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11 懲らしめよう!

「誓約してる妖を解放することって、できる?」

『できないことはないが、本人次第だろうかね』

「だって。どうする?」


 おっさん顔の節足動物を振り返って問いかけると、一瞬無駄に大きな目を落ちるほど見開いたあと、意味を租借したらしい彼は首らしきものを激しく上下に動かした。


「か、解放してもらえるのなら、なんでもする!」


 …嫌いな生き物ではある。でも、それってあたしの個人的すぎる感情であって、しかもこの姿に生まれたってだけの彼には謂れのない嫌悪だし、理不尽な扱いされているのを見て見ぬ振りする理由にはならない、と思うわけだ。

 相手に感情や心があるという前提の扱いもできない妖術師に、妖を使役する権利なんかない…とこれまたごく個人的信条に基づいて決めつけたあたしは、他力本願でおっさんを助けてあげることにしたのだ。


 ま、姫にできないって言われたらそこまでの話しだったんだけどね。そこはそれ。


「ば、馬鹿なことをいうな!他人の妖に手を出すなど、許されることではないんだぞ!」


 そんで、当然のようにこれに反発したのが捕獲中の妖術師である。

 妖がいなくちゃ攻撃も満足にできなくなること必至の彼にしてみたら、あたしがおっさんを自由にしちゃうなんてとんでもない暴挙以外なにものでもない。

 でも、さ。


「その考え方が嫌いなの。妖も人間と同じように話すでしょ?考えるでしょ?なのに物扱いってどうなの。少なくともあたしは、対等に会話できる相手を所有物扱いしたくないし、しない。ましてや自分の代わりに危険の中に放り込もうっていうんだから、敬意を払ったり感謝の気持ちを持つのは当然でしょ?あんた、おっさんにそうやって接したことある?」

「くだらん!妖ごときに配る気などない」


 間髪入れずにそう来るか、そうなのか。

 当然この発言を不快に思ったのが妖のみんなと、あたし。で、複雑の表情をしたのが泰紀さんと東宮さまだ。


「…互いの過去にあったことはともかく、長きを共に戦う者に情は移らないのか?」

「移りませぬ。そもそも命を下す以外で顔を合わせることもない物に、どうしてそのような感情を持ち得ましょう」


 東宮のもっともな質問に、胸を張る勢いで答えた妖術師が痛々しい。同じ人間である泰紀さんや東宮妃まで顔を顰めていることに気づかないんだから。

 なんかちょっと、痛い子すぎて可哀そうになってきたなぁ…。

 予想以上の偏りっぷりに頭痛を覚えつつ、それでも投げ出すわけにいかないんで口を開く。


「あのさ、人間て人形や小物なんかの無機物にも感情移入しちゃう生き物でしょ?大事にして可愛がってると付喪神がつくとかって発想も、万物に神が宿るっていう八百万な神様信仰も全部、人が物であっても愛情をもって接する証拠だと思うのよ。ましてやそれが生きてりゃ尚更でペット…は、わかんないか。えっと、猫とか犬とかね、彼等なんて家族扱いも普通じゃない。そうしたら妖と会話してるにもかかわらず物扱いはね、まずいんじゃないかと。種族が好きじゃなくても、人権くらい認めよう。さっき蜘蛛は殺して発言したあたしが言うのもなんだけどさ」


 あれは…本音八割だったけど、現在後悔は十割なんだって。

 怒ってパニックになって叫んだけど、よく考えてみればおっさんが自分の意思であたしの顔に張り付いたわけじゃない。奴に命令されてのことだったのに、それを大騒ぎして殺人(妖?)は確かに大げさだよねぇ。反省反省。


「くだらん。殺すか、利用するか。人間と妖の関係はそれだけだ。いらぬ情など持って、どんな利があるというのだ」


 人が殊勝に己を省みてるってのに、こいつは鼻で笑っているばかり。他人の言葉なんて一文字も胸に響いていないようで、青さんにとっ捕まったみっともない恰好のままあたしを見下すんだから、ある意味すごいと思う。そんで、根深いなと。


「あのさ、さっきも言ったけど、この場だけでもその無駄な敵意をひっこめない?妖が嫌いな理由もわかったし、それを全部忘れて今すぐ親友づきあいしろとは言わないけどさ、一応穏便にみんなが話し合いましょうってなってるのに、一人だけそれってイタイから」

「イタイ?どこもケガなどしていないぞ」

「あー、ごめん。うーんと?みっともない?恥ずかしい?場違い?暴走中?なんか、そんな意味なの、イタイって。つまりあんた一人喚いてて、見てるこっちが赤面ものですってこと。わかった?」


 包み隠さず素直に真っ直ぐに、あんた一人浮いてますと教えてやったら、一拍置いて現状を理解したらしい妖術師の頬がみるみる紅潮した。そりゃあもう、見事なまでに真っ赤っか。怒ってるのかな、それとも恥ずかしいのかなと、感情を窺ってたら答えは非常にあっさり出まして。


「土蜘蛛!あの女を殺せ!!」


 あ、怒ってた。ついでに理性が切れた。しないよね、この状況で使役する妖に命令とか。やけくそ加減がよくわかるわぁ。

 当然の成り行きだけど、叫んだ直後に青さんの首へのチョークスリーパーががっちり入り、奴の声に逆らえないおっさんは赤くんの手から逃げようと必死に糸を吐いていた。どうやらそれで敵を拘束する算段だったようだけど、武力最高レベルの赤鬼には全く無意味で、強靭なはずの糸は綿飴でも千切るみたいにサクサクふわふわ床に積み上がっていくばかりだ。


『見苦しいのぅ』

「うわぁ!!」

『騒がしいぞ、朝霞』

「え、あ、ああ、ごめん…」


 突然手許で上がった声に、心臓止まるかと思うくらいびっくりしちゃったよ。そうだった。姫の鏡を持ったままだったけ。じゃあさっきまでと同じく、今までの話しの流れも全部見てたわけね。

 すっかりあたしが忘れ果ててたことで姫の機嫌は下降気味だったけど、それどころじゃない。さっさと事態を収拾しないとお家に帰れないでしょうが。


「さっきの誓約の解除、してもらえる?あの蜘蛛を自由にしたいの」


 鏡を無暗に暴れてるおっさんに向けると、承知と笑いを含んだ姫が答える。

 以降の出来事は本当に瞬きのうちだった。

 小さな鏡を介して、あたしでもすごいとわかるほど大量の妖力があふれ出し、一直線に土蜘蛛へ向かうとその光の奔流で小さな体をぐるりと包み込む。

 次いで鏡から滑り出た小さな人影が一つ、小走りに短い距離を駆けると、赤くんの手元の光の塊に何事かを囁いて、それを合図に眩いばかりの妖力の輝きは霧散した。


「あ、あ、ああああっ!!」


 皆が呆然とする中、一番初めに声を上げたのは青さんにつかまったままの男だった。絶望に顔を歪め、断ち切られた妖との繋がりに悲鳴を上げる。


「…あれ?無理やり誓約を解くと術師にもダメージあるんだっけ?」

「だめーじ?が何かはわかりませんが、土蜘蛛は彼の妖力に見合った妖でしたので、大きな反動はありません。むしろ心がもたぬやもしれませんね」


 独り言のつもりだった呟きに泰紀さんの返事があって、なるほど妖術師の今の様子がその説明にぴったりだった。そして、そうとわかると首謀者の良心だって痛む。


「あたし、いけないことした、かな。このままあの人が死んじゃったりしたら、どうしよう…」


 妖に対する扱いが気に入らないからと言って、苦労して結んだであろう誓約を勝手に切っちゃうのはまずかった…気が今頃する。だって、大変だって言ってたもんね、命がけで妖と誓約するって。やばいなぁ…どうしよう。

 叫ぶのをやめて今度は男泣きを始めた妖術師を眺めながら、後悔し始めていると泰紀さんがとってもいい笑顔で言いました。


「大丈夫です。心が壊れたら周囲を滅ぼそうとするような、逞しい人間ですからね、彼は」


 評判悪いですよ、お兄さん!

 

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