出会いイベント2
とりあえずデリートしとくかーとばかりにへし折られる帰還フラグ。これってテンプレートかな?
まあだいたい、メシアなんぞと銘打たれたからには、世界を救うまでは帰れない。キリストは人々の身代わりになって初めて天上の世界に戻っていった。勇者の剣に選ばれた少年が魔王を倒す前に母親の元に戻るのだって、ストーリー展開上どう考えてもおかしい。
不本意ながら自分がルディカなんだってことは脇に置いておく。そういうもんだって思うしかない。なんたって異世界だ。ここではそうなってる。入れ墨が光る。はいそうですか。それに奴ら言ったって聞きやしないし。
さて、そんなあたしの場合。選ばれしルディカの役目は世界の矯正なんだという。ルディカがいさえすれば世界は正常になる。うん、これが仕事なら超簡単だな。でも裏返すと、ルディカがいなければ世界は直らないってことだ。
……そりゃあフラグもへし折られるな。納得できるかは別だけど。
感情と別のところで、その仕組みを理解は、した。
なんだかよく分かんないけど、わたわたと人が呼びに来て、お兄さんとラタムは出て行ってしまった。聞き耳立てたら王がお呼びです、とか言ってた。びびる。若干聞いたこと後悔した。
その代わりなのか、お兄さん達を呼びに来たお使いの人の一群(そう、わざわざ集団で来たんですよ……。こういうのって威厳とかの問題なのかな?)から、女の子が一人あたしのところに残った。
くるんくるんの金髪に桃色の頬、ぱっちりお目め。ぴしっと姿勢正してあたしに向かいあってくるわけですが。はっきり言いましょう。この子めちゃくちゃ可愛い。
さっきのエルフと並べたいかも。目の保養。金髪で、この子も欧米のにおいがする。ただ、どことなく日本風なんだ。ハーフとかクオーターの子みたい。親近感が湧く。あたしと同じくらいかな。ちょっと年下かな。
っていうかやっぱり美形率……。あたしはごくごく平均的な日本女子なんですが。あんまり並べてくれないでほしいんですが。
「初めまして、ルディカ。わたくし、この度ルディカづきの侍女を拝命致しました、ピーチュ・エミと申します」
華奢な手足や細い腰についつい視線を奪われていたあたしは顔を上げた。
ピーチュって。桃か! 桃だ! どうしよう可愛い!
ん、今侍女って言った? メイドさん?
メイド服着てないよ? あ、やばい、超似あいそうだけど。こんな子がメイド喫茶にいたら世の男性陣はめろめろだよ。
「え、あ、ありがとうございます?」
っていうか反応に困る! え、あたしの侍女なの?
「どういうこと? って、ああ、ごめんね、そうじゃなくて。ええ、侍女? そんな、うえ、あたしに侍女なんか、それもこんな可愛いのに」
「まあ。そのような、もったいないお言葉。ルディカが優しそうな方で安心いたしました」
って、そうじゃなくて!
「あのね、あたし、成木蓮子っていいます。気軽にハスで良いから。それとあたしに敬語なんか良いですから」
「そういうわけにも参りませんけれど」
ピーチュはそう言いながらにこにこ笑っている。
「いや、でもね、あたしって一般人だから」
「そんな! あなたはルディカですよ!」
ずずいっと身を乗り出してくる。頬なんか赤らめちゃってさ。ああ、もう、可愛い。なにこの生き物。
「ですが、ハス様ですね。承りまし……いいえ、分かりました。ハス様こそわたしなぞに敬語を使うのはおやめ下さいね。示しがつきませんから」
釘を刺すのは忘れない。示し、示しか。うわあああ。
とはいえ、少しは口調もフランクにしてくれるらしい。敬語に変わりはないけどな! ネバーギブアップあたし。
「ピーチュちゃんは侍女なの?」
「はい。ルディカづきなんて名誉なことです」
そうか、まあ、聖女様だもんな。侍女の一人や二人……ううう寒いよう落ち着かないよう。
「あれ。でも、早くない? あたしって、さっきここに連れてこられたところだと思うんだけど」
「はい、そうですね。でもこんなものじゃないですか? わたしも初めてなので分かりませんが、ルディカの現れは唐突なこともままあるようですから。まだハス様のことを知っているのはごく一部ですよ。近衛兵の方の判断が適切だったようで。騒ぎになる前に保護できて本当に良かったです。今のうちに上層部でそれなりの体裁を整えることもできますし。まあ、そうは言ってもすぐに王宮中に噂が駆け巡るのでしょうが」
ピーチュはそう言ってくすっと笑った。あたしの顔はひきつった。怖い。
そうか、今更だけどここってやっぱりそういう場所なのね。
「ルディカって、そんなにいるものなの? あ、でもピーチュちゃんは初めてなんだっけ。ごめん、あたしね、自分がルディカだとか実感湧かないの。ええと、ほら……なにしろ突然だったから」
「そうなのですか。ルディカは百年に一度、至高なるルドゥキアが使わして下さると伝承にあるんです。ラタム様からはまだ聞いていないですか?」
「うん。割とすぐにお呼ばれして行っちゃったから」
「ああ、そうですね。それも含めて、今は方々大急ぎで準備を進めているところですものね。ベルの任命が終わればまた他の方々と一緒にお見えになるかと思いますが」
「ベル?」
さっきラタムも言っていた。
「ベルについての説明もまだでしたか? まあ。そうですね、なんと言えば良いのか。ベルというのは、ルディカに付随するものと言われています」
「ルディカに? それってつまり、ええと、侍女とかみたいなものってこと?」
「そうですね、仕える立場、とは少し違うような。確かに護衛や相談役として置かれるのですが……歴代では年頃の王子殿下がなられることも多かったようですし。ベルというのは男性です。たいてい、一人のルディカに対して四人ほど」
「そんなにいるの!」
「最初のルディカがおつきとして四人を選ばれたようで。それから伝統的にルディカづきの男性をベルと呼ぶようになっているんです。そう、守り手という表現がふさわしいでしょうか」
なんだか気が遠くなるような話だ。にしてもルディカって聖女なんでしょ? 男を近づけるのってどうなの。額を押さえるあたしに、ピーチュは目を輝かせる。う、なに。
「それに、こう言うとちょっとぶしつけになるんですが、ルディカはたいていベルの一人と結ばれることが多いんですよ!」
明るいブラウンの瞳がまたも乗り出してくる。可愛いねー綺麗ねー。ってちょっと待て。
「結ばれるって……はあ?」
「素敵ですよね!」
きらきらした瞳で指を組むピーチュ。あたしはぽかんと口を開けた。
そりゃあそういうロマンスは女の子は大好きだよね。それは分かるよ。お姫様と騎士は王道。
でも、でもさあ。
「要するにそれって男侍らせてるみたいなもんなんじゃないの……」
遠い目になってしまったのは許してほしい。最初のルディカさん、なにしてくれたんだ。むしろなにをしてたんだ。穿ちすぎですかね。邪推してごめん。ピュアじゃないの。
「ハス様はそうなさらないんですか?」
「そうなさるって」
「あ、ごめんなさい。まだベルの方々とお会いしてもいないのに、気が早かったですよね」
「いやいやいやいや」
ぽっと頬を赤らめてるのはとっても可愛いわけだけど。
「あの、ベルって本当にそういうものなの?」
「なんですか?」
「うええっと、その、結ばれるとかなんとか……」
気まずいし舌噛みそうだよ。察してくれ。
と思ったけどピーチュはきょとんと首を傾げるだけだった。あたしはいや、と手を振り、曖昧に濁す。
ルディカが百年に一度っていうんなら、きっとおとぎ話みたいなものなんだと思う。お姫様には王子様。騎士様だっけ。どちらにしてもハッピーエンド、「それから二人は幸せに暮らしました」だ。そういうことなんだろう。
――でも、どこか、むずむずする。奇妙な心境。
「ルディカって聖女なんでしょ? 神様に操を立てるとか、そういうことはしなくて良いの?」
「まさか。いくら至高なるルドゥキアでも、人の婚姻に口出ししたりは致しません」
そうか。こちらには聖職者の妻帯禁止なんてものはないのかもしれない。
でもなーんかしっくりこないなあ。こめかみをとんとんと叩くあたしをピーチュが首を傾げて見ている。そんな風に思うのはあたしが余所者だから?
ルディカ、ルドゥキア、それからグルデナにベル? 正直、頭はもういっぱいいっぱいなんだけど。異世界。もうそれだけで許容量は超えているから、どれだけ増えても一緒といえば一緒かな。なんだか悟りが開けそうだ。
ピーチュの口振りからすると、これからまだベルの人達とのご対面があるみたいだし。笑っちゃうね。あたしのベル、あたしの騎士様っていうんだから。
どうも字面からりんりんベルを想像してしまうのは致し方のないことだと思う。りんと鳴らして騎士を呼ぶ高貴なお姫様。現れた騎士の首にはリボンがついていて、りりん。……なんか変な想像になった。猫の首輪じゃあるまいし。
しょっぱい気持ちになっていると、まさしく、扉の向こうから呼びかける声がした。まじでか。このタイミングで来るのか。気まずいな!
きびきびとピーチュが立ち上がる。
「いらしたようですね」
あたしもつられて腰を上げる。ベルの方々が、ルディカに面会を求めておられます。ご挨拶をと。そう聞こえた。そうですか、はい、そうなんですね。
「大丈夫ですか、ハス様? 許可を与えても?」
「だ、いじょうぶ。大丈夫、うん」
話を聞いた分、緊張してきたみたいだ。断って、深呼吸をし終わるまでの間だけ待ってもらった。
ピーチュの応答。そして扉が開かれる。
あたしは彼らに対峙した。
侍女はメイドさんよりも位が高いのよ、ハスちゃん。
という設定でお送りします。主人公がんば。