16 食事中はお静かに
説明文が長いです。すみません。
最近、イライラが募って困る。
「いいですか、朝霞の君。むやみに外出しない、風呂へ行くのは一日一度、守れますね?」
「はいはいはいはいはい」
「なんですか、その投げやりな返事は」
「ご飯はおいしく、ゆっくり食べたいっていう、ささやかな抵抗」
家族が一緒に食事をする習慣なんかないと駄々をこねていた泰紀さんを、毎食同じ食卓に着くよう説得したのは誰だ。
…あたしだ。
おかげでこの時間が説教に充てられて、慢性的消化不良を患ったじゃないか。
「朝霞、今日は市が出る日じゃ。行くであろう?」
「姫、今の泰紀さんの説教、聞いてた?」
「いいや」
「…あ、そ」
食事の必要なんてないくせに、桃ちゃん達にお膳を用意させて姫まで一緒にご飯食べてるのはどうして?
…楽しいからだよ。
妖に常識を求めちゃいけないけど、ひとときの平和のために姫にだけは是非、持ち合わせて貰いたいもんだ。
「ちょっと、今日こそ帰るんでしょうね?」
「そんな予定はない。何故お前は毎朝同じ事を聞くんだ」
「そりゃあ、泰紀さんが出かけると今度は鴉が説教を始めるから、うざいのよ。いなくなれば良いと思って当然でしょう」
「煩く言われない行動をとればよいではないか」
黙々と箸を動かしながらこっちも見ないで正論とか、鴉の分際で何?
…おかんなんだよ。
妖のくせにお母さんみたく口うるさいから、あたしの長引いてる反抗期が絶賛発動中になるんだ。ああ鬱陶しいっ。
「朝霞の君がいらしてから、お館が毎日賑やかで楽しいこと」
「これは騒々しいって言うんだよ、楽しくない」
「あら、主様は楽しんでおいでですよ?以前は一言もお話にならない日が幾日も続きましたもの」
「その泰紀さん出して、お願い」
ころころ笑う小学生’sは、あたしの味方か?
…敵だよ。
最近気付いたね、2人は面白けりゃ何でも良いんだって。被害者が自分じゃなけりゃ、一緒に楽しむんだけどね。
「朝霞、夏が笑ったの!」
「この世で1番可愛い笑顔だっ」
「そーかい、馬鹿夫婦。赤ん坊が可愛いのは、当然だろうに」
「そう、当然なんだ。夏が可愛いのは摂理なんだ!」
毎朝毎朝、愛娘『夏』の本日の様子を知らせに来る青鬼夫妻は、正気か?
…狂ってるよ。
人間でも妖でも自分の子が世界一だって思うのは万国共通でしょう、それは認める。でもだからってなんで毎日報告に来るの、夫婦揃ってあたしの所へ!余所でやれ、余所で。
不本意だけど、この不条理で愉快な世界に喚び出されて、早20と2日。
今朝もあたしは元気です。
………疲労は蓄積してるけどね。主に人(妖)付き合いの。
着る物の件とか、お風呂の件とか、身の回りの必須事項が落ち着いた頃、長期戦になりそうなパラレル平安京滞在に腹を括ったあたしは、必要な知識を周囲に求めた。
政治的状況については、泰紀さんに。
妖と人間の関係については、姫と桃ちゃん鶸ちゃんに。
地理的事情については、鴉と青鬼夫婦に。
で、分かったのは。
身分制度や勢力図は、名前に微妙な差こそあれ基本、あたしの世界とほぼ同じらしい。
帝と呼ばれる天皇を頂点に貴族がいて、最も力があるのが藤野氏。藤原じゃなくて藤野って、どんな言葉遊びかと思うよね、マジで。
妖と人間の関係は想像以上にハングリーでびっくりした。
人間より身体的には遙かに強い妖を、己の妖力をエサにおびき寄せて力尽くで捕獲するとか、囮もいいところ。当然、年間に何十人もの妖術師見習いが死ぬんだそうな。当たり前すぎる結果だわな。
で、あまりに効率悪いこの方法に、見切りをつけた人達が編み出したのが必殺ギブアンドテイク。
妖力なり交換条件なり、妖が喜ぶものを提示して契約して貰う腰の低いこの作戦、以外に有効だと泰紀さんと鴉を見ればよく分かる。人間に中立だったり友好的だったりする妖は、敵に回すより手を組む方が巧く付き合えるに決まってるんだから。
誰だって上から目線で命令されるより、対等な立場でお話し合いの方がいいよね。
…ただ、その中でもあたしと姫の関係は特種だって、しつこいくらいに泰紀さんは言ってたな。そんなにくやしかったのか、そうか。ちょっと悪いことした、かな。
最後に、地方の地理についても、基本は現代で勉強したのと一緒だった。
荘園があり、後に武士と呼ばれる地方豪族がそこを管理し、貴族が甘い汁を吸う。
この都が始まって150年ちょっとだって聞かなきゃ、あたしは地方に逃げてたね。山口とか和歌山とか東北の上の方を外した田舎に。パラレルだって保元の乱や源平合戦はあるだろうから、アホな貴族が転けるなら逃走しますとも。巻き添えはお断り。ただ、後250年弱は平和らしいから定住決定っと。
こんな感じで生きていくのに必要な情報を収集し終えたあたしは、面白おかしく平安ライフを楽しむ予定、だったんだけど現実ってそう巧くはいかないらしい。
第一の誤算は、泰紀さんが先生顔負けの説教体質だったこと。
第二の誤算は、鴉が家へ帰らないこと。主に負けない説教家だったこと。
第三の誤算は、里へ帰してやったはずの青鬼が家族で日参していること。
更に極めつけは、頼んでないのに青鬼夫妻があたしと契約しちゃったことだ。
何も渡してないし、これからも渡す気ないのに、お礼とかなんとか都合のいいこと言ってあたしに真名を押しつけ(また姫に記憶を消して貰った)、人の名も奪っていきやがった。
脅迫犯で窃盗犯な妖って、どうなの?犯罪者にはカテゴライズされないわけ?!
されない。人じゃないから。
…そんなわけで、あたしの毎日は主に、泰紀さんの説教で構成されるという、イタイものになったんである。
「朝霞の君、本日のお召し物はこちらでよろしいですか?」
「は?今着てるのじゃ…鶸ちゃん」
にこやかに差し出された麻の小袖を見て、脱力しましたよ。
薄萌黄のシンプルでリーズナブルなこの一品、いつだったかお家を抜け出して姫と市を練り歩いたときに購入した、お忍びグッズじゃないの。
そんなもんいま出したら、
「朝霞の君?」
ほーらほらほらっ。泰明さんのおでこに青筋が浮いたでしょうが。あんまり怒らせると血管がぷつんと切れて危ないんだよ。
「行かない、行きません」
ごちそうさまと手を合わせながら、神妙に約束しておいた。最近、姫や青鬼夫妻とちょくちょく抜け出してたのを、ちくった鴉を睨みつつね。
あんたのせいであたしの自由が阻害されたじゃないか。
「そうおっしゃって、夕餉にその日お買いになったものを何度見せてくださいましたでしょうか?」
「…ごめんなさい」
鴉のせいじゃなかったか。うっかり自慢したくなった、自分が悪かったのか。
素直に頭を下げて、鴉にも目で謝ったのに、無視された。可愛くないな。
「いいですか?出かけてはなりませんよ?」
「なんで?別に危険はないと思うんだけど。姫もいるし、青鬼夫婦も一緒だし、桃ちゃん鶸ちゃんもいるんだから」
「だから出てはいけないと言っているんです。どこの娘が、力の強い妖と連れ立って京をそぞろ歩きますか。それも鏡の姫と青鬼だなど、目をつけてくれと言っているようなものなんですよ?!」
「あー誰に?」
「誰もにです!」
広範囲に敵がいるんだな、あたし。平凡な女子高生なのに。
注目されてるなんて想像もしなかったから、ひたすらそうだったのかと感心していたら、空気を読めない人がいましたよ。
「朝霞?もう行かぬか?」
うん、姫って超マイペースだよね!