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12 喧嘩上等

 さて、運ぶはいいけど、どうやって?

 …と、首を傾げたのはこの青鬼がやたらと大きい妖だったからだ。

 上から観察している時はあんまりわからなかったんだけど、うつぶせの状態から仰向けにしようとして気付いた。

 160あるあたしより、結構大きいよね…?明らかに190以上?


 無理でしょう。無理だよね。

 隣に立ってる優男を見上げて、専売特許の溜息を奪ってやった。

 泰紀さんだって小さくはない。あたしより頭1つは大きいから。でも、180そこそこの身長で、190オーバーの筋肉質の体を持ち上げるには、明らかに腕力とか、筋力とか足りてない気がするんだよ。


「そうあからさまな態度で示さなくとも、私に青鬼を運ぶ力が無いことは分かっています」


 がっつり態度で示したあたしを不機嫌に見下ろして、泰紀さんが指先で虚空に何かを描く。

 なんだか今日は一日中、この人と揉めてない?基本、売られた喧嘩を買ってるんだけど、今のはこっちが悪いか。売りつけたね、そう言えば。


「ごめんって。悪気がなかった…とは言わないけど、泰紀さんがひ弱に見えるのとか、肉体労働にとことん向いてなさそうなのとか、こんな時に役に立たないのは、偏に向き不向きの問題だってわかってるから、許して」

「何一つ褒めていないのは、故意ですか」


 拝んだら、鼻であしらわれた。ついでに扇の下で、はあーってやられた。

 ふん。多少の意趣返しじゃ、答えもしないか。やだね、年上は。人より長く生きてる分、簡単に手玉に取れないんだから。


「そなた等は、仲がいいね。まるでじゃれ合う子猫のようじゃ」

「ほんに。主様があのように気安い口を利かれるのを、初めて見ましたわ」

「ええ、朝霞様がお気に召したのですね」

「………泰紀さん」

「気にしないことです」


 うふふ、あははと楽しそうな妖様に、泣きそうになりながら家主を仰ぐと、表情に僅かな疲れを覗かせながら彼はゆるりと首を振る。

 つまりいちいち相手にするなって事ね。了解。面倒だからそうします。

 人間諦めが肝心と、生ぬるい笑みを浮かべて納得していると、ですがと泰紀さんは小さく呟く。


「私が他の方より、貴女を気にかけているというのは事実ですね」

「おや?トリップ物お約束の恋の予感?」

「とりっぷ?が何かは存じませんが、これは恋ではなく滅多に味わえない恐怖だと思いますよ。ほんの少し目を離すと某かの面倒や厄介事を抱えてらっしゃいますからね、貴女は。いつ己の身に火の粉が降りかかるのかと、常に肝を冷やすことになる」

「…あっそ」


 胸に手を当てて、もっともらしく眉根を寄せたその胡散臭さに、鼻白んでそっぽを向く。

 だけど、自覚があるだけに、痛いわ。酷いこと言われてるのに、反論の1つもできやしない。姫と契約したのって、結構大事だってことだよね。何しろ度々泰紀さんから発射される毒は、大抵姫がらみだからさ。

 自覚しているトラブルに、今度こそ自分からは名乗らないぞと意気込んで、さてこの妖をどうやって運ぼうかと当初の目的に戻った時だった。

 ばっさばっさと派手な羽音を響かせて、非常に怪しい色合いの、非常に見慣れない物体が空から目の前に降りてくる。


「お呼びか、主殿」

「ああ、急にすみませんでしたね、鴉殿」


 黒い羽根、頭に乗っかった六角形の小さなかぶり物、どっかの山奥で修行している人が着てる変なボンボンの付いた着物の黒バーションに、伸ばしっぱなしの髪と妙に整った顔。

 待て待て待って。泰紀さんが呼んだ名前といい、少ないあたしの知識にも、引っかかる存在がいるから。


「カラス天狗…」

「おや、朝霞の君もご存じでしたか」


 にっこり笑顔に引き攣り笑顔を返したよ。

 なんで急に妖が増えた?!まさかあれ?さっき何やら空中に書いてたあれで、呼んだりした?!そんな便利君なのか、妖って。そんで微妙にずれてるパラレルワールドにも、あたしが知ってる妖とかいるんだ!

 その昔、絵本になってた牛若丸に出てきたんだよ、カラス天狗が、と正面の妖をマジマジ見るとうっすら微笑みを浮かべて美しき妖が、お初にお目にかかる、とか言っちゃってる。


 姫や鶸ちゃんで学んだ。どうやら妖って言うのは綺麗な人が多いらしい。

 そこに転がってる青鬼は知らないけれど、このカラス天狗もあたしが生きてきた中で初めてってほど、整ったお顔立ちをしていらっしゃる。

 美形が妖のお約束って事は、もしかして泰紀さんも…


「私は人間です。おかしな妄想に浸っていないで、挨拶くらいしたらどうなんですか」


 読心が得意な家主に睨まれて、そういやそんな特技もあったなこの人と、諦めながらカラス天狗に頭を下げた。


「えー、諸事情有りまして泰紀さんのお家に居候している…あ、朝霞だそうです。本名は名乗れませんがよろしくお願いします」


 言い慣れない呼称につっかえながらも、今度こそは約束した通りに名乗らない挨拶を終えると、満足げな面々の生温い笑みに囲まれる。

 さんざん怒られた泰紀さんはともかく、なんで姫や桃ちゃん鶸ちゃんにまで、子供を褒める親のような目で見られなきゃならないんだ。あたしはそんなにダメ人間じゃないぞ。断固抗議する!

 …と息巻いてはみたが、前科が前科だけに口に出せずに撃沈した。だって2回も失敗してるわけだし、姫にはそれが原因で契約して貰ったようなものだし、彼等があたしの保護者面するのもあながち間違っちゃいないんだろう。

 この手のことは徐々に信頼を積み上げるしかなかろうと、取り敢えず忘れたわけだ。


「いそうろう…?世話になっていると言うことでいいのだろうか?私は貴女が言われた通り、カラス天狗だ。主殿と契約し、必要な時に力を貸しておる。どうぞ鴉と呼んで欲しい」

「鴉さん、ですね」


 居候も通じないのかと思いながら、結構安直ネーミングな鴉さんとファーストコンタクトを終えて、ちらりと泰紀さんを見上げると彼は鷹揚に頷いて見せた。

 偉そうにしているけど、自分で運べないから助っ人呼んだって事なワケね。つまり、鴉さんは青鬼を館に運ぶためだけにここにいる、と。気の毒に…。

 しかし被害者である鴉さんはそんなこととは露知らず、妖の世界では有名人だっていう姫に跪いて対面のご挨拶を始めていた。


「姫様、ご挨拶が遅れて申し訳ござりませぬ」

「よいよ。鴉の主は坊やじゃ。まずはそちらに頭を下げるは道理」

「寛容なお言葉、ありがとう存じます。しかし、姫様が主殿と居られるとは珍しい」

「ああ、妾は朝霞の守護だからね。坊やといるわけではないのだよ」


 それまで和やかに進んでいた会話が、一端途切れて辺りに冷気が漂い出した。

 これは知ってる空気だぞっと鶸ちゃん桃ちゃんを見ると、彼女達も困ったようにあたしと泰紀さんに目配せをくれる。

 きっと多分絶対、姫があたしを守護してるって言うのが気に入らないんだよね?

 まずいなぁと内心舌打ちする心境だったところに、ついっと殺気を孕んだ顔を上げた鴉さんの声が拍車をかけた。


「…姫様が、朝霞殿を、守護?」


 地の底を這う声に気付いているだろうに、姫は面白そうに口端を上げただけでフォローをする気はないらしい。


「驚いたかえ?確かに珍しい…いや、初めてのことではあるが、その娘は中々どうして妾を退屈させぬのだよ」

「それはそれは…姫の暇つぶしになれるなど、人の身にしては珍しく役に立つことで」

「おいこら、さらっと人権を無視するんじゃない」


 姫はともかく、なんで初対面の鴉にその言われようをしなくちゃならないんだ。

 全く利害関係が無い上、失礼な奴には倍返し対応を旨としているあたしは、間髪入れずに突っ込みを入れてやったんだけど、言われた鴉は(もうさん付けすんのやめた)やたらめったら驚いた顔でこっちを見ている。

 それらの行動の端々に、人に対する蔑みが垣間見えて、腹の立つったらもう。初対面では隠してたわけね、上手に。


「…かような口の利きようであるのは、姫様の守護あってのことか?」

「知るか、そんなもの。姫に守って貰っていようと無かろうと、腹が立てば言う」

「人がカラス天狗に勝てると?」

「負けても言う。妖を不当扱う妖術師にもむかつくけど、人間をコケにする妖もムカつく」


 いい妖にしか会ってないと思ったのはついさっき。そんで、目の前の妖に喧嘩をふっかけているのはたった今。

 人の気持ちって一瞬あれば変わるよね、とか考えながら、背後から短めの刀を引っ張り出してきたカラスを睨み付け、一歩も引くもんかと踏ん張った。

 ひ弱で日和見主義の現代人が、刃物を手にした相手に勝てるわけがない。だけど引くに引けなくなっているのが現実だ。


 ちらっと姫や泰紀さんが助けてくれるんじゃないかと甘いことを考えないでもなかったけど、ここまで手も口も出さない彼等がどうにかしてくれるとも思えない。

 何より自分で買った喧嘩の後始末を、保護者にさせるなんて格好が付かないことこの上ないじゃないか。

 全く、些細な口げんかから命がけの展開になるなんて割に合わないと嘆きつつ、振り下ろされる銀の刃から目を離すことなく仁王立ちしていると、見事刃先はあたしの鼻先の皮膚1枚を切ってピタリと止まった。


「成る程。姫がお気に召す理由が分かり申した。失礼した、朝霞殿。貴殿は誠にその心意気だけで、彼の方の守護を勝ち取られたらしい」

「…そりゃどうも。頼んでもないのにテストして貰って、恐悦至極でございますこと」


 ニヤリとしか表現しようもなく笑った妖に、けっと返事をしたところで駆け寄ってきた鶸ちゃんと桃ちゃんにしゃがませられる。

 随分乱暴に引っ張るなぁと思ったところで、実は自分の足が萎えていたんだと気付いた。だから小さい子がちょっと着物を引っ張ったくらいでへチャリと座り込んでしまったのだ。


「大変!血が出ていらっしゃるではありませんかっ」

「鴉、そなたやり過ぎじゃ」

「すみませぬ。どうしても朝霞殿のお人柄を知りたかったもので」

「だからといって女性に血を流させるとは、何事ですの」

「鴉殿。ここで女性に逆らっては碌な目に遭いませんよ。早々に謝ってしまうが身のためです」

「そのようだな。すまなかった」

「わたくしたちに謝られても困ります。朝霞の君に、ですわよ」


 頭上で好き勝手に交わされる会話をぼんやり聞きながら、そんなことどうでもいいから、早く青鬼を運んでやろうよとあたしが思っていることを、なんで誰も気付いてくれないのかな。

 ただお風呂に入りたかっただけなのに、なんでこう、次から次へと厄介事が降ってくるんだか。

 はぁ。



青鬼は放置プレイ中。

パラレルでは日本の歴史上の平均身長は無視しています。

本来、男子は160前後、女子は150前後、らしいですよ。でもそれだと主人公が大女になっちゃうので、捏造、捏造。

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