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第2章 凍った雪を溶かす暖かさ 一

小鳥が囀り、晴れに晴れ渡った朝。

空にかかった雪を降らす厚い雲はどこへいったのか、影も形もない。

そんな空の下、一軒の馬鹿みたいに大きい屋敷が建っていた。

その屋敷は閑静な住宅地にぽつんと一軒だけある。ほかの日本家屋とは違う純洋式の屋敷。庭の中央には噴水が咲き、その周りを囲むように庭園が花で彩られていた。

冬だというのに庭園には色とりどりの花が咲き誇り、そこだけ別空間に思えた。手入れが行き届いているのだろう。

そんな、見る者を和ませる庭園を臨む一室に少女はいた。

「うんむ~……もう食べられにゃい……よぅ~」

もふもふと、寝ぼけているのか枕をその小さな口で噛み、寝言を言っていた。ベッドは少女よりも一回りも二回りも大きく、不釣り合いだった。

使われている布団は――もちろん枕も――どれも高級感漂う質感をしていた。

「……」

「ボル君も……どうぞ~」

尚も寝言を呟いている少女を、顔を引き攣らせて見ている者がいた。

こちらも少女である。だが、フリフリの寝間着を着て寝言を呟いている少女とは違い、こちらはメイドメイドした服を着ている。

「理香ちゃんも~」

「……美羽~! 朝っぱらからボケてんじゃないわよ!」

甲高い声が朝に寝ぼけた寝室に響き渡った。

「うぅ~? 理香ちゃん? む~、まだ七時だよ~?」

まだどこか寝ぼけた様子で、枕元にあるペンギンの形をした目覚まし時計を覗き込み、口を尖らせている少女―――美羽。

一方、大声を上げたメイド少女―――理香はさらに顔を引き攣らせて、ずんずんと寝ぼけている美羽に歩み寄った。

「今日から学校でしょ!! あんた編入したんだから挨拶しないと駄目なんじゃないの!?」

「……ああ~そうだったかも~」

「……とにかく早く起きなさい」

がくっ、と肩を落とし、諦めたのかもう強い口調ではなかった。

うぃー、と気の抜けた返事を返して、着替えに入る美羽。まだ整理していないため、トランクにしまってある服を取り出しにかかる。

「あれ? 服がない」

「あ、美羽ちゃん。服は用意してあるからこっちに着替えてね」

理香と同じ声色だが、どこか憂いを帯びた声がする。理香の双子の妹―――理紗である。

理香と瓜二つの容姿を持っているが、見分けを付けるためか、理紗はリボンをしていた。それがまた彼女を理香とは違う柔らかさを醸し出していた。

「で、でも私ちゃんと服あるよ?」

「美羽ちゃんの服は汚れてたから昨日のうちに洗っちゃったの。だからこっちを着て、ね?」

「う、うん」

ずい、と着替えを渡され、渋々受け取る。こういう強引なところは理香に似ていた。

「それじゃ、着替え終わったらリビングに来てね」

「さっさと着替えなさいよ!」

そう言って新谷姉妹は部屋を出ていった。後には無理矢理渡された服をぽかんとした顔で抱えている美羽だけが残された。

「なんかいいな~こういうの」

《そうか~?》

人間が発したものではない声がした。声はベッドからのものだった。すると、布団がもぞもぞと動き、兎が姿を現した。

「ボル君、こういうのはいいことだよ?」

《ミル、お前なんかズレてるな》

「そうかな~?」

ぼけぼけとした様子で首を傾げ、ベッドに腰掛けた。ボル君こと―――ボルグアイを抱き寄せ、ギュッと抱きしめた。そのまま黙ってしまう。

《何なんだよ?》

どこか照れた口調で兎ボルグアイが聞いてくる。

「別に~」

《ミル……お前、まさか任務が嫌になったのか?》

「……」

美羽は答えない。押し黙り、目を伏せていた。

《お前は死に神なんだぞ!? それが任務を嫌がってどうするんだ!》

「……」

美羽はまだ答えない。ボルグアイは苛々とした様子で眉をひそめ、美羽を睨んでいた。

もちろんボルグアイは美羽にしか聞こえないように声を出している。だからこそ大声を出したのだ。

叱る意味でも―――これからのためにも。

「ここは私には温か過ぎるの……みんなが優しくて、みんなが笑顔」

《……》

「でも、任務を終えたら私を待っているのは……笑顔じゃなくて蔑んだ目だけ」

ぽつぽつと、どんどん小声になりながら、美羽が喋る。その眼には涙すら浮かんでいた。それほどに、美羽にとって死神の世界は辛い所なのだ。

《……だからって任務をやめたら―――》

「わかってる!! わかってる、けど……あっちの世界は私には辛い所なの……っ!!」

ボルグアイの言葉を遮り、涙声で叫ぶ美羽。その言葉には、美羽の悲しみと今まで溜め込んでいたものが詰められている気がした。

「ぅっ……ふぐっ……えくっ……」

《ミル……》

鳴咽を漏らす美羽をボルグアイは見つめることしかできなかった。


◆   ◆   ◆


「来るな!! お前と一緒にいると俺まで落ち零れに見られるだろうが!!」

それは、今まで信頼していた先輩の死神が言い放った言葉だった。

「お前みたいなクズにやる飯はない!」

それは、昨日まで気軽に話すことのできた料理長の突然の罵声だった。

「え? わ、私……なにかした?」

美羽こと神名ミルトランジェは二人に対して全く同じ問いをした。

「お前の存在自体が悪なんだよ!!」

二人とも同じ問いを返してきた。

ミルトランジェはただ、呆然とその言葉を、理解したくもないのに理解する脳の解答を、受け取るしかなかった。

それは、聞きたくなかった言葉。

それは、信頼という形のない絆を断ち切られた瞬間。

それは、まだ小さなミルトランジェの心を壊すには充分だった。

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