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第1章 白い雪の儚い願い 四

そこにあったのは、大豪邸だった。

さらにそんな大豪邸を取り囲む塀は、有に美羽の二倍以上の高さがあった。

美羽がぽかんと口を開け、見上げていると、遥が扉に手をかけた。キィッ、という音を立ててこんな豪邸には似合わない、鉄製の無骨な扉が開く。

扉をくぐると、そこは見たこともないような広さの庭が広がっていた。

見上げるほど大きな家に、一日ではまず回れない庭。庭の中央には大きな噴水があった。玄関へと続く道の左右に巨大な、植物園を思わせる庭園が様々な花で彩られていた。

庭園は噴水を元として四方に伸びた道があり、それを囲むようにあった。

「わ、わあ!」

思わず感嘆の声を上げる。キョロキョロと辺りを見回し、まるで始めて遊園地に連れてこられた子供のようにはしゃいでいた。

庭園は、そこだけ別世界だった。道は雪に閉ざされ、それでも雪かきされているのか適度な厚さを保っていた。

しかし、庭園には雪すらなく、寒さなど微塵も感じられなかった。よほど大事にされているのだろう。全ての草花が元気に育っていた。

美羽はずっとその小さな口をぽかんと開けたまま、玄関へと続く道を歩いていく。

「こ、こここ、ここが紫藤くんのお家ですか?」

「いや、俺を養子にしてくれたお爺さんとお婆さんの家だよ」

「そ、そうなんですか」

美羽は答えながら、まだキョロキョロとせわしなく辺りを見回していた。

すると、ふわっとそよ風に乗って甘い香りが漂ってきた。香水のような人工的なものではなく、自然な優しい香り。

心がほわっとするような温かな感じがする。美羽ははっとして香りの元を探すため、立ち止まった。

甘ったるくなく、少し鼻を刺激して散っていく香りを探して庭園に近付いていく。だが、庭園にはこの時期だというのに、多種多様な花が咲いているため、探そうにも探せない。

と、一輪だけ咲く小さな花を見つけた。

「何してるの?」

「あ、あの……この花ってなんていうんですか?」

「あ~それはね。えっと、あの、あれだよあれ」

美羽が指差した花は、白い、小さな花を咲かせているかわいらしい花だった。

一つの面一杯に咲き乱れ、ひしめき合っている色々な花の中に、ぽつんと淋しそうに咲いている。

それは、まるで『白い髪は死神になるな!』と罵られ、虐められた美羽のように思えた。

「……」

美羽はその小さな花の側にしゃがみ込み、じっと見詰めた。

「かわいい……」

微笑みながら、香りの元である花をつつく。その顔は柔らかな笑みを浮かべていて、花以上に輝いていた。

だが、その柔らかな恵美はどこか影が入り、淋しそうだった。

「一ついる?」

「ううん、可哀相だからいいです」

一つもくそもなく一輪しか咲いていないのだが。

美羽は首を振り、無理矢理作ったような笑顔で答えた。

「……そっか、じゃあ寒いし家入ろう」

「はい」

何故かしょげてしまった美羽。とぼとぼと遥の後に着いていく。

遥は時折振り返りながら、美羽の歩調に合わせて玄関に歩いていく。

玄関には―――古めかしい、豪華な庭とは対象的な質素な作りの扉があった。美羽はぼおっと自分より大きな扉を見詰めた。

「こっちもおっきいです」

「少し重いから力を加えないと開かないかもしれないよ?」

遥は微笑みながら、コン、と木製の質素な開き扉を叩く。

美羽はこくこくと何度も頷き、扉を開けようとドアノブに手をかけた。

「ん~、む~、こ、こんちくしょ~!!」

いくら押そうとも扉はびくともしなかった。

「……それ、引くんだよ」

「!!」

顔を真っ赤にして身を震わせた。美羽は耳まで赤くしながら扉を引いた。

今度はすんなり開く。

「……」

かくんと首を折り、うなだれた。頬を手で押さえながら美羽が照れていた。

「いや、わかりにくいうちの扉が駄目なだけだよ」

「……フォローありがとうございます」

バレバレだった。遥のフォローも虚しく促されるままに美羽は室内に入っていった。

そこは玄関というにはあまりにも広く、中央に二階へと上がる大きな階段があった。

靴を脱ぎ、スリッパを履いたところで美羽が遥を見上げ――背が低いので顔を見るためには見上げなければならない――口を開いた。

「でも、嬉しいです」

そうはにかみながら顔を上げ、遥に微笑んだ。

美羽の微笑みはまるで天使のようだった。恥ずかしさから少し朱の入った頬は白く、光りがさして輝いていた。

遥は一瞬で目を奪われた。遥の顔がみるみる赤くなっていく。すぐさま遥が顔を逸らした。見られたくないのだろう。

「……?」

美羽が不思議そうに遥の顔を覗き込んだ。今度は反対方向に顔を逸らしてしまう遥。

美羽は眉をひそめ、首を傾げた。その仕種がまたかわいらしく、さらに遥を赤くさせる。

気付いていない美羽は首を傾げるばかりだった。

「遥、帰ったの?」

しわがれた、老女の声がホールのような玄関に響いた。そこには、初老の女性が立っていた。

リビングに続くであろう扉から歩み出てきた老女は、カーディガンを羽織り、気品が漂う服装をしていた。

その老女に気付いた遥が手を振り、答えた。

「あ、ばあちゃん、今帰ったよ」

「おかえり……ん? その娘は? まさか、攫ったの?」

「ち、違うよ!! この娘は水無美羽さんっていうだ。あ、あの人は俺のばあちゃんで、名前を絹江っていうんだ。あ、ばあちゃん水無さん一文無しで困ってたから連れてきたんだけど、寝床貸してあげれないかな?」

どこか遠慮がちに老女に頼んでいる。老女―――絹江はにこやかに微笑み、遥達を促した。

リビングに来い、と言っているようである。

二人は顔を見合わせ――ついでに兎ボルグアイも見合わせて――首を傾げた。仕方なく、リビングに歩いていく。

開けっぱなしになっていた扉をくぐると、質素ではあるが気品のあるリビングが美羽を驚かせた。

「綺麗です……」

そう言わざるをえないほど調ったアンティーク調のリビング。床には、ふかふかの――ふかふか過ぎで逆に沈んでしまいそうな――カーペットがあった。

その上には、乗れば沈んでしまいそうなソファ。

さらに、大きな―――いや、巨大な液晶テレビがあり、リビングの向こうにはテラスすらあった。

無駄に金を注ぎ込んだわけではない、調ったリビングがそこにあった。まさにくつろぐべき場所であった。

「ほら、遥。水無さんを立たせてないで座らせなさい」

「あ、そうだった。水無さん適当に座っていいよ」

やっと気付いたかのように、慌てて座るように勧める遥。絹江が微笑みながら、小さくため息を吐いていた。

「ん? どうしたの? 座らないの?」

眉をひそめて美羽に聞いてくる。だが、美羽は戸惑っていた。

「あ、あの……ひ、人の家に上がるの……初めてで……ど、どこに座ればいいんでしょうか?」

まるで借りてきた猫のように、おどおどしつつ、手をもじもじと動かす美羽。

それは、本当に何をしていいのかわからず、戸惑っているようであった。

心配したのか、絹江が外見には似合わないしっかりとした足取りで近づいてくる。

「そうなのかい? 気付いてやれずにごめんね」

「あ、いえ! 友達がいない私が悪いんです」

自分で言っておいて悲しんでいる美羽。間抜けだった。どーせ私は、などと言い始めた美羽をなんとか慰めようと、遥が頭を撫でてやる。

「気にすることないよ、美羽ちゃん」

「紫藤さん……」

泣きそうな表情になりながら、美羽が遥を見上げる。遥ははにかみながら微笑んだ。

「ほらほら、遥も美羽ちゃんをいつまでも立たせてないで座らせておやり」

「おっと、そうだった!」

ふかふかのカーペットを躊躇なく踏みながら、カーペット以上にふかふかとしていそうなソファに歩いていく遥。ここまで躊躇がないとかえって安物ではないかと思ってしまう。

踏もうか踏まざるかしている美羽。そんな美羽を遥が手招きで呼び寄せる。

美羽はオロオロしつつ、恐る恐る片足を踏み出した。

「ふ、ふわあ」

ふわっとした感触が美羽の足に伝わる。カーペットの毛達が、美羽の足を包み込むかのような錯覚すら覚えた。

「何してるの? 水無さん?」

「はっ、す、すみませんっ」

すっかり悦楽の世界にはまり込んでいた美羽を、眉をひそめた遥が呼び戻す。慌ててそろそろと足を出して、遥が座るソファに歩いていく。

「そんなに慎重に歩かれたらカーペットの意味がないよ」

「で、でも」

遥が苦笑いを浮かべながら慎重に――というか一歩一歩感触を確かめながら――歩いている美羽につっこむ。

美羽はというと、いやいや、と体を左右に振り、まだ感触を楽しみたいらしい。

「ほら、早く座る」

ぽんぽんと自らの隣を叩き、未だ悦に入っている美羽をさらに促す。

「……」

無言のままじっと遥の隣を見詰めた後、美羽はちょこんと座った。そのまま黙っている。

ソファは驚くほど柔らかく、美羽のお尻を包み込んだ。再び悦に入った美羽はーはっと隣にいる遥を見て、恥ずかしそうに俯いた。

「……」

「……」

二人とも顔を赤らめて俯き、顔を逸らしている。

「青春だねえ」

絹江がお盆にティーカップとポットを乗せて、台所から出てきた。手慣れた手つきで、ポットからカップに赤茶色の透明な液体が注がれていく。

おそらく紅茶であろうが、種類まではわからない。

「こういうときは温かい紅茶を飲むと落ち着くよ」

「あ、ありがとうございます…」

差し出された皿付きのカップを受け取りしばし眺める。

「紅茶……?」

「そう、ハーブの葉を使ってね…お茶にしたものなのよ。ちなみに使っているの葉は、うちの庭園で採れたカモミールの葉なの」

そう言いつつ、もう一つのカップに透明な液体―――紅茶を注ぐ。

「……」

首を傾げて、じっとカップの中で揺れる紅茶を眺めていた。少し香りを嗅いだ後、意を決したのか口に含んだ。

「あったかい……おいしいです」

「そうかい? ありがとうね」

絹江は美羽の素直な感想に微笑んだ。

「おいしい……です……本当に、おいしい……です」

突如カップを手で包み込み、涙を滲ませ始めた美羽。

「水無さん!? ど、どうしたの? 熱かった?」

「ち、違う……です……違うんです」

ぽろぽろと溢れる涙を拭う美羽。遥はとうとあたふたするばかりでなにも役に立っていない。

「……!? キュキュキュッ!!」

今まで隠れていたボルグアイが飛び出して、毛を逆立てながら遥を睨んでいる。

「ち、違うよボル君。僕はなにもしてないって!」

「キュ~~!」

今にも飛び掛からん勢いのボルグアイ。遥が必死に説得しようとしているが、効果は無さそうだ。

「キュキュッ!!」

一瞬のうちにボルグアイは遥に飛び掛かり、その顔を無茶苦茶に引っ掻く。美羽の手前ボルグアイを手荒に扱えない遥は成すがままだった。もっとも、遥は無類の動物好きであるため、元々手荒には扱えないのだが。

「み、水無さ~ん、ヘルプミー!」

ついには美羽に助けを求める遥。

美羽はというと、なんとか涙を拭い切っていた。だが、未だ涙で目を赤くして、呆然と二人――いや、一人と一匹――の争いを眺めていた。

やがて、はっと気付いた美羽は慌てて立ち上がり、二人の仲裁に入った。

「ボル君!? 止めてっ!!」

尚も引っ掻こうとする兎ボルグアイを引きはがす。キューキュー言いながらボルグアイは納得がいかないのか暴れていた。まるで大好きなものを壊された子供のようであった。

「美羽ちゃん、どうしかたの?」

絹江が心配そうに尋ねた。

美羽はいち早く絹江が名前を呼んでいることに気付いたが、押し黙り、俯いてしまう。ぽすっと空気の抜けるような音を立てるソファに座り直し、口を開いた。

「は、初めてだったんです……こんなに温かい雰囲気……だから……つい」

「……水無さん」

「キュ~」

遥とボルグアイが同時に心配そうな声を出す。カブッたことが気に喰わないのかボルグアイがきっと遥を睨む。といっても兎の姿であるため、今一つ迫力に欠ける。

「温か過ぎて……私には、勿体ないです」

ぎゅっと、遥を睨んでいた兎ボルグアイを抱きしめた。ボルグアイもしばらく遥を睨んでいたが、やがて自らを抱きしめる美羽を見上げ、素直に受け入れた。

「あらあら、それじゃあこれからうちで暮らすのは無理だね」

「ば、ばあちゃん!? なに言ってんだよ!」

微笑みを浮かべ、静かに聞いた絹江。その言葉に即座に反応したのは美羽―――ではなく遥だった。

「暮ら……す?」

遅れて美羽が首を傾げながら、涙に濡れた瞳を絹江に向けた。

「そうだよ、家がない娘を一人で放っておくほど私は残酷じゃないからね」

そう言いながら、美羽の涙を拭ってやる絹江。

「う、うむう」

袖でこしこしと目を擦られ、思わず声を出す。

絹江は尚も包み込むような優しい口調で話し続けた。

「これからはうちで暮らすなら、気にすることはないよ。自由に温かさを感じなさい」

するっと絹江は美羽を抱きしめた。絹江の体は温かく、美羽を安心させた。自然と口は微笑みを浮かべる。

そんな二人を何故かうらやましそうに遥――とボルグアイ――が眺めていた。

突然、玄関に繋がる開き戸が勢いよく開かれた。リビングにいた皆が驚き、一斉に開かれた扉を見る。

「何してるんですかおばあさま!!」

「そうです! って、大体誰ですかその白女狐さんは!!」

そこには、二人の少女が立っていた。二人とも声を荒げて口々に叫んでいる。

二人は同じ顔、同じ格好だった。全く同じ―――というわけではないが、それでもほぼ同じである。

二人ともテレビか漫画でしか見たことないような、いわゆるメイド服を着ていた。ひらひらしたレースが宛われたメイド服を違和感なく着こなしている。

二人とも――というか同じ顔なのだから変わりはあまりないが――かなりの美少女だった。こんな屋敷でメイドとしているよりは、芸能界にいたほうが違和感がない、というほどの美少女である。

共に肩口で切り揃えた茶の髪はさらさらとたなびき、肌は染み一つないみずみずしい白い肌がさらにそれを引き立てていた。

美羽も、絹江の肩越しに思わず見取れてしまった。美羽は今までの野宿暮しが祟り、肌は荒れ、髪はぼさぼさとは言わないが―――さらさらとも言えなかった。

「理香、理沙。なに言ってんだよ」

「遥君は黙ってて!!」「遥さんは黙っててください!!」

メイド服の少女―――理香と理沙に気圧されて、すごすごと引き下がる遥。役に立たないにもほどがあった。

「あなた達……仕事はしたの?」

『はいっ! きちんと終わらせてあります!』

びしっと背筋を直し、返事をする二人。どうやら絹江には逆らえないらしい。その姿は軍隊にも見えたが、服がメイド服では間抜け以外何者でもなかった。

「そうじゃなくてっそいつは誰ですか!!」「そうじゃなくてっ白い人は誰ですか!!」

二人同時に答えるが、微妙にずれがあった。それがまた笑える。

「ああ、この娘はね。今日からうちに住むことになった水無美羽ちゃんだよ」

絹江が美羽から離れて、メイド二人に紹介した。

『す、住むぅ!?』

絹江の言葉に全く同じ反応を見せる二人。少ない単語ならば揃うようだ。

微妙な二人である。

「そうだよ。あ、水無さん、あの娘達は新谷理香と理沙だよ。右側のリボンをしてるのが理沙、妹だよ。髪をまとめてないのが理香。二人共うちでメイドさんをしてもらってるの」

「理香さんと、理沙さんですか…よろしくお願いします」

美羽はおずおずと、二人に近づき、はにかみながら手を差し出す。

だが―――

「何がよろしくよ! 私はよろしくしたくないわよ!!」

「……っ!?」

バシッと力強く美羽の手は理香によって払いのけられた。驚愕に歪む美羽。そのまま、払いのけられた手を見詰めて、俯いてしまった。

「お、お姉ちゃん」

さすがにまずいと思ったのか、理沙が困った顔で理香を見る。

「……理香」

「キュッ!」

さらに遥――とボルグアイ――が加わる。

さすがに理香も遥達に詰め寄られ、たじろぐ―――が、すぐに開き直り、口を開いた。

「……な、何よ……何なのよ! ふんだっ!!」

そう捨て台詞を残し、去っていった。まるでやられ役のセリフだが、笑う者は誰もいない。

「……お姉ちゃん」

まさに修羅場だった。美羽は尚も俯いたまま黙っているし、遥は呆れている。何故か絹江は微笑み、成り行きを見守っていたが、台所に消えていった。

「はぁ……美羽ちゃん、私は理沙。呼び捨てでいいよ。じゃあ私はお姉ちゃん追っ掛けないといけないから」

そう優しく言い、理沙は俯いたままの美羽の手を取った。そして、一度振り向きお辞儀をした後、扉を閉めて出ていった。

「あ、あの二人は新谷理香と理紗、うちのメイド……というかお手伝いさんなんだ」

引き攣った顔で遥が美羽に二人を紹介した。だが、立ったまま俯いている美羽に、聞こえている様子はなかった。

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