1 内裏へ行こう!①
陽気で楽しい妖との暮らしは、快適ですよ、ええすごく。
「朝霞、市へ行かぬか?」
例え、目が覚めたらキスできるんじゃないかって距離に、絶世の美女の顔があってもね!
「…なんか欲しいものあるの?」
だがしかし、慣れとは恐ろしい。
数日に一度、こんな非日常的状態にさらされていれば、こっちが立派な日常になる。
つまり、はいはいどうどうと姫を横に押しやって、寝癖だらけの髪を撫でながらあくび交じりに問うことができるってわけだ。
「いいや」
「じゃ、行かない」
毎度のことながら姫の”市に行かぬか”に意味なんかない。ただ単にお外に出たいだけの口実なんだから、考えるそぶりさえ見せずに高貴なる妖は首を横に振る。
そんなら答えはノーだ。何が楽しくて『素敵な妖様ご一行』をひきつれて、見世物よろしく街を練り歩かなきゃなんないんだ。姫一人ならともかく、絶対全員ついてくるんだから、たまったもんじゃない。
「え~僕も行きたい~!!」
にべもなく断ったのを聞いていなかったのか、故意に無視したのか。
何べん注意しても乙女の寝室に不法侵入する赤鬼は、立ち上がったあたしの腰に巻きついて、都合のいい時だけ発動する子供の駄々をこねてみせる。
「勝手に行きなよ」
当然そんなもんの相手をする気は毛頭ないんで、力任せに腕を引っぺがして床の上に情け容赦なく転がしといた。
ひどいとか痛いとか寝言をほざいているが、見かけが小さくとも頑丈さは人間の比じゃないと知ってるんで、無視だ、無視。
「私も一緒に行きたいわ」
パジャマも兼ねてる白の単衣の乱れを適当に直して顔を洗い、自分で結構着られるようになった小袖を羽織っていたら、背後から奥さんが顔をのぞかせた。振り返れば夏を抱いた青さんも、勝手に人の部屋で寛いでやがる。
こいつら、嫁入り前の娘がこれから着替えようっていうのに、全く気にしないのか?!
しないか。赤いのは床転がって遊んでるし、姫は勝手にお茶飲んでるし、青さんもそこに混ざって、奥さんも平気な顔で笑って…疲れるな、マジで。
「…だから、行かないって」
「あら、わたくしたちもご一緒させてくださいませ」
「ええ」
着付けを手伝ってくれていた鶸ちゃんと桃ちゃんまで、最近恒常化している笑顔のごり押しを発動するとか鬼畜だよね、マジで。
つーか誰でもいいから人の話を聞きなさいっていうのよ。
「鴉、あんた連れてってやれば?」
この場にはいないが絶対どっかから覗いてるはずの男に声をかけると、案の定、でっかい体をかがめて室内の人口を増やしにやってきた。
「なぜ私が」
「おかんだから」
この期に及んで違うとは言わせないと視線で黙らせ、口うるさい保護者様に小うるさいお子様たちをお任せする。
「片づけといて」
とたんに巻き起こる騒音なんて、聞こえません。そっちだってあたしの話を聞かないんだから、お相子じゃんね。
ともかく、朝食くらいゆっくりとらせてほしいってことで、外野は放置で膳の前に座ったわけなんだけども。
「朝霞の君、一大事ですよ」
本日に限って普段影の薄い家主まで、あたしの邪魔をする気満々だったらしい。
どうしようかな。取り敢えず、ふんづけとく?
そう長くもない人生経験からして、大抵たいしたことがないのが”一大事”の詳細だったりすんだけど、今回は違ったみたい。
「へー…あたしが内裏にご招待、ねぇ…」
ご飯食べながら聞いてもいいって言った泰紀さんのお言葉に甘えて、絶賛咀嚼中のあたしは、実のところ困ってた。
ありがたくも迷惑な呼び出しをして寄越したのは、現時点の国主、お上と呼ばれる帝である。
現代なら天皇、でしょ?一般人は会えないじゃんねぇ~もしまかり間違ってお目通り叶っちゃうなら、周囲から礼儀作法だなんだってうるさく言われるよね~。
面倒くさい…果てしなく憂鬱だ。
でも、困るのはこんな解決可能なことじゃないんだよ。もっと切実な、いろんな意味で危険なこと。
「ほほほ…さて、朝霞にどんな用であるのやら」
笑顔が怖い姫とか、
「わーいっ!一緒について行っていいでしょ?大人しくしてるから!」
全く信憑性がないことを言ってる赤くんとか、
「術師は何人くらいいるんだ?」
「楽しみね、あなた」
なんかする気満々な夫婦とか、
「はぁ、結局後始末をしなければならないのか」
ため息つきながら同行することを勝手に決定した鴉とか。
「招待されたのって、あたし一人だよね?」
「表向きはそうですが、さて彼らを大人しくさせる術を私は持ちませんので」
「あたしだって持ちませんよ」
誰が暴走がデフォの危険物どもを止められるってのさ。バカ言ってんじゃないよ。
呑気に麦湯をすすってる泰紀さんをひと睨みして、さてどうしたものかと再び困るわけだ。
姫はいい、好奇心半分だろうから。契約がある以上あたしの命に係われば介入も厭わないだろうけど、基本的には傍観してくれる…かもしれない。
鴉もたぶん大丈夫じゃないかな。もともとあたしとは無関係な妖なんだから、ついてくるなっていえば来ないでしょ…たぶん。
赤くんも今後かまってやらないぞといえば、多少は言うこと聞くはずなんだよ、多少は。
青さんとこは夏が心配だからって理由をつけてやれば抑えられる…はずっ!
って、全部希望的観測じゃん!何一つ確信がないんですけど?!
どうしたもんか、この場合と、思わず箸を齧っていたら、桃ちゃんのちっちゃな手に袖を引かれた。
「お行儀が悪うございますわよ」
「うっ…すみません」
そうね、齧っちゃまずいね。お母さんにもその癖やめなさいと、よく怒られたんだよ。反省します。
素直に謝ってちゃっちゃと残りのごはんを片づけに入ったんだけど、何故だか向かいで泰紀さんが笑ってらっしゃる。
「なに?」
「いえ、子供の姿の、しかも妖に怒られたというのに、簡単に頭を下げられるものですから」
「おかしかないでしょ。悪いことして叱られたら、誰相手でも反省するじゃん」
「そんなところは…霞の君に少し似ていらっしゃいますね」
「へぇ」
相変わらずあたしが妖と対等に付き合おうとする姿は、人間にも当事者の妖にも奇異に映るらしい。
言葉にした泰紀さんだけでなく、姫たちも生ぬるい視線であたしを見てるのがその証拠。見かけが人間とほとんど変わらず、ちゃんと会話も成立する知的生物を同等に扱ってどうして、褒められてる保育園児の気分を味わわなきゃならんのか意味ふだけど。
ただ今回、珍しいことを泰紀さんが口にしたんで、思わず視線を向けてしまった。
タイムスリップもどきをすることになった元凶の霞の君。今まで魂が同じだの顔が同じだの言われたことはあったけど、性格人格について似てるって言われたは初めてですよ。それも関係者からとか、すごい真実味があるですのこと。
「そんなら一瞬彼女に見えたりした?」
顔が同じで、着ているものも着物だから、後は性格が同じなら大人しくて儚げだった娘さんにダブって見えるんじゃないか、そんな好奇心からの発言だったんだけど。
「いいえ。どれほど似ていらしても、貴女は霞の君ではありませんから」
困ったように唇を歪めた泰紀さんに、軽率な発言をした自分を絞殺したい衝動に駆られる。
彼にとっては亡くしたばかりの奥さんなのに、ちょっと姿かたちが似てるからって本人になれるわけじゃないのに、軽々しく揶揄するなんて。
あたし、サイテー最悪。
「ごめんなさい。考えなしなことを言いました」
いくら普段が傍若無人でも、踏み込んじゃいけない領域に上り込んだツケは払わなくちゃならない。
お箸を置いて居住まいを正し、頭を垂れると、気にしないでくださいと泰紀さんが笑った。
「彼の方を思い出して、つらくなったというわけではないのですよ。寧ろ似ているからこそ、貴女との違いを痛感しただけです」
「?」
似ているから違うと思うとか、わけわかんない。
首をかしげるとわからないままでいいと、苦笑いされたんでありがたくわからないままでいることにする。
こういう下手に突っ込むと仲良くなるためのフラグが立ちそうなものは、避けて通ることにしてるんだ、最近。だってね。
「おや、詳しく聞いてはくれないんですか?」
楽しそうな顔してこんなこと言う奴なんて、なんか企んでいるに決まってるからさ。
「じゃれるのも構わぬが、内裏へ行く話はどうなったのじゃ?」
睨みあいに水を差したのは、珍しい姫の正論だった。




