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13 慰めよう!

「如何なさいました、東宮様?お顔の色がすぐれないようですが」

「ああ…己の愚かさに嫌気がさしていたところだから、気にしないでくれ」


 恐々おじさんと握手をして、何も起こらないことにお互いホッと息をついた時だった。

 すっかり存在を忘れていた東宮が、泰紀さんの問いかけに疲れをにじませた声でそう自嘲したのだ。

 さっきまでの自信たっぷりな態度はどこに置いてきたんだと、不思議に思って視線を向けると、奥さんに背を摩られながら情けない笑みを浮かべてあたしとおじさんを見ているじゃないか。


「…あんま見ないでよ、減るから」


 冗談抜きに、不躾な視線であっちゃこっちゃ削られそうな気分だ。じーっと、気味悪いくらい注視されてちゃ居心地が悪いのなんの。

 壁にちょうどいい鴉の背に隠れつつそう言うと、東宮さまはなお一層笑みを深めた。


「君があまりに普通の人であるから、うっかりしていたんだよ」

「なにがさ」


 なんだ、言うに事欠いてしみじみあたしの平凡ぶりを強調とか、むかつく以外何物でもないんだけど?

 ムッとして睨みつけると、そういう意味ではないと彼は首を振った。


「妖とは、恐るべきものだ。人としてどれほどの権力をもっていようと、彼らの不興を買えば命が危険に晒されるし、またどれほど縋ろうと一片の興味も抱いてもらえなければ一顧だにされない。だから帝は妖を従えられる妖術師を多く抱えて、彼らの力を利用しようとする。君をここへ呼んだのも、そういう思惑があってのことで、正直僕だって泰紀に庇われているだけの娘など、どうとでもなると思っていた」


 やっと正直に口にされた呼び出し目的に、今すぐ家に帰りたくなったけど、東宮さまの雰囲気が微妙に諦め含みというか、疲労感塗れなのが気になって、もう少し付き合ってやってもいいい気になる。

 だって、これを暴露しちゃったってことは、あたしを利用するのは諦めたってことでしょ?ならこの先害はないんだし、あの疲れたおじさん状態はどうやらそこらへんと関係あるみたいだから、ちょっと理由を聞いてみたいし。そんなわけで、視線で先を促すと東宮さまは苦笑いで続けた。


「何故そんな勘違いをしたのか…今日ほど人の印象などあてにならないと、思い知った日はないよ。口を開いた君は、実に愚かで身の程知らず、そして聡明で強かだ。人の身であれば帝や東宮という地位に楯突こうなどとまず思わないというのに、己の意に添わなければ平然と否を叩きつけるし、言葉を弄して操ろうにも、即座に切り返して跳ね除けてしまう。この身分に生まれついたせいで周囲に君のような人がいなかったからね、その態度に苛立ちや怒りがなかったとは言わないが、だから妖に好まれるのかと納得もできた。彼らは面白いものに目がない。君などその典型じゃないか」


 なんだろ。やっぱりバカにされた気分になるのは。目の前の人の表情だけ見ると、感心されてるってわかるんだけど、内容がねぇ、どうにもねぇ。

 これはあれか『わたしのどこが好き?』って彼氏に聞いたら『見ていて飽きがこないところ』と真剣に返された彼女の心境なのか。ハムスターじゃないんですけど(怒)?と笑顔で返していい場面か?

 微妙に複雑なんだけど、まだまだ東宮さまの告白は続く様なんで黙って聞いてみようじゃありませんか。

 

「成程、玩具のように妖共にかまわれているというのなら、取り込んで意のままに操ることも可能かもしれないと、考えていたのはさっきまでだ。変わり種とはいえ所詮、女。情に訴えて気を引き、子を産ませてその子を盾に脅しをかければ、僕は強大な後ろ盾を得られると、本気で考えられたんだからおめでたいな…妖が友人だというのは、君の思い込みでもなんでもなく、真実だったというのにね。まさか、移り気で気紛れな彼らが人間をそんな風に対等に扱うなんて…土蜘蛛とのやり取りを見なければ、想像すらつかなかった」

「………は?」


 真面目に話しているらしい東宮には大変申し訳ないんだけど、あたしは本気で聞き返しちゃいましたよ。

 あのさ、神経毒にやられて騒ぎ、妖術師の扱いにキレて誓約を勝手に破り、でっかい蜘蛛に怯えて泰紀さんに抱きついたあげ句、人間になった(?)おじさんと握手するだけでも無駄に時間を使った一連の行動のだ、どこに異種族間友好関係を円満に築くあたしの姿が見えたって?この人、目が腐ってるんじゃなかろうか。


「前半部分の非常に腹立たしい発言はともかく、おじさんとあたしのどこに正しい友人のつくり方を見出したって?全くもって意味が分からないんですけど」


 ねえ?と同意を求めた相方のおじさんは、なぜだか困った顔をして苦笑いを零していた。

 なんでだ。そこは速攻で頷くとこじゃないんか。

 おかしいじゃないかと、視線を巡らせた先では鴉も赤くん青さんも、さらには鶸ちゃんまでもが何とも言えない表情で苦い笑いを浮かべている。

 すっごいバカになった気分なんだけど、この人たちわかってるかな。あたし一人、意味を理解できないで苦しんでますよ?


「人間は初対面の妖にわざわざ触れない。誓約を交わした妖術師でも、あのような汚らわしいものと同じ空気を吸うことすら厭う者ばかりだ」


 言いよどむ面子に苛立って、壮絶な笑顔でそう教えてくれたのは、まだいたらしいモブ妖術師だった。己の妖を取り上げられた恨みも手伝ってか、歯に衣着せぬ侮辱の言葉にはムカッとしたけど、さっき聞いた二者間の確執を思えば仕方ないかと諦める。


「手を握り合う行為にどんな意味があるのかは知らんが、妖を手懐けるための手段だというのなら、大した自己犠牲の精神だな」

「ええっ!握手しないの?!うわぁ…カルチャーショック再び…」


 そういや西洋文化だったっけ、シェイクハンドって。現代ってかなり異文化に侵略されていたんだなぁ。


「あれ?そんならおじさんも拒否ってよ、そりゃ何の真似だーって」


 で、ふと気づいた。あたしの行動が非常識だというのなら、当事者くらい止めてくれたっていいんじゃないかと。だからおじさんに抗議したんだけど、此方も困惑顔なんである。


「いやいや、人の世ではそんなことが流行っておるのかと思うてなぁ。そうか、違うのか」

「うーん?違わない、か?あたしのいたとこじゃ、握手は友好の印だから」

「ほう、友好か!ならばあれで良いのだな」


 にぎにぎと右手を動かしながら、非常にいい笑顔したおじさんに、あたしはそれ以上否定の言葉を紡げなかったよ。

 うん、そう。いいんだ、本人が喜んでるならもうそれで。また現代人の習慣を知らないうちに使用して、この時代の人に奇異の目で見られたってことは、小さな問題さ。


「そうか、そうやって下等生物を飼いならしたわけか」

「こいつっ!」


 耳障りな蔑みは、赤くんのさして長くもない導火線にガソリンをぶっかけちゃったもんだから、大変。

 まさしく鬼の形相で、青さんに吊り下げられたままだった妖術師に拳を振り上げて、鴉にその腕を止められていた。

 うぉ!早いな、鴉!ここからあそこまで三メートルはありそうなのに…瞬間移動?


「よせ」

「止めるなよ!」

「いちいち安い挑発に乗るんじゃない。今ここで、一番無力で一番下等なのが誰か、わかっているからこその暴言だ」


 当然のごとく反抗心いっぱいで鴉に噛みついた赤くんは、しれっと天狗が下した精神攻撃に瞬いた後、舌打ち一つで妖術師から大人しく退散した。

 そして、助けられた筈の奴は、周囲にさっと視線を巡らせた後、顔を真っ赤に染めて唇をかみしめた。


 妖を失った妖術師は、多少妖力を持った只の人間だ。力に溢れた妖にとって、彼らと赤子はさして変わった者じゃない。いいところ体が大きいか小さいか程度の違いだ。

 現在、この部屋の中には五人の人間と、五人(?)の妖がいる。

 人と妖では比べるべくもないほど実力差があるので、強さ云々で順位をつけるなら、下から五人の人間だけをその枠にはめればいい。


 自慢じゃないが、一番有利に虎の威を借りているのはあたし。他力本願なんで声を大にして威張れば周囲から冷たい目を向けれられること間違いなしな、ずるっこ一番だ。でもいいの。無力で可哀そうな薄幸の美少女だもの!何をしても許されるのよっ!!

 …自分で言ってて背中が寒くなってきた。めたくそ恥ずかしい。ま、いいけど。


 次に強いのは当然、泰紀さん。誓約でも契約でも妖を従えてるって認識になるんで、姫と鴉、今は大きくなった土蜘蛛も味方につけちゃった彼は、きっと現在日本最強を名乗っても苦情が出ない妖術師だと思う。

 そんな彼を一応部下にしている東宮さまは三番目で、地位は彼からそんなに下じゃないだろう奥さんは四番目。彼らは二人ともあたしと一緒で、従えてる妖術師の虎の威を借りてる状態でいいと思う。


 ほら、寂しいでしょ、悲しいでしょ、びりっけつは。そんでね、彼は鴉に言われてはじめて気づいたんだよ。自分がこの部屋ではミジンコにも近しい実力しか持ってないんだって。生殺与奪権どころか、泰紀さんやあたしが妖たちに『やめてあげてください』とお願いしなくちゃ、いつ彼らの気まぐれでこの世からいなくなってもおかしくない、ちっぽけな存在なんだって、しみじみ噛みしめちゃってるんだよ。


 俯く妖術師がちょっとかわいそうになっちゃったあたしは、思わず声をかけてあげちゃった。


「大丈夫、一寸の虫にも五分の魂っておばあちゃんが言ってた!取るに足らない存在だって、生きる権利くらいはあるよ!」


 心がけた笑顔で明るく励ましたのに、背後からにゅっと伸びた泰紀さんの手に、口を覆われてしまう。


「トドメを刺すんじゃありません」

「鬼より鬼な発言だな」


 疲れをにじませた泰紀さんと、小さな青さんの呟き。

 あれ?あたしなんか、まずいこと言った?


当然ですが、一寸の虫にも五分の魂はそんな意味じゃないです。どっちかというと窮鼠猫を噛む方が意味的には近い気が個人的にはします。

いつ生まれた言葉かは知りませんし、調べた限りじゃわからなかったんですが、この時代にはない気がして周囲の人は朝霞の誤引用をスルーしております。皆様も深いところはするっとスルーしていただけたら、わたしが小躍りします。

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