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20 しめよう!

 結局、表面上はあたし、泰紀さんの奥さんになっちゃった。

 実質はこれまでと何一つ変わらならない、居候なんだけどね。おかげで東宮がうっかり手を出せない立場になったことと、プラスおまけがついてきた。

 

 陰陽頭おんみょうのとうの妻でいる限り、監視対象である。


 ってやつ。一見するとあたしに不利な規定に聞こえるけど、これって実はかなりあたし得なんだよね。泰紀さんが見張ってる限りは手出し無用で、更には危険だから監視してるんだからうっかり内裏に入れないようにって暗黙の条件がくっついたってことなんだって。

 東宮様は悔しそうにしてたけど、嬉々とした赤くん達にしめられた後じゃ(手下の皆さんがね。さすがに東宮に手を出すのは泰紀さんに止められてた)周囲のあたしは危険人物って判断を覆すことができなくて、諦めるしかなかったのだ。


「わーい、無期限フリーダム!」

「よかったね、朝霞!」

「まあ、すべてよしじゃな」

「いーのか?」

「別の方面で面倒が増えるだけな気がするがな」

「別どころかあちらもこちらも面倒だらけですよ」


 内裏から鏡の道を使った近道で速攻帰宅したあたしは、早速重たい正装を脱ぎ散らして微笑む居残り組とハイタッチを交わしながら(喜びの表現だと教えたのでノリよく相手してくれる)、うきうきと取り戻した自由に凱歌を上げてみた。

 鴉と泰紀さんの小姑コンビだけは、相変わらず起きてもいない厄介ごとを想像して頭を抱えていたけど、基本妖のみんなはこの事態に好意的だ。特に姫とか姫が。


「これで市に行くのに邪魔は入らぬね」

「また市?というか、姫の基準って全部市じゃない?」

「そんなことはない。妾が楽しければ何でも良いのよ…内裏が消し飛ぶとか、なぁ」

「貴女がおっしゃると冗談にならないのでやめてください」

「冗談ではないもの」


 コロコロ笑う姫に、より一層頭を抱えた泰紀さんは、脇息にもう埋まっちゃいそうだ。

 あの人、そのうち総白髪になりそうだよね。朝起きたら『髪が、髪がーっ!』とか、どっかの大佐みたいに叫んでそう。ぷっ。


「…楽しそうですね、朝霞の君」

「いやまあほら、ねぇ?」


 さすがに後ろめたい想像してたから、睨まれても反抗できなかった。今回に限ったことじゃないけど、結構迷惑かけてるしなぁ。たまには労わないとなぁ。


「えーっと、内裏はあったほうが良いと思うから破壊はやめようね、姫。そんで泰紀さん、東宮の件では迷惑かけてごめんなさい。今度は面倒を起こさないように頑張るから、許して」


 珍しく下手に出て、かわいらしく小首まで傾げて謝ってあげたのに。


「気持ちが悪い。やめてください。本気で悪いと思うなら屋敷に籠って大人しく私の妻をやっていてくださるのが一番です」


 盛大に顔を顰めた泰紀さんは、余計なことをするなとばかりに人の謝罪を無碍にしやがった。もちろん、そっちがその気ならこっちだってその気だい。


「できないし。家の中だけにいるとか、軟禁じゃん。それね、あたしの時代じゃ犯罪だから」


 拉致監禁はダメだしーそれってDVだしー。


「今の御世では女性が家の中に在るのは当たり前のことです」


 口を尖らせていたら、お前が間違ってるとばかりの言い草だ。確かに、この時代の女子は家から出ないさ。古典の先生もそういってたさ。でも、あたしは違うし。


「よーしわかった。そんなら君に似合いのお嫁さんをもらうといいよ、うん。あたしには絶対無理」


 家主ってくらいなんだから、店子の性質くらい理解したらいいのだ。ふらふら出歩くのは、八割方姫のせいだけど、全部ってわけじゃない。アクティブ元女子高生が家の中だけで生きていけるわけないじゃん。外出てなんぼよ、実際。

 だからさ、それが気に入らなければ早速離婚に踏み切ろうじゃないかと提案したら睨まれた。


「無理でも貴女はもう、私の妻です」


 やっと収めた話題をいまさら蒸し返してんじゃねぇよ、とばかりの泰紀さんは迫力満点だけど、負けない猛者もいるんだ、世には。


「その件なのだがな、主殿」

「そうそう、その件なんだけどね、家主」


 鴉と赤くんが結構マジな顔で泰紀さんに詰め寄って。

 膝づめでちょっと長めの談合をしてた内容なんかは、あえて突っ込まなかった。

 世の中にはね、知らないほうが良いことが腐るほどあるんだよ。あれなんか典型でしょ。知らないは、幸せよ、幸せ。


「ふふふ…朝霞は臆病だね」


 いや~喉が渇いたと、鶸ちゃんがくれた麦茶を飲んで面倒事を視界から追い出していたら、何故か訳知り顔の姫に笑われて。


「…別に、臆病じゃないもん。何でも色恋沙汰に絡める方が変なんだよ」


 ぶーたれた。

 全く、女子高生やってた平和な日本でならともかく、妖はいるわ手におえない権力者が幅を利かせているわの世界じゃ、恋しようって気にもならない。これが通常モードで、日常生活なみんなと一緒にしないでもらえないかな。

 面白ければ何でもいいが服着て歩いてる姫にそう、告げると。


「色恋沙汰は一番面白いではないか。兄弟で骨肉の争いを起こすし、政が混乱することもある。ああ、男のために国を亡ぼすところだった女もいたねぇ」

「ちょ、物騒なんですけど!」


 あえて誰とは聞かないが、姫が生きた年月を考えると日本、パラレルといえど何回か終りかけてんじゃなかろうかと心配になる。今、あるからいいけどさ。いや、この先はわかんないけどさ。


「権力欲にまみれた人間が起こす騒ぎなどよりずっと、恋情に狂った人間が起こす諍いの方が面白いよ」


 ニヤリと口元を歪めた姫に、冷たいものが背筋を滑り落ちた。

 やっぱ、人外だわ。つーか、純粋に自分の欲求に忠実なだけに、質が悪い悪い。


「うん、まあ否定はしないけどね。ドラマもマンガも八割方は恋愛物だったし、人が死んだり国が滅亡しなければ恋愛は楽しいよ。特に他人事なら。でもこれあたしのことだから、当事者は楽しくないから」

「妾には、他人事じゃ」

「ごもっともです…なんていうか!くっそー、身内で遊ぶなよ、姫のバカ!」

「…身内か…ふむ。確かに身内で遊んでは、いかぬか」


 あ、バカはまずかったかな。姫がぽかんとしちゃったよ。いやでも、美人て得だよね。ぽかんでも、キレイですもの。凡人舐めとんのかっ。


「いかぬですよ!」


 せめてこれ以上のダメージを受けないように労ってくれと叫んだら、わかったと頷いた姫はとてもとても重要なことを請け合ってくれた。


「では、こうしよう。朝霞の恋でだけは遊ばぬ。男共が不埒を働こうとしたらきちんと守ってやるから安心おし」

「うん、ありがとう」


 これにはやったーとばかりにすぐにお礼を言ったけど、はて。

 あたし以外の色恋では、遊ぶのか。それ、まずくないか?たとえば愛憎渦巻く後宮でそんなことやった日にゃあ、目も当てられない事態になるような…。


「そうじゃな、手始めに東宮の小僧には少々痛い目を見せてやるかのう。数人いた妻達の拮抗を少ぅし崩してやれば…今でも揉めておるのに、より一層荒れるであろう」


 やっぱりー?!東宮はいいけど、それってお后様達は結構な迷惑じゃない?!やばくない?


「まあ、姫様ったらご機嫌ですのね」

「ふふふ、朝霞の君様のおかげですわ」


 止めてくれないかと振り返ったら、小学生コンビは楽しそうに笑うばっかで欠片も役に立つ気がしない恐ろしい事態に。


「や、泰紀さん~!!」

「それどころではあるまいて」

「だな」


 唯一の常識人は密談にお忙しく顔も上げやしない。代わりに答えてくれたおじさんも青さんも、すっかり傍観モードで年寄り臭く茶を啜ってる始末。

 これって、あたしが頑張りどこだと思うんだよ。大人な対応をだね、できると格好いいじゃないか。うむ。

 と、張り切って頭を寄せ合う一団、良からぬ企みに盛り上がる女性達、我関せずなご老人方をぐるりと見回して、数瞬。


「…ま、いっか。面倒だし」


 己に実害がないんで、ほっとくことにした。

 よっく考えたら東宮なんかどうなろうと知ったこっちゃないし、お后様方だって一人の男の複数の妻になるって決めた時点で、いろいろ覚悟ができてなきゃ嘘だ。

 自分より年上(たぶん)の人達の面倒まで見切れるか。自分だけで手一杯だい。しかも今回は望まずに人妻になる副産物までついてきたんだから、迷惑賃でよし。人生なんて山あり谷ありだって、助さん格さんが歌ってた。

 どうでもいいとおじさん達と一緒にお茶を啜り始めたあたしに、青さんがぽつりとつぶやいたとさ。


「本当に、朝霞が一番鬼だよな…」


 翌日、姿を見せた奥さんに三日前に消えたと不思議がってた餅は、青さんがつまみ食いしてたんだと告げ口しといた。

 あたしと食い物の恨みの恐ろしさを、彼は痛感したことだろう。

 しししっ。

 

 

 

これにて第二部閉幕です。でもまだ続く。なんでだか続く。


作中に出てくる取り合われちゃった女子は額田王。

男のために国を~は称徳天皇が一応モデル。

間人と中大兄の恋愛説を押したいあたしは、ダメな人。

だから称徳と道鏡の恋も押すのさ!

愛読書は、逆説の日本史です。

…あれ?

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