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18 喧嘩の売買

「おや、赤鬼せっきではないか。1人で京にいるとは珍しい」

「はじめまして、鏡の姫!噂通り綺麗だね~」

「ほほほ、嬉しいことを」


 初登場の妖は赤鬼というわけね。まんまだな。っていうか、明らかに青鬼の仲間だよね。色違いじゃん。関係者以外何者でもないじゃん。

 うっすら痛み出したこめかみを押さえつつ、確認のために桃ちゃんを見ると、満面の笑顔だった。鶸ちゃんも隣で微かに頷いてる。

 ………そうか…青鬼あおおにが出てきたら必然的に赤鬼あかおにが出るのか。そんならいっそあれだね、保育園で歌った鬼のパンツでも用意しちゃう?トラ柄のやつ。

 しっかり紺の作務衣みたいなものを着込んでる赤鬼眺めて、投げやりにそんなことを考えてたら鴉にため息を吐かれた。


うつつから逃れる術などないぞ」


 つぶやくな。現実逃避が何の役にも立たないことくらい、身に染みてるっていうの。

 ひと月足らずのうちにあたしを襲った怒涛の展開は、いつになったら落ち着くんだと嘆きながら、ともかく湧いて出た赤鬼に穏便にお引き取り願うべく視線をやる。


 ゴリゴリと音が出そうなほど姫にゴマを擦っている子供の目的はなんだろう?ご飯が欲しいとか、おもちゃ買ってくれとか、そんな可愛らしい要求があるわけじゃないよね。

 なにしろ市で売っている物はどれも、調理してお召し上がりください、なものばかりで買い食いには適さない。おもちゃも売ってないし(捜せばあるかもだけど)、並んでる生活必需品の中に妖の子供が欲しがりそうなものなんかない。

 まあ、人外は基本、人間の食事はしないから食べ物要求はないか。遊びも殺伐としてそうな見かけだもんね、赤鬼は。


 納得しながら、凍りついた。


 この人たちの主食って、妖力だよね?あたしが無意識に垂れ流してるとかいう。

 そのほかは人間の肉も食べるとかいってなかった?エサはあたし?あたしなの~?!


あれ・・なんで出てきたと思う?まさか、ご飯を捜してるとかじゃないよね…?」


 引き攣る顔をどうにもできないまま、鶸ちゃんに耳打ちすると彼女は小首を傾げて微笑むんだ。


「妖は、常に食料を捜しておりますわよ?例外は契約や誓約を交わしているものくらいです」

「…あの赤いお子様は、どっかに主がいる、とか?」

「いませんわ。ほとんど力を感じませんから、しばらく食事・・をしていないと思いますわよ?」


 きっぱり、身の危険を感じると同時に、現場からの離脱を図るため踵を返す。

 お腹をすかせた妖と同じ空気を吸っていられるほど、あたしの危機感知能力は低くないから。人のいいこと言ってると、あっという間に捕食されるのは体験済みなのよ。

 姫も青鬼夫婦も、いつの間にやらあたしの妖力で食事をしているらしい。まあ、無意識のうちに放出しているもんだし、食べられたって痛くもかゆくもないんだけど、契約していればその量は人間に害が及ばない範囲と、暗黙の了解があるのだそうだ。


 おかげで3妖を養っていても、命が脅かされることはないんだけど、この上なし崩しに赤い方にも食事提供するようになったんじゃ、たまらない。ましてや妖力でなく、頭から食べようなんて野望があった日には、確実にあたしは死ぬじゃないか。

 …契約してるから、姫や青鬼が守ってくれる…はずなんだけど定かじゃないから怖いんだ。

 強いと言われている妖が一堂に会すという珍しい場面のため、遠巻きにでき始めた人垣めがけてそろりそろりと進んでいると、すごい力で襟首をつかまれる。


「ぐぅっ」

「勝手に動くな。面倒が増える」


 誰か、この加減を知らない馬鹿鴉を、ぶん殴ってくれないだろうか?だめなら窒息寸前のあたしを解放してくれる、でもいいよ?自分で折檻するし。

 ともかく、こっちの状態なんかお構いなしで着物ごと釣り上げた鴉は、すでにあたしの足が地面から離れていることを知らないらしい。

 このままじゃ、恥を忍んで着物を脱いで脱出するか、おとなしく首つり死体になるか、究極の選択を迫られる羽目になると、本気でパニックを起こしかけたところで救世主が現れた。


「ねえ、この子すっごく苦しそうだけど?」


 楽しそうに人の顔を覗き込んでいるのは、少し前まで姫と歓談していたはずの赤鬼だ。

 にやりとしか表現しようのない人を食った笑みを浮かべて、死にかけのあたしを見上げた少年は、実に現状に似つかわしくない行動に出た。


「こんにちわ、お姉さん。憐れな妖に施しを与えてみない?」

「むぐぅぅっ!(今、そんな場合か!)」

「そう、ボクだよ。この年で日々の食事に困るなんて、可哀そうでしょう?」

「がぁっ!うがぁぁぁっ!(知るか!かみ合ってないでしょうが、話が全く!)」

「いいの?嬉しいよ」

「ぶっうっ!!がぶぅぅ!(よくないっ!離せバカ!)」

「あ、すまん」


 赤い少年とは小指の先ほどもコミュニケーション取れなかったけど、涙目で睨んだら鴉にはあたしの怒りが伝わったらしい。

 ぽてっと地面に落っことされた情けない恰好を気にする余裕もなく、あたしはひたすら空気をむさぼる。

 死ぬかと思った、マジあの世が見えかけた…。

 痛む喉を摩りながら、一方的に都合のいい解釈をぶちかましていた赤鬼が屈みこんできたのを幸いと、作務衣の襟をひっつかんで顔を寄せる。


「あんたが可哀そうな妖なら、ユ○セフが忙しすぎて過労死するっていうの。あたしはね、礼儀も知らない自己中なガキと、同情で契約するほど間抜けでもお人よしでもないから。話を聞いてほしけりゃ、初対面のご挨拶からやり直せっ」


 自分史上最高に低い声で宣言できたことに満足して、赤鬼を離すと差しのべられた鴉の腕にすがって立ち上がる。鶸ちゃんに着物の埃を払ってもらい、何故だか満足げな姫に頭を撫でられながら、びっくり顔して座り込んだままの少年に視線をやると、道化の仮面を外した奴は底冷えする眼差しであたしを見ていた。


「妖相手にそれほど強気に出られるのは、己が高位の者たちに守られている驕り故か?」

「…護ってくれるつもりがあるなら、姫はあんたに友好的じゃないだろうし、青さんはもっと体を張ってくれるんじゃない?鴉に至っちゃ、あたしと契約すら結んでないわよ」


 彼らが信用ならないから自力で赤鬼から逃げようとした人間に、なんて理不尽な疑いを掛けるんだか、このバカは。

 できるだけ偉そうに鼻で笑ってやったら、舌打ちした少年の姿がゆらりと揺れた。

 比喩表現じゃなく、蜃気楼みたいにマジ揺れたの。


「では、オレを侮辱した報いは、自身で受けるのだな」


 物騒なこと言いながら、赤鬼の体は周囲の景色からどんどん浮いて、不気味に歪んだ姿は見る間に別の形を取り始める。

 ツンツン立っていた赤髪は腰までザンバラに伸び、可愛らしく覗いていた八重歯は牙に。線の細い子供体型は細マッチョがむかつく青年の体つきに変わり、爪は鋭い武器に変貌した。

 立派すぎる妖怪の出来上がり、てか?イケメンなのに、ときめかないわぁ。


「侮辱したのはそっちでしょうが。挨拶求めて殺される謂れはない!」


 人間、過ぎたる恐怖に晒されると、なんか開き直れちゃうみたいよ。

 ちょっと、大丈夫なの?!って脳内で吠える理性の悲鳴を押しやって、あたしは偉そうに仁王立ちしていたのだった。 



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