16 平穏を取り戻そう!②
のどかな、非常にのどかな日である。
空は青いし、絶好調に雲はピンクだし、そよ風が過ごしやすさを演出する、良く晴れたのどかな日です。
ああ、大事だから三回も言っちゃったよ。だってほら、目の前で魂飛ばしかけてる人にね、今日はこの世の終わりじゃないと教えなきゃなんなかったもんで。
「………ありえ、ないだろう…」
「ばっかだねぇ~この世に絶対はないって、お姉ちゃんが良く笑ってたよ。絶対を口にする男だけは信じちゃダメなんだって。真理だね」
絶句している東宮にくれてやるには、些かできすぎたニヤリ笑いである。芝居がかってて、普段のあたしなら絶対やらない。こっちの絶対はホントの絶対。
ドラマじゃないんだから、小娘が大の大人相手にする仕草としちゃあできすぎで、笑いしか取れないからね。
んでも、今はばっちり嵌まってるんだよねぇ。くふふ。
鬱陶しい東宮をどうにかしてくれと頼んだら、妖様達は待ってましたとばかりに計画の概要を説明してくれた。
本気で面倒がっていた泰紀さんが、姫の物騒な呟きを聞いた後に企画立案していたそれは、単純明快で且つあたしのストレスも発散できるすっばらしいものであったのだ。
今日、市が立った。
ひっさしぶりのお出かけにウキウキの姫と、鶸ちゃん桃ちゃんだけをお供に家を出たところで、背後が一瞬騒然とした。
無視して歩いた。
市はいつもと同じように沢山の品があったけど、そぞろ歩く人の数がやたらと少なかった。ちょっと寂しかったけど、騒音だけは絶えず聞こえていた。
店番のおばさんの顔色が悪いのが少し気になったけど、戦利品であるタコが美味しそうなのでチャラだ。
そうして、帰り道。館へは帰らず姫の鏡の道を使って、泰紀さんが用意していた妖術寮の空き部屋にゴミを運び込む。結構な量で面倒だったけど、こちらには力持ちな男性陣とおじさんの無敵な捕獲糸があるから、仕事自体はさくさく終わるわけで。
その後は待機。一日一度は来るという東宮を待つ間、桃ちゃんに用意して貰ったお茶を飲みつつ、ひたすら待機。
早起きして疲れちゃってうっかり居眠りして、泰紀さんにたたき起こされてないから。
その後、赤くんとふざけて逃げ回って更にがみがみ説教されてないから。
鴉に隠れたら捕まえようとした泰紀さんと鴉の攻防になって、ニヤニヤ見学してたら二人から更に怒られてないから。
だーかーらー、怒られてないんだってば!マジで!!
「格好付けたのなら、少しはそれを維持したらどうだ」
長かった一日を振り返っている間、何やら顔の筋肉が緩んでいたらしい。こっそり注意してくれた青さんにはっとして表情を引き締めると、小さく頭を振ってる泰紀さんと頭を抱えた鴉が真っ先に視界に飛び込んできた。
…まずいな。あの様子じゃ、また説教だ。この恨みは是非とも東宮で晴らさねば!
と言ったわけで、冒頭に戻る。
自分を囮にして、おおよそ三十人近くを片付けてもらって本日のお掃除は終了だ。
現在ほとんどの連中が意識を取り戻して、なんで自分が室内で拘束されてるのかと、混乱に頭をぐるぐるさせてることだろう。
まあ待ちなさいよ。今事情を説明してあげるからね。
「邪魔だから、返しに来た。つーか、妖の皆の手間だから二度と送るな」
自分史上の最高の笑顔で、最高のダメ出しだ。ちったあ懲りろ。
呆然から素早く立ち直って見せた東宮さまに、礼儀正しさを全部捨てた素敵にストレートな物言いで男の山を指してやると、奴も負けじと微笑んでとんでもないことをのたまうのですよ。
「おや?誰が朝霞にそんな不埒な真似をしたんだろうね。こちらで調べて厳重に注意しておくよ」
「ちょっとーさっき”ありえない”って言った人がその言い逃れ、ちょいお粗末じゃない?」
言うに事欠いてこの人はまあっと、呆れていたのに嘘つきって肝が据わってる。
「あり得ないと言ったのは、国を守る兵がこうも易々と捕縛されている現状に対してだよ。君がどこで彼等を見つけたのかはわからないけれど、それはこちらで調べるから今後は安心して生活しなさい」
直訳するとあれですか「追求はこっちでやるから引き渡せ」と。
お役人体質って、この時代にはもうあったんだね。そんな事したら証拠隠滅されるじゃん!冗談じゃないと、怒鳴ろうとして泰紀さんに止められた。難しい顔で首を振る仕草に昨日の会話が蘇る。
『取り締まる側がやることです。誰が咎められましょう』
どうやら平安時代のトカゲは、尻尾を切る必要なく無傷で逃げおおせるらしい。
爆 発 す れ ば い い の に。
「彼等はここ数日、我が館の周囲と市におりました。どなたのお指図かは存じませんが、朝霞の君も怯え…いえ、迷惑しておりますので早急に手立てを講じて下さい」
人の顔をちらっと見て”怯えてる”を”迷惑している”に言い直した泰紀さんに、どうか天誅を。
…じゃなかった、天誅はわかったわかったとか偉そうに頷いてる東宮にこそ相応しいな。だけど、どうする?厚顔無恥ってイヤミ通いないんだよね。
「そうだな、次は殺してしまうやも知れぬ。大事な兵を失いたくなければ、きちんと手綱をつけておくのが賢明だ」
「えー殺したいからまた来ていいよ」
「簡単に殺すと言うな。片付けが面倒なんだぞ」
「なんの、あった物は元に戻せば良い。儂の糸でくるりと巻いてここに捨てるだけなら造作ない」
イヤミはダメでも、日常会話でスプラッタは効果があったらしい。
茶飲み話しで通りそうな気安さなのに、会話の内容はえげつない妖男性陣は、本気だ。あたしの作り笑顔と違って小芝居じゃなく、次に己の周囲でうろちょろする人間を見つけたら躊躇いなく息の根止めて、内裏に放り込むだろう。
それが伝わったから、黙って事の成り行きを見守っていた兵の顔が強ばった。一瞬で笑っちゃうくらい士気ががた落ちだ。
そりゃあ、そうだよね。東宮から出てるあたし拉致命令には、自分が死んじゃうかも知れないから気をつけてなんて注意書きはついてなかったんだろうから。下手すりゃ護衛してくれてる妖の正体すら、隠されていた可能性がある。
だってあたし、ケンカ売る相手が鴉だけでもやだもん。基本、人間は相手にしないカラス天狗だけど、だからって何でもかんでも見逃してくれるわけじゃない。気に障ったら虫でも払うみたいにプチッと殺される気がヒシヒシする相手に、普通、妖術師でもないパンピーは近寄らない。
青さんと赤くんなんて論外の論外だ。あの人等、一族揃って人間大っ嫌いで機会があれば喜んで排除しちゃう。おじさんについては詳しくしないけど、今日の様子からとっても人間に友好的には見えなかった。ってか人間に優しい妖なんていないし。
だからきっとそこで転がってる兵の皆さんは『君ならできる』的に煽てられて、よく知りもしないで任務に就いてたんじゃないかと思うわけです。
子供だって関わっちゃいけないと知ってる青鬼赤鬼に、無謀にアタックするチャレンジャーはこの平安京にはいないと思うんで。
まあ、無知も今解消したから今後は心配ないでしょう。
「んー皆もこう言ってるし、首謀者めっけたら東宮からも言っといてね?次はないよって。といっても兵の皆さんはもう一度あたしを攫ってみようとか夢にも思わないだろうけど」
ねえ?っと同意とった先で全員固まったみたいに動かなかった。
権力者に逆らうわけにはいかないけど、何事も命あって物種だもんね。どっちをとるかは時間をかけて考えたらいいと思う。
でも少しばかり可哀想だから、フォローもしてあげようか。
「まさか彼等にお咎めとかないよね?東宮さま。誰が何人来ても結果が同じだったんだもん、それって処罰下した人間の株が下がるだけでいいことないもんね」
人望は大事だと、貼り付けた微笑みの仮面を外すことない東宮に確認をとれば、彼はもちろんと頷いている。
「そんな真似はしないから、安心して」
「そ。ならいいんだ」
上司が馬鹿だと苦労するのは部下だって、お父さんが疲れた顔で言ってたの思い出しちゃったんだよね。まさにこの時のことを言うんだね、お父さん!あたし、実感しちゃったよ。
ともかくこれで『無駄なことをするんじゃありません』と教えてやればいいと言った泰紀さんの作戦は終了だ。一日無駄にはしたけれど、今後は安心して外出できると喜び勇んで帰ろうと肩の力を抜いた、その時だった。
「ところで朝霞、とても綺麗な布が手に入ったんだ。見ていかないか?」
この状況であたしを誘える図太さに、若干引いた。




