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13 握手しよう!

「いや、面目ない」


 激しすぎるツッコミに対するおっさんの申し訳なさそうな返答は、なんでかあたしにダメージを与えた。

 いや、理由はわかってるな。顔が見えないせいだ。あの毛むくじゃらな凶悪体がなければ、このおっさん意外にいい人(?)な雰囲気なのね。なのにあたしってば姿形が気に入らないからって、暴言吐くわ、冷たく当たるわ、さっき気付いて態度を改めても、それまでの罪悪感てなかなか抜けないじゃない?そこにもってきて、だめ押しで下手に出られたりしちゃあもう、どうにもこうにも申し訳なさでいっぱいです。


「気にするな、土蜘蛛も慣れている」


 苦虫噛みつぶしたような顔してたんだろう。頭を撫でてきた鴉はそんな風にあたしを慰めてくれたけど、これが更に傷口をぐりぐりとね、するわけですよ。

 言ってたね、さっきも毛嫌いされるのは慣れてるって。

 そんなもん、慣れちゃいけないでしょう。外見は生まれ持ったもので、自分で選んだり変えたりできないんだからさ、どうにもできない所を論って、嫌いだとか気持ち悪いとか言っちゃダメなんだよ。

 

 ………と、お母さんに耳タコなくらい言われてたのに、あたしってば…もしバレたら膝詰めで説教されるんだろうなぁ。隣家の美貴ちゃんに喧嘩した勢いでブスって言った日、二時間正座でこんこんと諭されたもんなぁ。小学生の頃の苦い記憶だよ。

 会いたいな、お母さん…怒られてもいいから、会いたい。


「何とかしますから、そんな顔しないでください」


 状況も考えず一人反省会とホームシックにうっすら涙を浮かべていたら、今度は泰紀さんによしよしと背中を叩かれてしまった。

 現実逃避をしたかったのか、余計なところで余計なことを始めてしまった。皆にいらぬ心配をかけちゃったじゃないか。すっごい的外れの。


「ごめんなさい」

「気にするな」

「気にしないで」


 よし、頭切り替えて現状に対処するぞと、謝って顔を上げると更に二人に慰められた。…そうだね、細かい反省は夜しよう、夜。


「わかりました。これならば充分、私と誓約して頂けます」


 おっさんはおっきくて実力も十分で、泰紀さんのお眼鏡にかなったらしい。背後の出来事なんでその時の周囲の様子はわかんないけど、当事者が喜んでいることだけは空気で伝わった。


「やれ助かった。これで小さくなっておっても、他の妖術師にまた同じ目に遭わされる可能性は無くなったのだな。常にこの姿でいると、出入りできるところが少なくてかなわんのだ」


 うん、声も弾んでいるしね。


「ふむ…その姿では生活するのに支障があるというなら、一つご提案というか、お願いがあるのですが」

「…なんだ?」


 ”誓約”をしようって妖術師が”お願い”なんて言葉を口にしたものだから、おっさんが訝る。

 ま、当然だよね。あたしも妖達との会話で何度か言われてるもんね、人間のしかも妖術師が妖にするのは命令で、無茶なものばっかりだって。

 それなのにわざと下手に出て頼み事とした泰紀さんは、腕の中でひっつき虫と化しているあたしに苦笑交じりの視線を寄越して、言葉にした。


「貴方が人の姿を取れるよう、術をかける許しをください。誓約をすれば私の館で暮らして頂くことになるのですが、蜘蛛のままだと同居している彼女がこのようにとても面倒な状態になってしまうのですよ。妖に本来の姿を隠せなどというのはとても失礼なことは承知しておりますが、ご自身も人の世に紛れるのにご不便を感じておられるようですし、元の姿に戻ることも貴方の意思一つでできるように致しますから…この願い、聞いて頂けませんか?」


 面倒とは失礼な!…とは言えないね。確かにあたし面倒くさい状態だし、さっきからずーっと。それに、同じ屋根の下に住むのなら、絶対にこの姿だけは勘弁してほしいもん。生理的にダメなんだから、我慢して何とかなるとは思えないんだよね。かといって見かける度に悲鳴を上げるとか失礼な真似はしたくないし、できるならこの家主様の提案、聞いてもらえないだろうか?

 振り返ることもできないんで、心の中だけでお願いしつつ、おっさんの返事を待ったんだけど。


「それはありがたい!!」


 あまりの大声に、空気が震えるほどのオッケーが返ってきた。


「いやー、あちこち行ってみたかったのだが、大きくなろうが小さくなろうが大抵追い出されるんでな、人に紛れることができるなら、願ったり叶ったりだ!」


 浮かれて大喜びなおっさんに、よかったじゃん、と声にしようとした瞬間に被ったのは、


「人に擬態するくらい、そこまで生きていれば可能だったろうに」


 鴉のこんな呟きだった。え?妖って、人間に化けることできるの?


「まあ、妖力の使いようと妖の好みにもよるが、大抵は可能だ」


 あたしの疑問に気付いた鴉は、皮肉に唇を吊り上げてとっても簡潔に教えてくれた。

 つまり、力をちゃんとコントロールすればほとんどの妖ができるけど、基本人間が嫌いだから好んでその姿にはならないって、ことでいいのかな?あ、頷いてる。じゃあいいのか。

 えーっと、そしたらば。おっさんくらい強くなったら、自分で人間になれるだろうって言いたかったのね。ふむふむ。


「得手不得手があるんじゃない?人間も妖も」

「…否定はせんがな」


 ちらりと青さんと赤くんを見るあたり、鴉は無言で結構失礼だね。

 だけど、わかる。彼らの妖力は戦闘向きで、細かい芸当をするには向いてないね、確かに。きっとおっさんもそう…


「土蜘蛛は幻術や変化が得手だ。誤解するなよ」

「…うぃーす」


 たまに思うのだ。このおかんはあたし・・・の考えが読めるんじゃないかと。人じゃなく、あたし限定なのは、他の誰にもこんな思考に突っ込むような真似をしないから。世話焼きで、子供の考えてること先読みするなんて、おかん以外の何ものでもない。ああいやだ。結婚もしてないのに、姑がいる気分よね。

 ちょっと膨れて溜息吐いたら、泰紀さんがクスクス笑ってた。


「すっかり保護者になってしまいましたね、鴉殿」


 きっとこれは、あたしの周りの誰もが思ってることだ。だってこの前、姫にも言われてたし。

 そして鴉はその時も、顔を顰めてこういった。


「全く望んでいないがな」


 なによねー全否定ってひどいじゃない。多少はしかたないとか、諦めてくれてもいいのに。

 と、内心で舌を出したあたしを睨んで投げてくるセリフも、この前と一緒だ。


「…幼いな」


 何が、よ。ったく、乙女をガキ扱いとは腹立つわ!

 ここで脱線をしていた会話は終了となり、おっさんの嬉しそうな声で締めくくられたのだった。


「おお、これはいい!これで人に紛れられるというもの」


 振り返ると、どこにでもいそうな従者姿のおじさんが、立っていた。

 不気味なのは、顔が蜘蛛にくっついていたものと変わらないって事だけど、取り敢えず毛むくじゃらでも八本足でもない、ごくごく普通の人間の姿なら、あたしに何の抵抗もない。

 子供のようで恥ずかしかった泰紀さんの胸からやっと離れ、床板を踏んでおっさん改めおじさんの前まで行ったあたしは、やっと冷静にこの妖と会話することに成功したのだった。


「こんにちわ、おじさん。手、握っても毒注入されない?」

「…さて、どうであろうか?なにぶんこの姿で人に触れるのは、初めてのことだからな」


 二人で片手を突き出したまま、接触前に首を傾げて考え込んだのを、懐の鏡から姫が笑っていた。

 なんでだ?結構大事で、切実な問題なのに、どっかおかしかった?



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