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聖女の宿命  作者:
11/32

森へ行こう!1

「聖女の森? 聖女の森って、あの裏の森のことじゃないの?」


 お披露目が終わって、一応あたしの王宮での立場は確立されたということになるらしい。


 だからってあたし自身のなにが決定的に変わるわけじゃないけれど。でも、それでも、あたしがデイモール王の庇護下にあるとはっきりと示すことはとても意義深いのだと、そう聞かされていた。


「うん、あそこもそうなんだけどね」

「俗に〈聖女の森〉と呼ばれる場所は、この国内だけでも数十ヶ所ある。そのどの森にもそこに聖女が降り立ったという伝説が付与されている。まあ信憑性についてはどうだか分からんがな」

 横からラタムが口を挟む。

「ただしこの王宮の裏の森と、それから今こやつが言った森だけは、その伝説が正しいもの、と認知されているのだ。この城が第四聖女の現れた森の傍に寄せて建てられたとは、建国記にも記載されたことであるし」


 そっか、四番目っていうのはあの国作りして王様と結婚した彼女だよね。ロマンチックだなあ。相変わらず淡々しすぎて情緒がないけど。


「それに、もう一方はお前のすぐ前の聖女、たかだか百年前のニゲルだ。本人の申告の記録も残っている。まず間違いはない――私は反対だぞ。そもそもそんなもの、許可が下りるのか」


 なんだかんだ律儀に説明をし終えたラタムは、本当に嫌そうな顔をしていた。基本的に引きこもりだからなあ、こいつ。あたしの部屋に来るのもやめて、ずっと本読んでたいとか思ってそう。


「残念。もう陛下に許可は頂いているんだ」

 言い出しっぺのジギリスが肩を竦める。あ、エルフ固まった。


 今話しているのは、あたしと、それからベル四人とで、少し遠出をしないかということだった。行き先は、話に出ていた〈聖女の森〉。


 あたしが落ちた森、王宮のすぐ裏手にあるあそこが〈聖女の森〉と呼ばれているのは、あたしも早い段階で知っていた。名称からてっきり聖女は皆が皆あそこに現れるのかと思っていたけど、今の話を聞くにそうでもないらしい。

 そもそも出現場所はなにも森に限らないのだそうだ。後から聞いたところによると、貴族の庭のど真ん中だったこともあるとのこと。なにそれ気まずい。


「陛下まで巻き込んでいるなら、それはもう決定事項と同義じゃないか……」


 ジギリスの言葉に、アサキオが眉間を揉んだ。そうね、最高権力者の許可だもんね。ややあって、はあ、とため息。お疲れさん。


 というわけで、我々の森行きは決まった。日程はその次の日だった。唐突すぎるよ!




 翌朝はよく晴れていた。うん、最高のお出かけ日和だ。どんまいエルフ。


 まだ朝の早い時間に王宮を出る。いつもより二時間も早く起きた。朝ご飯、祈りの時間、色々と前倒しをして、正門から外に出る。


 あたしと、それからエルフが乗るのに馬車を用意してもらったんだけど、情けないことにあたしは最初の休憩までに気分が悪くなってしまった。うえええ。


「大丈夫か?」


 随分と顔が青くなっていたらしい。不機嫌だったはずのラタムにまで心配されてしまった。


「んー、あたし、ちょっと閉所恐怖症の気があるのよね」

「ヘイショキョウフショウ?」

「狭いところが苦手ってこと」


 全く乗れないわけじゃないけど、バスや電車も苦手。高校は徒歩圏内であることを第一条件に選んだ。


 そこからはアサキオとジギリスの馬に交代で乗せてもらった。なんだか初体験でどきどきした。お尻は大分痛くなったけど、でもああ、新鮮な空気!


 平野の中に、その森は忽然と現れた。それほど大きくはない。私の通っていた小学校には裏山があったんだけど、せいぜいそれの二倍程度な気がする。


「昔は、盗賊のアジトがあったらしいよ」


 笑顔で怖いことを言わないで下さい。っていうか、それ、前のルディカさんは大丈夫だったの?


 掛け声を受けて、一定の速度で進んでいた馬の足が止まる。この子達は森の入り口に繋いでいくそうだ。馬車を動かしてくれていた気の良い御者さんもここで待機。

 ……思いの外、足ががたがたになっていて馬から降りられなかった。困っていたら、アサキオが脇に手を入れる。うえっ、ちょっと!


「ちゃんと立てるか?」

「あ、ありがとうございます……」


 ぽんぽんと頭を軽く叩かれる。あたしって、この人に子供扱いされてるんではないだろうか。気になる。

 最近笑顔が多くなったな、なんて、ぼんやりと思う。


 ぎくしゃくと動かしてみたら、歩くことに支障はなかった。昼食の入ったバスケットを持って、動き出す。


「ナノ? どうかした?」


 ぼうっと突っ立っている赤毛の彼に声を掛ける。そういえばなんだか、今日は朝から口数が少なかったような。

 彼ははっと振り返った。慌てたように手を振る。


「いや、別に! なんでもない!」

「いや、そういうの逆に怪しいから」


 思わず生温い目になっていると、歩きながらジギリスが思わせぶりに首を傾けた。


「ナノは昨日初めて夜番だったからね。変な想像でもしたんじゃない?」


 夜番というのは、あたしの部屋の前の警護のことだ。ふうん、昨日はナノだったんだ。ってことは徹夜か。それでよくあんな軽やかに馬乗ってたな。あたしはがくがくだったのに。

 ついつい逆恨みでじとっとした目を向けてしまう。ナノは瞬時に真っ赤になった。


「違う! そんなんじゃないから!」

「またまたそんなこと言ってー隅に置けないねーこのこの」


 ジギリスがナノの肩を突っつく。振り払われても、振り払われても、また突っつく。うわあうざい。

 ってかお前は親戚のおばちゃんか。その容姿でやると色々台なしだよ!


「だから違うって言ってるだろ! ――あ、う……ない、です」


 おお、凄い。とっさとはいえ、ナノが隊長殿に対して敬語じゃなかった。

 ジギリスも同じことを思ったらしい。大真面目な顔をして、快挙? と呟いている。……ラタムに聞くなよ、困ってんじゃん。


「ジギリス、あまりからかうな」

「ごめんごめん」


 前を歩いていた保護者から流石にセーブが掛かった。と思ったらお前も笑ってるのか! 駄目隊長組!

 ナノは赤い顔のまま無言で俯いている。


 ……まあ、徹夜だしな。色々と疲れてるんだろう。ジギリスにからかいのネタを与えるなんて、可哀想なことをしてしまった。


「……ハス?」

「え? いや、なーんにも思ってないよ! 不憫キャラ面白いとかちらっとも思ってないよ!」

「……そうかそうか」

「目が据わってんですけど大丈夫ですかナノさん」


 あたしは空笑いして、行こう、と声を掛ける。うん、話題は即座に変えるべし! 立つ鳥跡を濁さず!


「っと」


 ナノが右の耳を押さえた。どうやらピアスが落ちそうになったらしい。


「大丈夫?」

「……ああ、悪い。ちょっと金具が緩んでるみたいでさ」

「いつも弄くってるからでしょ」


 癖なんだろう。彼は始終耳を触っている。まあ、なんていうか、家族のこと大好きなんだろうなと思うけど。あたしも父親に夜店で買ってもらったちゃちな指輪を、ずっと大事にしていたし。


「そうだな。気をつけないと」


 ナノはやっぱり上の空のようだったが、あたしの視線に気づくと、困った風に笑った。




 森の、だいたい中心部だろうか。木々が開けた空間があった。先導してきたジギリスはここの存在を知っていたのだろう。さっさと敷物を取り出して広げている。

 時間もちょうど良い頃合だった。メイドさん達が作ってくれたサンドイッチのようなもの、甘くないビスケットといった軽食を、皆でつまむ。


「ピーチュも来られたら良かったのになあ」


 少しべたつく指を舐めながら、あたしはぼやいた。甘酸っぱい果物のソースが美味しい。ベリー系のなにかかな。行儀が悪いと言ってラタムが手を拭く紙を回してくれる。


 本当は来るはずだったのだけど、直前になって家の方から呼び出しが掛かったのだ。意地悪な伯母さんが、と膨れっ面をしていた。可愛かった。


 ぐるりと四人の顔を見回す。皆さん、それはそれは綺麗ではいらっしゃるんだけど。でもあたしは女の子が欲しい。華がないよ。


「さて、腹ごなしにちょっと運動でもしない?」


 食べ終わったジギリスが立ち上がる。荷物に細長い包みが入っていて、これは一体なんなのかと思っていたのだが、どうやら木刀だったらしい。

 その提案に、ナノが率先して手を挙げた。目が輝いている。男の子だなあ。


 平らな地面を選んで、向かいあいお互いに礼をする。


 あたしは剣には全然詳しくないから分からないけれど。実力差がある、ということなのだろう。二人の手合わせは、どちらかというと稽古の様相を呈していた。まずナノに動かせて、ジギリスがその攻撃を受け流す。一撃ごとにアドバイス。その繰り返しだった。

 動きがとにかく素早い。目で追うのが大変だ。

 途中からはジギリスも反撃に転じた。ナノも駆け回るように周囲を巡って健闘したが、最終的には木刀を弾き飛ばされてしまった。あたしは思わずおおっと声を上げる。


「凄い凄い!」


 戻ってきたナノに声を掛けると、視線を泳がせた後でへへっと笑っていた。あはは、照れている。ジギリスが僕は? なんて言っていた。はいはい、あなたも凄いよ。


「アサキオはやらないの?」

「そうだな」


 声を掛ける。約束だったもんねー。


「ほらアサ、来いよ。ハスのご指名だよ?」


 くいくいと指で合図するジギリスに笑って、アサキオが立ち上がった。

 そしてまた、一礼。視界の端ではラタムが本を読んでいる。


 アサキオとジギリスのは、なんだろう、こう言うと失礼なのかもしれないけど、ちゃんと、模擬試合だった。ナノと二人で無言で見守る。あたしは、いつの間にか手を握りしめていた。

 ひらひらと遊ぶようなジギリスの剣先に対して、アサキオはどこか真っ直ぐだ。性格を知っているからそう感じるのかもしれない。それでも偶にフェイントなんぞを使ったりもしていて。


 なんていうかな。良いなあ。

 ……格好良いなあ。


 心から楽しそうに笑っている。その笑顔を、見ていた。


「――参りました」


 喉元に剣を突きつけられて、ジギリスがおどけたように目を回してみせる。あたし達は顔を見あわせて笑った。


 なにがおかしいというわけでもなかったのだけど、それからはしきりに笑い転げてしまった。我関せずって顔を貫いているラタムのことすら笑いの種になった。相当だな、あたし。


 森の中の全てが凄く綺麗に見えたのだ。穏やかな春の一日だった。青い空と柔らかい緑の下で、皆で日差しを浴びていた。これがじきに大切な記憶になることを知っている。

 ねえ、そういう瞬間って、あるでしょう?


はい、フラグフラグー。


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