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聖女の宿命  作者:
10/32

日常パート4

嘘でしたもう一話あった…。

というわけでお披露目回です。

 帰りたいなら帰りたいで、それで良いと思うんだ。

 これが、あの夜の日々を越えて、目覚めたあたしが出した結論だった。


 異世界なんて常識の通用しない事態に見舞われて、どうやらさしものあたしも錯乱していたようだ。


 異世界? 結構。聖女様? 結構。どんと来いよ。それがなんだってんだ。

 単純に、今まで帰ったルディカがいないってだけでしょう? 帰る術がないって断言されたわけじゃない。気休めだと思うかな。でも、結局はなにがあったって気の持ちようなのだ。気持ち一つ変えれば、それで十分。動き出せる。


 あたしは帰りたい。帰ろうと思う。帰るんだ。

 絶対に。


 その志一つで、十分だったんだよ。




 次の日の朝は流石にアサキオと顔を合わせるのが気まずかったけど、彼は笑って、おはよう、と言っただけだった。あたしは俯いてぼそぼそ挨拶を返した。羞恥プレイか!


 あの夜のことはどちらも触れなかった。そもそも非日常だし。日常で口に出すことじゃないし。一度二人きりになった時、あたしは一言ありがとうとだけ呟いた。彼はまた笑ってくれた。


 起きて、挨拶をして、祈って、勉強して、ちょっと交流を深めて、眠る。ここでの生活は、あたしの日常になった。日本とは全く違う、デイモールという国。ここは異世界。あたしはそれをしっかり心に刻む。






 ルディカ。聖女様。巫女姫殿下。

 そのお披露目の日がとうとうやってきた。


 前日ともなるとピーチュはもう走り回っていて(文字通り)、あたしも怖い女官さんやらなにやらに拘束されて大変だった。

 祈りの時間だけはいつもと同じだけ取られるから、その後、あたしは大急ぎで儀礼装に着替えさせられた。


 ルディカの正装というのは、まず遠目に見ても威厳あるようにということを念頭に置いて作られているのだそうだ。つまり、やたら重厚な帯だとか、重たい宝飾だとかがひたすら連ねられる。勿論裾はずるずるのずる。ドレスっていうのかガウンっていうのかとにかく長いスカートを何枚も重ね着して、つけ襟につけ袖につけ裾? その上にこれまた長い上着。

 もう動きづらいのなんのって。ただし聖印があるから、たっぷりとした袖は肘辺りまで。それでも露出は良くないってことなのか、幅広の布が腕に巻かれた。指と手の平とを覆う手袋と繋がっていて、右の手の甲だけが出る仕組みになっている。ほどけても自分で巻き直せる気がしない。


 ちょうど正午、太陽が昇りきる時間に、城のバルコニーに出て挨拶をした。国民に。……その予定を聞かされた時には目が点になった。

 そんな皇族みたいなことするのって素で聞き返した、ら、馬鹿な子を見る目で見られた。はい、そうですね、ルディカって聖女様でしたね。ちくしょうエルフめ。


 まあ、そうは言っても所詮あたしなんてつけ焼き刃。お辞儀して手を振るだけで良いと言われた。その「だけ」の練習に何十時間も費やしたんだけどね! 優雅がトラウマになるよーう。


 で、肝心の練習の成果であるわけだが……結局、想像以上の歓声にびくついて頭が真っ白になってしまった。それでもなんとか身体は動いていたし、酷いへまはしていない、と思う。そう思いたい。だれもなにも言わなかったし。ううう。


 その後は王城付属の神殿に移動して、ルドゥキアの加護に感謝を捧げる儀式。神殿長のおじいちゃんがよぼよぼしていてはらはらした。ありがたいお話は非常に長かった。良いから休んでほしいってたぶん神殿中の人達が思ってたよ……。


 それでもって王様に拝謁して、なんか面倒見てくれてることのお礼やらを述べて、一旦自室に下がって休憩。名目としては。

 実際には鬼気迫る女官さん達が待ちかまえていたわけでございますが。はい、衣装替えですよー。


 夕刻から始まる王妃様主催の夜会があって、あたしはまだこれからそれに出席せねばならないのである。ああ、解放の時は遠い。夜会とか夜会とか。そんなセレブリティーな世界!


 しかも主役だからある程度まではいなきゃ駄目らしい。二次会には出なくて良いけどせめて一次会はいろよってそういうこと?


 流石にあの正装のままじゃ動けないから、今度はもっと生地の軽いものに袖を通す。形も、いかにも聖衣って感じの身体の線が出ないタイプから、もう少しドレスに近くなっている。妙な手袋もどきは健在。


 化粧も舞台メイクみたいな派手なのから清楚系にチェンジ。顔が凝る。助かったのは髪はずっと下ろしたままで良いという判断があらかじめ下されていたことだ。複雑に結い上げられたりしたらどうしようかと思った。

 若干紐編み込まれたり花飾られたりはしたけど、まあこれくらいは。って許容しちゃってる自分がやばい気がする。


 美容院で髪を切られているときと同じような、手持ちぶさたな時間が終わり(美容師さんの代わりにピーチュが話し相手はしてくれてたけどあたしは申し訳ないことにほとんど上の空だった)、少し空いた時間でお茶菓子をつまんだ。お煎餅みたいなやつ。そろそろあたしの好みを熟知し始めた、そんな我らがモモちゃんが持ってきてくれた。


 夜会ではたぶんゆっくり食べたりなんかはできないだろうからってさ。くそう、豪華なお食事とかちょっと楽しみにしてたのに。


「皆様お見えです、ハス様」

「え、もう?」


 やっとくつろげると思ったってのに!


 ベルの四人とは今日は基本的に別行動で、毎朝恒例の挨拶の時(今日は授業がないからラタムも来た。びびった)と、あとは昼のバルコニーでちらっと顔を合わせただけだ。


 これから夜会の会場へは、彼らにエスコートしてもらう形になるらしい。はは、周りにどう見られるかとかは考えちゃ駄目だ。

 美形侍らせた醤油顔……。考えないってば、あたしいいい。


 一番最初に入ってきたナノはあたしを見るなりおおっと声を上げた。女官さん達のメイク技術はまじで凄い。ふふん、どうよ。醤油顔も化けるのよ。


「服変わってる!」


 ってそっちか。そっちなんだ。良いけど。どうせあなたがたには霞むけど。


 彼らの服装はバルコニーの時とほぼ変わらないようだった。色はあたしとお揃いで、基本的には白、ポイントとしてルドゥキアの貴色であるという黄。もっと軍服みたいなのでくるかとイメージしてたけど、よく考えたらここって時代設定だいたい中世なんだった。あたしと似たような重ね着をして、その上からゆったりとした上着を帯で締めていた。

 兵士組はそれに帯剣、ラタムは、なんだろう、錫杖みたいなものを背につけている。それから手袋の左手には花の刺繍。あたしの右手と、同じ。

 アサキオとジギリスは全く一緒のデザインだけど、ラタムとナノはそれと少しずつ違う。立場とか身分の違いだろうか。


 っていうかこいつら本当に見本市だよなあ、としみじみ思う。よりどりみどりってやつか。お好きな美形をどうぞ!


 ナノとは対照的に、ジギリスはにっこり笑って、可愛いね、と口にした。なんかこいつ言い方軽いんだよな。王子様なのに。

 エルフには期待しない! 初対面でこいつになに言われたかあたしは忘れていない!

 アサキオはどうだろう。照れたりしたら可愛いんだけどな。


 窺ってみると、彼はふっと笑った。


「似あってる」


 ……割とそつがなかった。あたしが照れる。


 四隅を固められるようにして会場に向かう。なんだか籠の鳥になった気分だ。

 ふと思う。あたしの前のルディカ達も、こうだったのだろうか。


 先触れの高く響く声。一瞬後には、ざわめきの中。

 そこには色彩と人が溢れていた。天井を見上げれば蝋燭のシャンデリア。広間の片方の壁面には鏡が張られていて、実際よりも広い空間に感じられる。ダイヤグラムの模様の固い床に、靴のヒールが音を立てた。


 あたしにとっては、随分と非現実的な世界だ。映画の中にでも紛れ込んだような気になる。

 当たり前のことだが、視線を感じる。まあそれは覚悟していた。でも、うーん、なんというか。


「なんか、見られてるね」


 ぼそりと言うと、なにを今更というような視線を向けられたけれど、唯一、ジギリスだけが意味深に微笑んだ。

 視線が痛い。それは全体的な話じゃなくて、もっと局部的なものだ。つまり、そこここで固まっている年頃の女の子達から送られる。


 そうだよな。よく考えたら、こいつらっていわゆる優良物件なんだろうな。それをあたしが、ルディカが独占している形になるわけか。……ああ、はい、なるほど?

 ちくしょう、もうこいつらとなんか夜会に出ないぞ。


 まあこういうのは気にしても仕方ないのでスルーとする。はいはい、あたしの顔がせいぜい普通、ちょっと地味めなのは自分で知ってるよ。でもあたしはこれで人生送ってきたんだ。これからもこれで生きていくし、それに母親似のこの顔はそこそこ気に入っているんだ。別にあんたらになに言われたって気に病んでなんかやらないよ。


「平気?」

「だれのこと言ってんの?」

「……全然大丈夫そうだね」


 ジギリスが吹き出したのに、ひときわ強烈な熱視線が集中する。やめて下さい。あなた楽しんでるんじゃないの、ねえ、王子様? アサキオも気づいたのだろうか、呆れた目をしている。


 よく見ると通り過ぎしなに女の子に声を掛けられてナノがびくついていた。ええ、あいつ、あんな可愛い子侍らせてなにやってんの。

 ラタムはどこ吹く風といつも通りだ。気づいてないんじゃないかなひょっとして。浮き世離れエルフ、なんて思ってたら足下に気をつけろと小言を言われた。あんたはあたしのお兄ちゃんか。


 真っ直ぐに広間を横切って、王妃様にご挨拶をする。


「お招きいただき、ありがとうございます、王妃陛下」

「こんばんは、ルディカ。今日の良き日をともに祝いましょう。どうぞ、楽しんで下さいませね」


 王妃様は綺麗め美人。明るい髪の色をしているけれど、雰囲気は大和撫子だ。


 王妃様と同じタイミングで座って、あとはにっこり笑っているだけで良いと言われていた。たくさんの人達が挨拶にやってくる。あたしは厳かに頷くだけ。

 武官や神殿の関係者なんかはベル達とも立ち話をしていく。

 父親や母親かそれとも親戚か、年代層が上の人達に連れられて、女の子達もやってくる。睨まれたりなんてしない、もちろん。皆ここではにっこり笑っている。


「お会いできて嬉しゅうございます」


 鉄壁の防備、その名も笑顔。なーんてね。


 女の子達はベルにも話しかけられるけど、さっきまでの仕事関係の人達とは違って、彼女らに対する反応は芳しくないようだった。


 っていうかラタムがほぼ無視に近くてちょっとそれ可哀想だから! ジギリスなんかは笑顔で対応してるけど、それでも早々と会話を切り上げていることには変わりない。


 と、珍しく、そのジギリスが持ち場を離れてまで追いかけた子がいた。ほとんど黒に近い茶髪を結い上げた、おとなしそうな女の子。伯父だという男の人の後ろに立って、控えめな声であたしと話した。複雑な色合いの緑の目がほんの少し妖精ちっく。


「知りあいなのかな?」

「ああ……幼馴染みだ」


 へえ、と一拍置いて、気づく。


「ってことはアサキオとも?」

「そうなるな」


 ジギリスと話していた女の子がちらりとアサキオを見る。二人は同じタイミングで会釈しあった。


「仲良しなんだね。良いなあ」


 幼馴染みってちょっと憧れる。あたしは中学に上がる前に一回引っ越したから、今の高校は家の近くだけど、本当に小さい頃からの友達って身近にいない。

 どうしてるんだろう、皆。




 それから一時間くらい耐えて、あたしは長い一日からようやっと解放された。部屋に戻って、化粧を取ってもらって、寝巻きに着替える。

 あああ、つーかれた。


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