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13 あいあむあ ゴットマザー

作中にファンタジー設定を冒涜する一文が出てきます。ご不快になった方、申し訳ありません。

 カラス天狗って、結構力持ちだった。

 青鬼の重そうな体を軽々と抱えてスタスタと鏡の道を通り(あたしはまたへろへろになった)、館について寝床に寝かせるまでを1人でやっちゃったんだから。

 確かにでかいんだよ。高足の下駄脱いで素足になってもあたしの身長は肩まで届かないし、よく見れば手や足のパーツがいちいち人の倍もある。

 我がことながら、よくこんな大男に喧嘩を売ったもんである。


「どうかしたか、朝霞殿」


 青鬼の世話にどこかから湧いて出た山のような女房の皆さんが動き回る中、部屋の隅に居座っている鴉をじっと見上げていると奴が気付いた。

 少し前まで人を斬り殺そうとしていたことなど忘れたように柔和な笑顔を見せているが、あたしの中でアンタは危険人物に認定されている。そう簡単に判定は覆らないんだぞ。


「いつまでいるのかと思って。泰紀さんからの対価は先払いなんでしょ?じゃあ用はないじゃない。さっさと帰りなさいよ」


 鴉が家主と交わしている契約は、彼等一族が住む山の維持なんだそうだ。

 青鬼をこんな目に遭わせたような身の程知らずの妖術師から仲間を守るために、住処ごと泰紀さんに買い取らせ、そこの管理をさせることで不法侵入を人間世界側からも防いでるんだって。物理的には結界張って自分達で防いでるらしいんだけど、不可抗力で子供なんかが攫われた時、泰紀さんの人間としての権力を発動するとあっさり仲間が手に戻るらしい。


 人間の最大の敵は人間ていう、とっても素敵な教訓を含んだ実話だ。とりあえずこれを教えてくれた姫には、人間がごめんなさいと謝っておいた。なんとなく立つ瀬が無かったんで。

 ま、そんなことはともかく、対価を既に受け取っているならさっさと山でも林でも帰ったらいいんじゃないかと、未だに鼻先が疼くあたしは不機嫌に考えるわけだよ。

 だが、敵は違うらしい。


「私には頸木が無い。であれば好きな時に好きな場所にいる自由がある。今は青鬼が気になるし…君にも興味が湧いた。今しばらくこの館に滞在する予定だ」

「何の興味よ、一体」


 到底あたしに好意的に見えない天狗が、どんな思惑でここにいるというのか。

 口元と違って少しも笑ってない目玉を睨んで問うと、鴉は見事に破顔した。


「誤解も解け、頭を下げてもまだ、私を信用しないか」

「お互い様でしょ。そっちこそあたしをまだ疑ってんじゃない」


 敵意に敵意を返すのは常識だと言外に教えてやれば、鴉の纏う空気が一瞬で張り詰める。


「…人は、好かん」

「本音をどうも。青鬼にあんなことした人間と一括りにされるは非常に不本意だけど、人間やめるわけにもいかないんでどうとでも言ってもらっていいわよ」


 奴の殺気がまだ燻ってることなんて、薄皮1枚切られた肌で充分わかっている。

 桃ちゃんに塗って貰った軟膏の重さを感じながら、あたしは鼻に皺を寄せた。

 試すだなんだ言ってたけれど、奴ほどの腕があるなら傷1つつけずに刀を止めることはできたはず。それをしないのはあの敵意が本気だったからに他ならない。


 現にあの後から、鴉の視線は常にあたしを捕らえている。どれほど遠くにいても、どれだけ違うことをしていても、常に奴の視界にあたしが収まっているのだ。

 どんなに鈍い馬鹿でも、あああからさまに監視されていれば気づかないわけがないのに。これも不審な人間を試す一環ってやつ?

 胡乱な視線を向ければ、鴉は眉を跳ね上げた。


「聡い娘のようで助かるな。私はお前を信用したわけではない。姫様にどのように取り入ったのか分かるまでは、ここにいるつもりだ」

「好きにすれば」


 疚しいところがないと言っても無駄だと知っているから、あたしはそれきり鴉を気にすることをやめた。

 ま、よく考えれば突然放り出された世界で、会う人会う人が自分を保護して優しくしてくれる状況こそが異常だったわけでしょ。こうやって疑い深く行動を監視されることこそ、当然だって思わなくもないのよね。

 そうと納得してしまえば、鴉なんか無視してそれまでよ。何より目の前には、こいつより大事なことが転がってるしね。

 薄い敷物と綿の入った長い着物だけっていう、現代日本じゃ信じられない寝具セットに寝かされた青鬼に近づきながら、肌が青いと顔色の善し悪しが分からないなとか、下らないことを考える。


「様子はどうなの?」


 枕元であれやこれやと本を繰っていた泰紀さんを覗き込んで聞くと、彼は珍しく難しい顔で首を振った。


「なんとしても新しい名をつけてやらねばならないのですが、どうやら私の妖術師としての力を無意識で拒んでいるようで、うまくいかないのですよ」


 ああ、名前がないとまずいって鶸ちゃん達が教えてくれたっけ。

 傷だらけで横たわる青鬼を見やりながら、簡単にいうけど名前って付けたり外したりできるもんなの?と首を傾げる。

 ま、泰紀さんが妖術云々言うあたりで、無力な人にはできないことだと分かったけどね。でも、それなら力ある妖ならどうなんだろう?

 向かいにいた姫に視線をやると、彼女はダメだと首を振る。


「妾の妖力は弱った此奴には毒になる。かといって桃と鶸では力が足りぬ。だからこそ朝霞がいるではないか」

「は?」


 にこやかな姫の口から漏れ出た自分の名前に間抜けた返事を漏らすと、そうだそうだと俄然周囲が盛り上がり始めた。


「ああ、朝霞の君ならば青鬼も抵抗しないでしょうね」

「そうですわ。妖力だけでしたら丁度いい釣り合いですし」

「よいお名前を差し上げて下さいね」

「いやいや、なにいっちゃってんのみんな」


 急に人に話を振らないでくれと、抵抗しても無駄だった。

 姫はよきに計らえってな具合だし、泰紀さんは解決策が見つかったとばかりに晴れやかな表情だし、桃ちゃんと鶸ちゃんは無邪気にはしゃいでるし、鴉はこっそり不機嫌だし。


「ちょっと聞きなさいよ、人の話を。待て、押し出すんじゃない」

「さあさあ、早く名をつけてやらねば、青鬼がどんどん弱りますよ」

「それは困るけど、人に責任押しつけないでよっ」


 何故、青鬼の耳元に顔を押しつけるんだ!


「わたくしどもに聞こえないよう、小さな声でお願いしますね」

「小さいとか大きいとかの問題以前に、この人の名前とか考えてないから!」

「直感でおつけになればよろしんですよ」

「人の名前をそんな適当につけちゃまずいでしょっ」


 大丈夫ですとか勝手に請け合っちゃいけません!


「安心おし。妾の名前同様、つけたら直ぐに朝霞の記憶から消してあげるから」

「それなら安心…とか言っちゃうのは、頭の弱いファンタジーの主人公だけだと思うよっ」


 あ、今全世界のファンタジーファンを敵に回した気がする。


「まさか、朝霞殿は姫様の名前を覚えていないのか」

「覚えてるわけ無いでしょうが!あんな危険な物をほいほい口にしたら危ないじゃん」


 妖の生死を握る権利なんか、金積まれてもいらないっての。あたしは平凡に平和に暮らしたいんだから。


 なんて葛藤も虚しく、周囲から急かされたあたしは嫌々青鬼の名付け親になった。

 直感でつけろとか適当ばっか言うから、本当にそうしてやりましたとも。青いし、青いし、青いし…青で連想するのは…


『青龍』


 しょうがないじゃん。ついこの間平安京だか平城京だかの特集番組を見たって言ったでしょう?

 あれ、四神相応とかで、でっかい青い龍が画面を泳いでたんだ。ここ建物や着るものは平安風だし、咄嗟だったし、後で後悔したってば。なんで鬼に龍ってつけるんだって。

 ま、姫に忘れさせて貰ったおかげで、そう考えてた事さえ彼方へ飛んでいったけどね。


「青鬼の呼吸が整いましたよ。ほら、傷も消えてきます」


 そらよかったこと。

 喜ぶみんなを余所に、ちょっとだけ柔らかくなった鴉の視線にあっかんべーをしていたあたしだった。



ゴットマザー=名付け親

こんな風だった気がします(ちゃんと調べろ)

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