15 夜は墓場で運動会
「………早いね」
「会いたいと言われたからな、急いだ」
「………ああ、そう」
惰眠をむさぼってたところを揺り起こされ、枕元にお化けのごとく座ってた青鬼と寝ぼけ眼でかわしたにしちゃあ、冷静な口調だったと思う。
時計がないんではっきりとはわからないけど、多分今は早朝じゃない?人んち訪ねてくるくらいだし。薄暗いけど、それって建物の造りのせいで、きっと外は明るんだよ。
そうだそうだと脳内で納得して、木戸の傍まで這っていきフルオープンして叫んだ。
「夜明け前じゃん!!」
有名小説のタイトルじゃないから。まんまの意味だから。
「まあ、お可愛らしい」
「本当に。頬がこんなに柔らかくていらっしゃる」
「ありがとうございます」
「鏡の道をそのままにと言うたのは、このためか」
「はい。恩人に子の顔を見たいと望まれたら、叶えないわけにはいきません」
「朝霞の君…言霊というものをご存じですか?」
「少しは人の迷惑を考えてものを言ったらどうなのだ」
こいつら…ここがどこだかわかってんだろうか。あたしの寝室なんですけど。そこに布団があるでしょうが、寝てたんですよ、さっきまで。まだ眠いんだって、めちゃめちゃ!暗いでしょうが、外!!
不機嫌にむくれる部屋の主を無視して、人口過密の部屋の中では好き勝手な会話が交わされている。
桃ちゃん鶸ちゃんは、青鬼の奥さんとおぼしき青い美人が抱いている赤ちゃんに夢中で、姫は時間帯関係ない魅惑の微笑みで青鬼と会話中。煩い主従の泰紀さんと鴉は、被害者であるあたしに説教中と来た。
い い か ら 出 て い け。
ってハッキリ言えたらどんなに楽だろうかね。
言えないよね~家主にも、妖にも、一介の女子高生が文句なんか言えるわけがないよね~。
だから寝不足の頭を抱えながら、黙ってあたしは座ってるんだけど、それでもだんだん我慢の限界は来るわけだ。
「あのさ、なんでこの時間なワケ?もうちょっと日が高くなってからにしようってTPOは、妖界に存在してないの?」
草木も眠る時間に来るんじゃないってイヤミは、青鬼の奥さんにしか通じなかった。彼女だけは状況全く無視の旦那や、生きていくことに時間があまり関係していないらしい妖の女性陣と違って、人間の事情というものを考慮してくれているらしい。
「すみません。わたし達の里では昼よりも夜に活動することが多いものですから、人間が眠る時間に頓着しない者が多いんです」
「あーですか…。確かに、真っ昼間から元気に働く妖とか、雰囲気ないですもんねぇ」
頻りに頭を下げてくれる善人に、言い募るほどあたしは性悪じゃない。
気にしないで下さいと苦笑いを浮かべつつ、そういえばこれまで会った妖がちょっと規格外れだったんじゃないかって事に、今更ながら思い至ったのだ。
微妙にパラレルとはいえ、あっちの世界であたりまえだったことが、こっちの世界でも常識だったとして不思議はない。
昼日中から横行する百鬼夜行なんて、聞いたことなかったわ。
そうそう。夜が妖怪の領分だって、かの有名なアニメのオープニングでも歌われてたよね。運動会は墓場で夜するもんだ。昼間は寝てるんだよね、お化け。
小学生’sも姫も昼間にうろうろしてるし、喚び出された鴉も日がある時間にばっさばっさ飛んでたから、忘れてたじゃないね。
理解できれば今が夜中だろうと明け方だろうと、文句言うだけ無駄だって気付いた。だからまだブツブツ言ってる泰紀さんと鴉を睨み付けて、不機嫌に切り捨てる。
「赤ちゃんが見たかったのよ。男のくせに、いつまでもうざい」
一拍置いて、寝間着に打着をひっかけただけの泰紀さんが扇(持ってきたんだよ、非常時でも)の影で溜め息を吐き、小さく頭を振って鴉が黙った。
今更呆れられようと、見捨てられようと気になんないけど、こいつらとはいっぺん話しをつけた方がいいなと、密かに決意しといた。覚悟しとけよ、あんたたち。
ま、そんな些細なことはどうでもいいよ。ともかくこうなったら、果たされた約束を堪能しようじゃないの。
奥さんの腕の中でもぞもぞ動いている赤ちゃんに、さっさと興味は移る。
小さいね、当たり前だけど。肌は青鬼よりちょっとだけ薄い青、かな?ふよふよ浮いてる灯りの玉じゃあんまハッキリ見えないんだけど、たぶん髪も濃紺じゃなく群青な感じ。目とかガラスみたいよ。すっごい綺麗な水色のガラス。
可愛いわ。自然と笑顔になっちゃうくらい、可愛い…。
不規則に動く手の小ささと、たまに口元に浮かぶ微笑みにノックアウトされて悶えてたら、奥さんが不思議そうにこっちを見ていた。
「あの…気味悪くないんですか?妖の子供」
「はぁ?なんで気味悪いの。すっごい可愛いんですけど。お許しが出るなら触りたい、抱っこして頬ずりしたいくらいなんですけど?」
この言い方、またあれか。人間と妖の間にあるという、越えられない壁だか越えたくない垣根だかが、根本にあっての発言か。
確認するように泰紀さんに視線を送ると、微かに頷いて見せたから間違いないんだろう。
あたしも島国育ちですし?白人さんも黒人さんも、見慣れてない単一民族の出ですけど?
人権擁護とか人種差別とか以前に、めんどくさいよその括り。人間だろうと妖だろうと獣だろうと、可愛いものは可愛いでいいじゃんか。
短期間で何度も遭遇した理解しがたいここの現状に、辟易として眉根を寄せてると、それを見ていた姫がクツクツと笑ってる。
「この娘はね、妾達の知る人の枠に入れてはならないのだよ。遠いところから来たと言うから、考え方も違うのだろう。妖を見て騒ぎはするが、それは畏怖や侮蔑でないし、そなたも人ではないと思うて相対するがいい」
「いやいや、人間はやめてないって」
フォローしてくれてるみたいだけど、さり気に人を人外みたく言うのはよそう、お願いだから。
明らかに楽しんでる姫の言葉にケチをつけたけど、奥さんにはこの一言が何やら衝撃だったようだ。
じっとあたしを観察して、探るように気になっていたらしいことを聞いてくる。
「では…この人の真名を与えて、その後あっさり手放されたというのは、本当なのですね」
……あんだけ言ったのに、青鬼ってば信じてなかったのか。
横目で余計な疑いの種をまいた男を睨み付けると、奴は顔色の分からない肌にばつの悪そうな表情を浮かべて明後日を向きやがった。
どんな言い方したんだ、あんた。奥さんすっかりあたしを疑ってたじゃないの!
「本当です。名付けたのだって仕方なくで、妖と誓約結ぶ方法も知らないのに、真名なんて持ってても意味ないでしょう」
「そうだったんですか。鏡の姫様と契約なさっていると言うから、てっきり妖術師になる修行のためにこちらのお館に身を寄せているんだと思ってました」
「すっごい誤解です。姫のことは後で本人に確認して下さい。妖術師の件も泰紀さんに聞いて貰えばわかります。ともかくあたし、妖を操れるようになってもいいことないんで」
「妖術師は人間達が憧れる職ではないんですか?お金持ちにもなれると聞きました」
「あたしは憧れない。お金にも今のとこ困ってないし、泰紀さん以外にも金づるはいるからわざわざ嫌な仕事をする気もない」
いざとなればあの男を脅そうと、泰紀さんの兄のかを思い出しながらきっぱり宣言すると、奥さんは納得できたのか頷いてくれた。
「本当に、人ではないんですね」
「人だから」
この一言がなければ、よかったんだけどねぇ~。こら、笑うな外野。特に泰紀さんと鴉!
ともかく、誤解は解けたようでよかった。
その後、勝手に打ち解けてきた青鬼と、にこやかに赤ちゃんを抱かせてくれた奥さんと楽しいひとときを過ごさせていただきましたよ。夜が明けるまで。
次回から昼間に来るって約束させたに決まってるでしょう。何遍も言うけど、あたし人間なんだって。夜中に墓場で運動会は、しない主義なの!
これは、著作権に引っかからないと信じてます!