21 怒った家主はちょっとしたホラー
今回、笑える要素がありません。
その日の夕方。
大騒ぎの末、結局ついてきちゃった赤鬼を見て、家主様のおでこに青筋が浮きましたとさ。
「朝霞の君、説明をしてください」
出仕から帰ってすぐ事情を聞いたそうな泰紀さんは、まっすぐあたしがいる部屋に来て、ますます狭くなった室内に眉を跳ね上げる。
そりゃそうだ。8畳間程度の室内に、あたし、姫、鶸ちゃん桃ちゃん、鴉に青さん一家がいるだけだって充分人口過多なのに、子供の姿とはいえ赤鬼まで混じったんじゃ既に人口過密。完全なオーバーフロー。
大家に無断でどんどん店子が増えたんじゃ、青筋の1本や2本、浮こうってものよ。
基本、泰紀さんは沸点が高い。ため息は吐くけど感情露わに怒ったりするほど子供っぽくないというか、他人に関心がないというか。
でも、今、ナウ、怒ってるね。ここに居候始めてから一月近く経ったけど、今にも怒鳴り出しそうな泰紀さんとは初対面だよ。笑えないくらいの迫力だね。
付き合い長そうな桃ちゃん鶸ちゃんはこんな主に慣れっこなのかなと視線をやったら、やっぱり2人も戸惑い気味だった。姫なんかもすっごい楽しそうにニヤニヤしてるから、この状況って珍しいんだろう。
だけどまあ、当然だろうとも思う。
数年前に奥さんがいたとはいえ、この館は大きさに対して住んでる人が少なすぎるんだもん。
食事の用意をしてくれる2、3人の女の人と、雑用をしてくれるおじさんが2人にこの前会った男の子が1人、一般の住宅が5つ6つ軽く入っちゃう敷地にいるだけ。それも裏方ばっかりでほとんど顔を合わせることがないから、実際には小学生コンビ2人との3人暮らしみたいなものだったらしい、というのがあたしの知ってる情報だ。
そんな静かな生活に、パラレル未来から来た人間を居候させた途端、住人が3倍って…キレるわぁ。あたしなら絶対叫んでるね。静かな生活を返せーって。
今朝だってあんなに反対したのに市に行出かけた挙げ句、厄介事を持ち帰ったんだよ?怒って普通、正常。
でもさ、わかっちゃいるけど普段怒んない人の怒気って怖いから、とりあえず手近の鴉を盾にしてみた。
無駄に大きな体の陰に隠れるっていう、いくつだお前っ!作戦はちょっと恥ずかしいけど、背に腹は代えられない。いつもならブツブツ文句を言う鴉も黙って匿って(?)くれてるから、よしとしよう。
そこからこっそり様子を窺うと…更に怒ってた。いつも標準装備で装着してる笑顔の仮面さえ取っ払って、本気でお怒りモードじゃん!怖いよっ!
「ごめんなさい、ごめんなさいっ!不可抗力なんだって、これには訳があるんだって!」
「だからそれを説明しなさいと言っているんですっ」
「するっ!するからそんな怒んないで!」
「怒っていません」
「怒ってるよっ」
「主殿、朝霞が怯えている。もう少し落ち着いて…」
「鴉殿は黙っていてくださいっ!」
本当に珍しい援護射撃だったのに、これまた珍しい泰紀さんの怒声に、さすがの鴉も撃沈だ。これ以上は庇えないとばかりにあたしに哀れみの視線とか、送ってこなくていいから!
わかってる、わかっていますよ。自力で頑張りますとも。
「えーっとごめんなさい…?と、あたしが謝らなきゃいけないのが非常に不本意と言いますか、マジ腹立たしい限りですが、現状としましては…」
「お姉さんは悪くないんだ。ボクが勝手についてきたんだから!」
それまで黙って隣に座ってた赤鬼が、何を先走ったんだか急に泰紀さんとあたしの間に立ちふさがって両手を広げるとか…あんた一昔前の青春ドラマじゃないんだから芝居がかりすぎだってのよ。
ほら、ほらほら見なさいよ!かろうじて繋がってた泰紀さんの理性が今ブチ切れたじゃない!あの顔、本物の鬼のあんた達より数倍恐いわよ!
「勝手に、ねぇ。妖の中でも特に人嫌いと有名な赤鬼が、妖力を振りまきながら歩いている朝霞の君に、好き好んでついてきたというのなら、目的は1つ。殺して喰らうつもりですか」
おお、さすが妖術師のトップ取ってるだけあるね!直ぐさま赤鬼の目的がわかるとか、すごいよ。
「主殿でなくとも、妖を知っている者なら当然行き着く結論だ」
音を出さずに拍手してたら、鴉に冷静に突っ込まれた。悪かったね、物知らずで!
しかし、背後の馬鹿なやりとりは完全無視で、泰紀さんと赤鬼の緊迫したやりとりは続いてゆく。
「最初はね、そうしようと思ったんだ。鏡の姫ほどの方が人間なんかと楽しそうにしていて腹が立ったし、他にも力の強い妖がたかが小娘1人守るために使役されてるなんて許せなかったから、ボクがお姉さんを食べてみんなを自由にしてやろうって」
「それが彼等に邪魔立てされて、取り入ることを選んだとでも?」
「まさか!これだけの妖を縛る妖術師にうっかりそんな真似仕掛けようものなら、望まない誓約をさせられる羽目になる。様子だけ見て策を練り出直すか、一生関わらないように気を付けるかが正しい判断だ」
「では何故、ここにいるのです」
「だってお姉さんてば、バカなんだもん」
あっけらかんと言い放った赤鬼を、うっかり殴らずにすんだのは鴉のおかげ。反射的に出そうになった拳を手首を掴んで止めて、黙って聞いていろと小声で注意までされた。
…いや、どうもありがとう。一時の感情で、真剣な会話にいらん茶々をを入れるところだった。今の発言に関しての報復は、話しを最後まで聞いてからにするが正解だった。
だってほら、人を愚弄する発言をした割には、赤鬼の声が真面目過ぎでしょ。表情も何やら苦虫を噛みつぶしたみたいで、少しも嗤ってなんかいないしさ。
「本気で殺そうとしてるのに、ちっとも姫達に自分を守れと命じないで棒立ちだろ。見かねた青鬼とカラス天狗が助けに入れば、その行動が意外だと驚く。とどめは妖を友達だと言ったことかな。阿っているのかと勘ぐっても本人はいたって本気で、言われた青鬼の方が目を丸くしているなんて、よく今まで生きてこれたよね」
妖と関わるようになってから、何度かこれ、言われたよね。この世界の基準ではあたしって規格外なんだと、その度に実感しちゃうセリフ。
周囲の妖ご一同様も、うんうん頷いてるとこ見ると、共通の見解ってことか。
「…この方は、ここで生まれ育ったわけではありませんから」
泰紀さんはあたしの素性を初対面の赤鬼に話していいものかどうか考えあぐねているって感じで、言葉を濁したんだけど、彼はその辺にあまり興味がないのか適当に相づちを打って説明を続ける。
「ともかく、妖を利用しようとしない人間と、進んで人間を守る妖なんて見たことなかったんだよね。楽しそうで、本当に友達みたいな変な信頼関係があって…ボクのいた所じゃ考えられなかった、から」
「貴方、妖術師に縛られていたのですか?確かに赤鬼を縛るほどの術者なら、妖と馴れ合ったりはしないでしょうが」
「半分当たり。正しくは縛られていたのは母さんで、捕まった時にお腹にいたボクはその館で育ったんだ」
「…っ。では、名を…」
「うん、生まれついて奪われていた。奴が老いて母さんと相打ちで死ぬまでずっと、人間の奴隷だったんだよ」
淡々した赤鬼の声が鼓膜を振るわせる度、キンッと頭の芯が冷えていく。
この世界はかなりあたしに優しい造りをしているくせに、頻繁に人間でいることに嫌悪感を抱かせるのが欠点だ。
その上続いているという鬼畜仕様。




