*ボスの顔
「ああ、それと」
ベリルはさらに付け加える。
「少年の父親を殺したらとんでもない事になるよ。と伝えておいてくれ」
にっこりと笑って手を軽く振り歩き出した彼の後を2人は追う。
「あ、あれで良かったのかよ」
「構わん。こちらもこちらで動いている」
「え……?」
「私がただ見物していただけだと思ったのかね? ルカに連絡して彼らの組織を探ってもらっている」
「! ルカ……『探し屋』か」
世界の情報を掌握しているプロの探し屋──相手は人でも組織でもなんでもござれだ。そのぶん高額だが、確かな情報を提供してくれる。
さすがだと言いたいが、ライカは目を据わらせた。
「でも……見物はしてた訳だな」
「……」
その言葉に目を泳がせる。
「そろそろルカから連絡が入る頃だろう」
誤魔化すように電話を手にすると携帯が小刻みに震えた。
「どうだ……ふむ、すまんな」
「どうだった?」
携帯をバックポケットに仕舞うベリルに問いかける。
「組織は解ったがケビンの父親が捕まっている場所はまだだそうだ」
「そうか……」
この短時間で組織を探り当てた事には感歎するよ……相変わらず仕事の早いルカに感心した。
「これからは私も同行しよう」
「!? いいのか?」
「私の名を出してしまったからな。本人がいないのではいかんだろう」
言って微笑んだ。
「なんだと……ベリル・レジデント?」
恰幅の良い仏頂面をした男が部下から聞いた名前に応えた。
「奴が言えと……」
「まさか……そんな事が……っ」
濃いブラウンの髪は白髪交じりだが威厳を保つように前髪をアップさせ、小さな青い瞳に少しの野心が宿っている事が窺える。
「……ボス?」
明らかな動揺を見せる男に部下たちは怪訝な表情を浮かべる。
「どんな姿をしていた。金髪で緑の瞳?」
「はい」
「年は……見た目はどうだ」
「は? 25歳くらいでしたが」
聞いた瞬間「オーノー!」と言わんばかりのリアクションをしてみるみる顔色が変わっていった。
「それで奴はなんと言ってたんだ」
「ガキの父親を殺したらとんでもない事になる……と」
ガタガタと震え出す男に部下は怪訝な表情を浮かべる。
「一体どうしたんですボス。そんなガキすぐに殺してしまえば──」
「馬鹿者! そんな事をすればただじゃすまんぞ!」
カッと目を見開いて部下に言い聞かせた。
「そのベリルとかいう奴は一体なんなんですか?」
男のあまりにもの反応に部下は眉をひそめる。
「傭兵の中でも群を抜いて凄い奴だ。とても適う相手じゃない」
落ち着かせるように葉巻を手に取る。
「わしが傭兵の頃に一度だけ会った事がある」
「! ボスが傭兵の頃って10年以上も前ですよ。奴はどう見てもそんな時にいるような年じゃ……」
「お前たちは知らない方がいい。これ以上はな。裏の世界の事だ」
「はあ……」
我々の世界だって裏の世界と呼ばれているのに、傭兵の世界はさらに裏なのか……部下は片眉をぴくりと上げた。
「……」
ボスと呼ばれる男は口をつぐむ。
言える訳が無いだろう……奴が不老不死などと! 裏の世界では“公然の秘密”扱いだがそれを口にしてはいけない事くらいわしでも解る。
ケチな組織だが殺される事は無い。しかし奴の正体をやたらと口に出せば殺されるのは確実だ……殺しに来るのは本人ではなくまったく面識の無い奴だろう。奴の存在を公にしたくないさまざまな理由を持つ者が大勢いるんだ。
そんな事よりこれからどうするかだ! 奴に睨まれて無事でいられた組織は無いんだ。いっそこのまま逃げようかな……男は心の中でつぶやいた。