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5 墓穴を掘ろう!

読みやすさと趣味を考慮して、パラレルの帝さまは自分を『朕』とは申しません。

好きじゃないんです…犬だし、犬の名前だし、もうそれしか思い浮かばないし…。

見逃して下さい。

「気軽に御簾からお出ましになるのは、いかがなものかと思いますよ?」


 いろんな意味で目の前のちょい悪オヤジを問題ありとみているのは、あたしだけじゃなかった。

 真っ正面からだと意味がない、几帳のオープンスペースを隠すようにさりげに移動した彼は、柔らかいながらも聞いた人間が思わず凍り付く怒気を含んで帝を諫める。


「気にするでない、泰紀。娘ひとりに姿を見せたとて、さして問題はあるまいよ」

「なければこのような忠告は、致しません」


 鷹揚に扇を振って見せた阿呆な上司に、特技は声で人が殺せることっと書けそうな泰紀さんが対応した。

 …うん、わかったよ。姫にこのおっさんだけ燃やせって言った意味が。ダメオヤジなんだね、自覚とかないボケボケオヤジなんだね。そのくせ権力とか持ってるから誰もどついて言うこと聞かせることができないし、だから泰紀さんは笑顔でイヤミを連発できるスキルを習得できたんだ。

 気の毒に…初めて家主に同情したよ。


「とにかく、御簾の内にお戻り下さい」

「よいではないか、ここで話しておっても」

「よくありません」

「よいよい」


 時代劇かよっ。悪代官と町娘の会話かよっ。

 帝がひとこと発する度に、周囲の温度が下がるんだって。ごらんなさいな、泰紀さんてば背中だけ見ても怒ってることがわかるんですよ、あんたが派手に怒らせてんですよ。

 周囲の貴族が膨れあがる不穏な空気に耐えきれず、パラパラとどこぞへ姿を消す中、あたしは叫びたかったね。

 お い て く な !


「また貴方は…何をなさっておいでです」


 そうして。

 混乱し始めた部屋に、吐息混じりの声が割り込む。

 帝が隠れてた御簾の裏から聞こえたそれは、すぐに実体を伴ってあたしたちの目の前に現れた。

 薄紫色の…直衣かな、あれ?狩衣じゃなかったと思うけど…を着た二十歳前後のお兄さんが、顔半分を扇で隠して盛大な溜息吐いて立っている。その細められた切れ長の目は、振り返った帝を鋭く睨み付けていた。


「東宮さまっ」


 で、転がるようにその後ろから出てきたおじいちゃんが、早々にお兄さんの正体を明かしてくれる。


「とーぐー…って親子?」


 勝手に出てくるなだの、帝がよろしくないからだのと、偉いおじさん達が騒いでるのに隠れてこっそり泰紀さんに問うと、半身を向けた彼は心底疲れた顔で小さく頷いた。


「ええ、親子でいらっしゃいます。似てらっしゃいませんがね」


 面倒なところ以外…って小声だったけど聞こえたから。

 つまり、面倒くさいお兄さんが増殖したわけですか…くっそー、折角上手いこと言ってさっさとお家に逃げ帰ろう作戦が台無しじゃないの。なんで出た!

 こうなったら奥の手で早々にここから離脱してやろうかと本気で考えてはじめた頃、身内での揉め事にひとまず終止符を打ったらしいお兄さんが、不機嫌そうな帝を放置でこっちに素敵な笑顔を向けてきた。


「随分と不調法を致したようだ。あちらに部屋を用意した。ゆるりと休まれるが良い」


 有無を言わせない迫力のこれに、首を振ってるあたしがいた。

 本能が止めるんだよ。頷くな、危険だって。短期間で何度か本気のピンチに追い込まれた精神が、頑なにこのお兄さんを拒否するんだもん。

 近づくな、危険って。


「お気遣いには及びません。この娘は本来参内などできるできる身分ではございません。お許しを頂けるのでしたら、早々に我が屋敷に下がらせます」


 そんでもって多分、直ぐさまそれに反応してくれたのが泰紀さんだろう。全身で拒絶するあたしを確認してすぐ、東宮さまに退出する意思があることを告げてくれたから。

 でも、これで帰してくれるなら苦労なんかしないんだよね。あんだけ強引に呼びつけた人間が、簡単に折れるわけないんだよ。


「今更身分など、気にする必要もあるまい。呼んだのは私だ。遠慮せず、奥に参ろう」


 息子に叱られてしゅんとしてたくせに、いきなり復活したおっさんは下心満載の笑顔で手を差し伸べてきましたが、お巡りさんは何処?これって青少年保護条例にひっかかるよね、この人、犯罪者になるよね?!

 エンコーしてませんっ!と叫びそうになるのを必死に押さえて首ふってると、またまた溜息を零した息子殿が父親の卑しい腕をぐいっと下げさせてこちらを見やる。


「貴方が仰るとよろしくない人買いが幼子を誑かしているようだからいけない。ご覧なさい、あんなに怯えさせて」


 恐ろしかったですね、と同意を求めないで下さいませんかね?現在進行形でおっかないんですよ。誰より一番真っ黒な笑みで人を煙に巻こうとしてる息子殿、あんたが!

 喉まで出かかってる逃亡のための呪文を必死に押さえながら、どうしましたとか心配げに近づいてくる息子殿から後ずさる。


「いけません、東宮さま。無闇に下賤の者にお触れになっては」


 捕まる前に泰紀さんが間に入ってくれたけどね。

 いつもは出会い頭にお説教されることが多いんで、家主さまからは逃げ回ってばかりだったけど、今ほど頼りになると思ったことはない。真っ黒東宮が底冷えする恐怖を撒き散らすもんだから、思わずその背に縋っちゃいますよ?

 そして忘れちゃならない。鬼畜系Sの皆様はもれなく、獲物のこのような反応に喜々とします。怯えられるのも反抗されるのも大好物なこの面倒くさい人種は、普段は飄々としている(だろう)部下の過剰反応にもにんまりしながら、背後で震える可憐な乙女(←強調)に次の一手を打ってくる。


「下賤とは言えないだろう。受領の姫だと聞いているよ?」

「大臣さま方の姫君と比べれば、雲泥の差がございます」

「ならば誰ぞの養女にでもしてしまえばいい。身分など如何様にもできるじゃないか」

「……恐れながら、既に我が元に半年置いている娘です」


 そんなつもりもないくせに、暗に手をつけても良い身分の子じゃん?だから寄越せ、との卑劣な脅しにしばらく思案した泰紀さんが切ったカードは、まさに切り札だった。

 ここに来る前、想定した姫達の力を一番簡単に入手する方法として、あたしを召し上げちゃう、つまり好きでもないけど愛人のひとりにして内裏に住まわせようってのがあった。


 当然己を知ってるあたしは『それだけはありえない』って鼻で笑ったんだけど、貴族ってそういう生き物なんだってさ。綺麗だとか頭が良いとかで恋愛することを大事にしてはいるけれど、それ以上に相手を有効利用するための結婚が一般的らしい。

 特にあたしみたく利用価値が高いと判断されたら、無理矢理嫁にして縁戚になっちゃうのが手っ取り早くて、帝の気持ちはともかく、周囲の貴族がそれを勧めるかも知れないから『妖は友達』って宣言してどん引きさせちゃおうが当初の作戦だったのだ。


 途中までそれはすっごく順調で、でもおっさん帝が予想外の行動とるし鬼畜な息子殿は出てきちゃうしで、軌道修正が必要になった。

 そこで登場したのが泰紀さんの切り札だ。

 事実無根だけどここは、半年同居した事実を逆手にとってあたしと家主さまとの関係をでっち上げちゃえば良い。幸いあの館は雇い人が少なく、泰紀さんとあたしの世話は鶸ちゃんと桃ちゃんが一手に引き受けている。嘘を真実にしちゃうなんて至極簡単なことなのだ。


 だけどまあ、こんな早くに使う予定はなかったんだけど。性格悪い息子殿のおかげで、予定狂いっぱなしなんだよね。

 全く困ったお兄さんだと、謂われのなくキズモノ扱いされてるあたしは溜息を零してたんだけど。


「ならば寧ろ好都合だ。橘の北の方として内裏に出仕させれば良いのだね」


 パチンと扇を閉じた息子殿は、さも名案だと言わんばかりの口調で到底飲めない提案をしましたとさ。


「しないっ!!」


 思わず反論しちゃっただけじゃん。そんな睨まなくても良いでしょ、みなさん…。



    

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