17 辟易しよう!
リスペクト 橋田壽賀子先生
布なんかまったく興味がないんで東宮の言葉なんか無視して帰ろうと思ったんだけど、そこではたと気づいた。
このしつこいお兄さんが、一度や二度の拒絶で諦めるかなと。
そんなわけないよね。今後も手を変え品を変えちょっかいかけて来て、そのたびにあたしが家主様にねちねち嫌味言われていじめられて…。
想像したら、座りなおしてた。妖のみんなに怪訝な顔をされたけど、泰紀さんは驚きもせずにあたしを見てたからこれで正解なわけね。折角遠出したんだから、きっちりケリつけて帰れと。はいはい、わかりました。
「見ていく?では今用意…」
「しなくていい。見ないし、今後もその手の誘いには乗りませんて、貴方を納得させたら帰るから」
心なし弾んだ声で東宮さまが言いかけたのは、がっつり遮ったから。
そうして、状況確認。
蜘蛛の巣巻きになっていた男たちを、青さんと赤くんが引き戸の向こうに蹴りだすのを眺めながら、一応室内に残った面子を数える。
あたしサイドに妖男性陣と泰紀さん、東宮サイドにこの間の爺様と護衛と思しきそこそこの体格の男が四人、か。
さて問題です。この状態で東宮と話し合いをさせてもらえるでしょうか?
「橘殿、ここは帝のおわす結界の内。無粋な輩はそぐわぬと思わぬか?」
リーダー格らしい無骨なお兄さんのストレートな物言いに、血の気の多い妖様方が一気に殺気立ったじゃないですか。つまりは、ダメってことね。あちらからしたら武器にしか見えない妖は、引っ込めろと言いたいんだ。ま、そうだろうとは思ってたけど、だからってこっちにも黙って引っ込むような素直な人材、いないんだよねぇ。
さて、どうしましょうと家主を窺えば、くるりと視線をめぐらせた泰紀さんは扇の内で頷いて、微笑んだ。
「そうですね。しかし彼等も守護でありますから、主を一人残していくことを良しとはしないでしょう。朝霞の君…貴女が誰を残すか、お決めなさい」
「えー…丸投げなわぇ…」
背後から怨念めいた無言のご指名コールを受けながら、この無責任男めと内心で悪態をついたら扇で手の甲をはたかれた。
…最近、暴力行為が目に余るぞ、泰紀さん。DV被害者として訴えてやる!
「泰紀、か弱き女性に手を上げるのはどうかと思うよ」
作り込んだ涙目で家主に抗議の視線を投げていたら、タイミング良く東宮がフォローに入ってくれた。もちろんこんなチャンスを逃しちゃなんないと、尻馬に乗るつもり満々で口を開きかけた所に殺気に満ちた視線が刺さる。
「か弱い?ええ、確かに無力で非力で足手まといでしかない方ですからね、そう表現しても良いのでしょう」
ホラー映画さながらの寒々しい笑顔全開の泰紀さんは、無力で非力で足手まといになっちゃうような幼気な乙女を、内心で捻り殺したいと思ってんじゃないだろうか。だって、やる気満々だよあのオーラ。ここに刃物があったらあたし、生きて帰れる自信がないよ!
ガクブルしてたら、どうやら泰紀さんの怒りの矛先が変わった。いやもしかして始めからあっちもターゲットだったのかな?
貼り付けた綺麗な笑顔を己の主に向けた彼は、毒なら売るほど出てると思う舌をフル活動させて、これまでに溜め込んだストレスをびしばしと東宮にぶつけ始める。
「でもこの自称”か弱い乙女”は非常にタチの悪い生き物なのですよ。
初対面では私の義兄を踏みつけて仁王立ちなさってましたし、屋敷に連れ帰ればそこに住まう妖を手なずけてしまう。本人は無自覚にやっているようですが、同情を買うだけで鏡の姫を生涯の守護者にされては妖術師の立つ瀬などありませんよ。
その後も山に行けば青鬼を拾い、市に出ては赤鬼を拾う。鴉殿はまあ、何故朝霞の君に構われるのか、わかりますがわかりたくないので割愛です。土蜘蛛などは人の妖を奪ったくせに蜘蛛嫌いで、本来の姿を見ることも触ることもできないとは、どういうことなのですか。
まあおかげでこちらは実力は折り紙付きの妖と誓約させてもらえましたから文句はありませんが、結局彼等は挙って朝霞の君を守ろうとなさる。こちらが苦労して結んだ誓約など鼻で笑って、友情が大事だと朝霞の君を囲う。
彼女が一体何をしたというんです?
有り余る妖力を垂れ流して、餌と危険を振りまいているだけではありませんか。彼等から好まれる素直で損な性質とやらも、言い換えれば無謀で後先考えない愚か者と言うことなんですよ。
おかげでこちらは朝から晩まで彼女の尻ぬぐいだ。力強い妖が都の一角に集っているだけでもうるさがたにやいのやいのと責められて、あれは無害だ私の監視下ですから問題はないと宥めて回る。合間に本来の仕事をこなして、本家の機嫌をとって使えない義兄に適当な手柄を譲って。
これだけでも過労で死ねるのではないかと思っていたんですがね、この上、優秀で彼女に敵意すら抱いていたはずの東宮様が、何の冗談か対面後から二言目には朝霞、朝霞と騒ぐ恋狂いのただの男になってしまわれた。
想像できますか?
朝一番から騒ぐ妖達の我が儘を諫め、何度言っても放浪癖の直らない同居人を叱り、お歴々を宥めて、やっと取りかかった仕事の手を止める東宮様を笑顔で躱しながら一日を終えるんです。これをずっと繰り返して、私はいつか老い朽ちるのでしょう」
勢いつけてイヤミ込めて、泰紀さんがだらだら語った感じは辞書ほど厚い小説でおなじみの黒づくめの着流し男が最後に放つ術に良ーく似ていた。あれほど高尚な内容ではないし、喋りきったからと言って誰かの憑きものが落ちるわけでもないんだけど、迫力だけはあの主人公並みにある。ついでにあたしに与えるダメージもかなりある。
口には出さないけど家主様ってば、相当溜まっていたのね。居候は反省した!…けど生活は改善しないよん。つーかできない。だってそれって九割方あたし以外の人が原因じゃん。いや、根本はあたしのせいだと証明されたら謝る気はまんまんだけど、少なくとも苦情を申し立ててる偉いおっさんとか、勝手に泰紀さんに絡みに行く東宮とか、どうしてやりようもないし。
妖達だって常々喚び寄せてるってんなら申し訳ないけど、栄養源にもならない食料を消費するためだけに食事に同席する姫とか、ちょっかいかけては反撃されてちょいちょい追いかけっこを繰り広げ、屋敷の調度品を壊している鴉と赤鬼とか、あたし既にどっこも関係ないよね。
だからまだ言い足りなそうな泰紀さんはほっといて、姫と鏡越しに通話でもして楽しんじゃう?
とかニヤニヤしてたんだけど。
「…また、貴女は人の話を半分も聞いていませんでしたね?」
すっげ、マジやられる。マジ逃げなきゃ。ちょ、まっ、着物の裾、踏まないでっ!
「逃がしませんよ。ええ、逃がしませんとも。貴女は私に対して責任をとる義務があるんです。寝込んだり倒れたりした憐れな私を世話する義務がね。なのにあくまで自分とは無関係だと言い張ろうというのなら、全力で看病する権利を上げましょう。今、この場で、私の妻になりなさい」
逃走途中を捕獲された間抜けな四つん這いのまま、茫然自失しちゃったって。でも次の瞬間、吹いたんだよね~。
「ちょっと待った!」
あ、それ、テレビの公開お見合い番組の中のセリフと一緒よ、鴉!
リスペクト 京極夏彦先生
リスペクト≠パロディ=誤爆&自爆 げふんっ




