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2 現実って残酷だね

 牛車はのろい。

 まあ牛が引くわけだから、馬車の如きスピードで駆け抜けたらそれはそれで驚きだけど、それにしたってのろい。歩いた方がまだ早い。

 しかもそこそこ広い割に乗り心地が最悪って、どういうんだろう。板張りで衝撃を吸収するものがないから、もろに振動を拾って正座したすねが痛くなってきた。4人乗ってもまだ余裕がありそうなほどスペースが余ってんだから、クッションの1つや2つ置いたらいいのに。


 つらつらとこんなことを考えてしまうのは、目の前のお兄さんがちっとも話題を振ってくれないからだ。物思いにでも沈んでいるのか、俯いて沈黙しているかと思えば、不意に顔を上げて人の顔見て扇の下でこっそり溜息をこぼす。こんな風にされちゃあ、こっちだって声をかけにくいから、沈黙が続く。


 なんたる悪循環!いい加減腹立ってきた。


「人の顔見て溜息は、やめてくんない?感じ悪いんだけど」


 睨み付けて言い放つと、はっと顔を上げたお兄さんは微苦笑を浮かべ、すみませんと素直に謝ってきた。


「貴女が霞の君にあまりに似ていらっしゃるので、つい…中身は全く違いますが」

「ちょっと、微妙な言い回しで人を貶すのやめてよ。さっきのバーなお兄ちゃんといい、あなたといい、霞の君と違うとか違いすぎるとか、自分で言っててもあんまりだと思うでしょ?」

「違いすぎるとまでは言っておりませんが…まあ、確かに彼女と貴女では容姿以外に似ているところは見つけられませんね」

「うーわー、最高にむかつくわ、それ。儚くなったって、あれでしょ?亡くなっちゃったんでしょ霞の君って」

「おや、意味がおわかりになったんですか?女性にしては品のないお話しようなので、貴族が使う婉曲な表現になど、縁がないところでお育ちになったのかと思ったのですが」

「はっきり言ったらいいじゃない。お勉強なんてしたこともない、バカな平民じゃないのかって。残念ながら、この時代のお姫様達よりはずっと勉強してるわよ。それにね『あさ○ゆみし』やら『なんて素敵に○ャパネスク』やらは漫画化されてんだから、読んでりゃ自然と平安言葉の1つや2つ覚えるわ」


 にこやかな男、不機嫌な女、話している内容は喧嘩の売買。

 ほぼ密室に近い状態で、不健全きわまりないわよね。空気の悪いこと悪いこと、思わず歩くし降ろせと言いたくなるほどよ。

 ともかく、この人といがみ合ってたって意味はない。状況打破にはならないと、深呼吸で落ち着いたあたしは、必要な情報を集めることにした。


「霞の君って、あの男のなんなわけ?」

「初恋の方、ですかねぇ。それとも執着している方、ですか?」


 歯切れの悪い物言いに、ああそういうこと、と納得。


「つまり片思いなのね。さっきの様子だと貴方も知り合いみたいだけど、この時代の女の人ってそうそう男の人と直接会ったりしないでしょ?弟ってことで、貴方も関係者なの?」

「いやあ、まあ。なんというか彼の方は私の妻でもありまして」

「はぁあ?じゃあなに、横恋慕?」

「いえ、そうとも言い切れません。霞の君とはわらわのころ共に遊んだ親しい仲なのですが、兄はその頃よりあの方に思いを寄せておりまして、ただ彼の君はその、私を好いていて下さっていましてねぇ…なんと申しますか、兄のやりようがあまりに強引だったせいで泣き付かれ、どうにか妻にしてもらえないかと頼み込まれまして。此方のとしては身内が起こしたことが原因なので負い目もあって、断り切れずにその、形だけ妻として我が屋敷にお移り願ったというのが真相です」

「うわぁ、サイテー」


 なんとも報われないお姫様じゃない。ストーカーにはあう、好きになった男は結婚しても歩み寄ってくれない、どこに救いがあるのさ。


「霞とはよく言ったものよねぇ。それじゃ存在そのものが霞んじゃってるじゃない」

「…否定はできませんね。本来も似たような意味で使われていましたし」


 ざっくり歯に衣せずに言い切ってやったら、相変わらず煮え切らない言い方をする男は遠くに視線を逸らす。そうして何か苦いものを思い出しているかの如く、眉根を寄せて続けた。


「彼の君はあえかなる美しき女性で、それ故に我が家の妖気に耐えられないからと何度もお断りしたのですがね。明日死んでもいい、貴方のお傍にいたいのですと押し切られ、僅かふたとせほどで儚くなってしまわれた」


 ここ、とってもシリアスな感じです。何しろ牛車の中の空気が、尋常じゃなく重いですから。

 だからって、わからない言葉だらけじゃ話しが理解できないと、意を決して遠くの世界に行っちゃった人を呼び戻す。


「ごめん『あえかなる』ってどんな意味だったけ?なーんか古典の授業でやった気がするだけど、思い出せないんだよね。『ふたとせ』は2年でよかったでしょ?」


 今後の人生にあまり必要のない教科は、テスト勉強が終了し次第、脳内デリートを敢行するあたしにとって、いつか聞いたような=絶対思い出せない、に繋がるのだ。

 そんなわけで質問したわけだが、じとーっとこっちを見ているお兄さんの目は、絶対零度である。そんで、扇の下でまたもや溜息をつくと、イヤそうに口を開いた。


「か弱い方をそのように表すのですよ。ええ、ええ、ふたとせは2年です。貴女は学があるのやらないのやら、全くわからない方ですね。『こてんのじゅぎょう』とは一体なんですか?」


 はい、今頃ですが、とっても大事なことに気がつきました。

 それは、もっと早くに話さなきゃならないことだったと思うんですが、ま、遅くなっちゃったものは仕方ない。今からでもきっと間に合うって。

 ポンと手を打ったあたしは、姿勢を正すと正面のお兄さんに向かってでき得る限りの可愛い仕草で小首を傾げてみました。気分は…そうね、メイド喫茶のメイド風、かな。


「申し遅れましたが、あたし安藤 れいと申します。時代的にはざっと1100年くらい?かな、未来から喚び出されたと思うんだけど、その後が判然としないんだよね。雲がピンクとかちょーっとありえないんで。さっきもちらっと妖気とか言ってたし…もしかして、鬼とかいたりしちゃう?」

「いるに決まっているではありませんか。鬼も妖怪も普通にいますよ。だから妖術師がいるのですから」


 当然でしょうと付け加えられても、困る。だってあたしは当然じゃない世界から来たんだから。鬼や妖怪は夢物語だったり、本当は外人や落ち武者、果ては間者のことだったりするっていうのは、オカルト好きとしては知ってて当たり前の解釈だ。

 それを、本当にいるって、あたりまえって…ちょーっと、いや、かなーりな確率で、あれ、かな。


 不審げなお兄さん無視して、あたしは自分の出した結論に頭を抱えていた。


「タイムスリップしただけだと、信じたかったんだけどなぁ…そうかぁ、パラレルかぁ。パラレルって帰れるのかなぁ…」


 一抹どころか、一瞬絶望を見ちゃいました。あはは………。



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