桃と鶸と呼んでください。先ほど彼女たちが名乗ったのは真名ですので、本来知られてはならないものなのです。---貴女の名と、同じようにね」
2人を指しながら最後の一文を付け足す時、泰紀さんはあたしをきつく睨むことを忘れなかった。
なにしろ忠告された次の瞬間にはそれを忘れて、張り切って自己紹介しちゃったんだからしょうがない。彼の怒りもごもっとも。
ちっちゃくごめんなさいと謝ってから、だからこそできないことはできないと主張することにする。
「えっとですね、聞いちゃった以上、2人の真名を言っちゃう確率はすっごい高いと思われます。そんでこれって、彼女たちにも迷惑かけちゃうでしょ?だから、あたしが忘れちゃうような都合のいい魔法とか、ない?」
他力本願という無かれ。お馬鹿は己を知っているからこそ、人に頼るのも上手いのだ。
けれど、泰紀さんはそう思ってくれなかったらしい。あからさまにイヤそうな顔をして、人のことをとっても冷たい目で見ていたから。
この人の中で、あたしの評価は最悪なんだろうと、確信させるには十分だ。そんで、当然、頼み事なんか聞きたくないオーラもばりばり出てるから、お願いは聞き入れてもらえないんだろう。
さてどうしたものかと、考え込めば少女が再びころころと笑った。
「朝霞の君がお望みなら、わたくしたちが記憶を封じましょう」
「ええ、必要な時だけ思い出せますよう、きちんと封じて差し上げます」
「お前達っ」
「本当?じゃ、お願い」
途中泰紀さんがなんか言いかけてたけど、あたしはすぐさまその提案に乗った。
なにしろまたとない条件だし、ここはお願いしない手は無い。必要な時がいつだかは知らないけれど、普段呼ぶのに困んないなら十分だ。
頷くと同時に翻ったレンゲちゃんの指があたしの前を通り過ぎ、たったそれだけのことで不思議と彼女たちが教えてくれた名前だけが綺麗に記憶から飛んでいる。
「いかがです?」
緑の女の子に聞かれて、うーんとしばし考えた後、ポンと手を打った。
「そう!鶸ちゃんだ、で、こっちが桃ちゃん。オッケーオッケー、いい感じに忘れてるよ~」
「貴女は、本当に何を考えているのです!妖の真名を軽々と手放し、己の名だけを与えてあるなど、生殺与奪権を妖に委ねたも同然なんですよ!」
折角ありがたいと陽気な気分でいたところに、泰紀さんの怒鳴り声が飛んでくる。
今、随分物騒な言葉が聞こえた気がするんだけど、一瞬意味がわかんなくて首を傾げた。で、直ぐに思い当たる。あの、名前を教えると殺されるとかなんとかいう会話に、これが繋がってくるんだって。
「え~と?もしかしてあたしってば、鶸ちゃん桃ちゃんに殺されちゃうってこと?」
子供2人に惨殺される女子高生を想像して、随分マニアックな殺人現場だとか暢気に考えちゃう辺り、こういった事態に危機感が持てない日本人の平和ボケを、一瞬悲しんでみたりする。
けれど泰紀さんやあたしの嘆きを笑い飛ばしたのは、他でも無い話題の妖ちゃん達だった。
「主様は、わたくしたちの本質をお忘れですか?気まぐれで残忍ですが、己が認めた方にはとても忠実ですのよ?」
「そうですとも。力の差を示され、ひれ伏さざるを得なかった貴方様とは違って、朝霞の君はわたくしたちが自ら認め、お仕えしたいと思ったお方です。命に替えてお守りすることはあれど、殺めるなどとんでもない」
こう言ってもらえるのは、正直嬉しい。人間だろうと妖だろうと、他の人から認められるっていうのは、嬉しいしくすぐったいものだからね。
でも、疑問だってある。
「えーっと?あたし、2人に認められるようなこと、なんかした?」
失敗な自己紹介しかしてないんだけどと、微笑む彼女達を見ると、それですと破顔された。
「妖力は溢れるほどお持ちのくせに操る術を知らないところは、霞の君によく似ておいでです。けれど彼の方はわたくしたちを見ても怯え恐れるばかりで、声をかけようともなさらなかった」
「けれど貴女様は、自ら真名をすんなりあかしたばかりか、なんの謀も無くわたくしたちの名をお聞きになった。それも友に接するような対等な様で。そこがとても気に入りましたの」
「へーそうなんだ」
自分の妖力云々、霞の君の行動云々は与り知らないけれど、一応名前を教えてもらえた理由はわかった。ただ、彼女たちを見て怯えなかったのは、単に知識が足りないだけだと思う。なにしろ妖怪とかお化けの類いってのは、怖い存在だと思っていたのに、出会ってみたら可愛い女の子で、人間と変わらない姿をしてるんだもん。
なので素直に好きになってくれてありがとうと、陽気な2人にお礼を言いつつ、泰紀さんが妖は恐ろしいのだと繰り返す理由を知らなきゃならないなぁと、ぼんやり考えてもいた。
だって、望むと望まざるに関わらず、あたしここにしばらく…いや、下手すると一生いなきゃいけないみたいだから。すっごく不本意なことに。
「……まあ、よろしいです。2人が朝霞の君を気に入ったというのなら、それは結構なこと。見ての通り装いから言葉遣いまで、貴族の姫君とは言いがたいこの方に、常識をお教えしてまともなものを着せてあげてください」
本日何度目かの吐息を扇の内で零しながら、泰紀さんはいろいろ諦めたのか立ちあがった。どうやら2人にあたしの世話を任せて、退散するつもりらしい。
ま、正しい判断だと思うよ。なにしろ雅をこよなく愛する世界の住人が、未来の世界の女子高生を認められるとは到底思えない。
即物的で品がなく、言葉から服装まで乱れきってるようにしか見えないだろうからね。
けれど、時代と共に変化するのが人間だ。勝手に喚びだしたんだから、この辺は理解して貰うしかない。
あたしもここに慣れるよう頑張るから、そっちもあたしに慣れるよう、頑張れ。
無言で視線だけのエールを送っていると、部屋を出て行きかかった泰紀さんは立ち止まり、振り返る。
そのタイミングったら、心の中の声に応えるかのような絶妙なもので、こっちの方がびっくりしちゃった。
「あの?」
「…別に、人の心の中が読めるわけではありません。ただ何となく、呼び止められた気がしたり、怒っているのがわかったりするだけです」
何も言ってないのに”あの?”の一言に彼が返した言葉が、これだ。それもなにやら眉根を寄せた渋い顔をしていて、言い訳でもしているように聞こえる。
過去になんかあったりしたんだろうか?心読んだでしょう!とか、怒られたり?
それはお気の毒にと、勝手決めつけたあたしはきちんとフォローしてあげることにした。
「ああ、そう。ま、心まで読めちゃうとかいったら超人レベルだけど、何となくわかるとか、便利でいいね」
妖という名の聞いたことも無い生物がいる世界だ、このうえ超能力者が出てこようがへーって程度である。さらっとその辺を流すと、泰紀さんは一瞬のうちに表情を消して、また扇で顔の大半を覆ってしまった。
なんなんだ、あの便利アイテムは。携帯式の壁か。あの、こっそり隠れるのに最適な角っこの壁を、その扇で代用しているのか。全く、これじゃあちっとも表情が読めやしない。
面倒な男だと心の中で毒づいていると、直ぐにかくれんぼをやめたらしい泰紀さんが偉そうに言った。
「ともかく、夕餉の時間までには戻りますから、その格好だけでもどうにかしておいてください」
台詞と同時に視線だけで人のパジャマを”よくないもの”と判断したらしいその態度、かーなーりーむかつく!




