表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
4/19

第1章 白い雪の儚い願い 三

「……」

「……」

気まずい状況だった。

二人はかれこれ十分もの間黙ったまま俯き合い、目が合っては頬を染め、目を逸らす、それを繰り返していた。

「あ、あのさ……」

「は、はい!? な、何ですか?」

突然話し掛けられたため、声が裏返ってしまう美羽。何とか平静を保とうとする。

それは遥も同じらしく、裏返った美羽の声に驚いていた。

「君、僕と昨日会わなかった……?」

「え!? あ、会ってないですよ! はい!!」

誰が見てもわかるくらいの動揺を見せる美羽。首をぶんぶんと振り、否定している。

「そうか、じゃあ生き霊だったのかな」

遥は普通に人違い――というより幽霊違い――だと思っているらしい。

「……」

さすがにこれには言葉もでない。美羽もボルグアイもぽかんと一人で考えている遥を見た。

「そ、その娘ってどんな娘だったんですか?」

「ん~? なんかね、こけてたとこに鉢合わせたんだけど、それがなんと幽霊だったんだ……!」

「ゆ、幽霊、見えるんですか……?」

一応演技のつもりだろうが、だらだらと冷や汗をかき、引き攣っている顔を見れば演技もくそもなかった。

「まあね、昔っから見えるんだ」

「そ、そうなんですか」

「君は疑わないんだね、嬉しいよ」

遥はにこやかに微笑んだ。

幽霊とほぼ変わらない存在の死神である美羽が何を疑うというのか、二人のやり取りにボルグアイは苦笑いを浮かべた。

「ん? って名前言ってなかったよね、僕は紫藤遥よろしくね。君は?」

「あう、わ、私はミル―――水無美羽っていいます。よ、よろしく……です」

名乗りながら遥の差し出した手を握る美羽。その動きはぎこちなく、頬はどこか赤い。

「じゃあ水無さんって呼ぶよ」

「……」

自らの名前を呼ばれたのに、美羽は不思議そうにしていた。

「あれ? 迷惑だったかな?」

「ち、違うですっ! た、ただ」

「……?」

突然声を荒げた美羽に眼をパチクリさせる遥。すぐにしょげたようになった美羽に、さらに遥は眼を丸めていた。

「……私、この髪が原因で虐められてたんです。だから……なんかこういうの慣れてないんです……」

泣きそうな表情を浮かべて俯いてしまう美羽。一瞬で遥の顔が怒りに沸騰した。

「な、何でそんなことで苛められるんだ!! そんな奴ら僕が!!」

「し、紫藤さん」

美羽が上目遣いで遥を見上げる。その瞳は潤んでいた。

「あ、『さん』じゃなくて『君』でいいよ、呼び捨てでもいいし」

「よ、呼び捨てなんてどんでもないっ! じゃ、じゃあ紫藤……くん」

遥の顔が別の意味で真っ赤に染まった。急に勢いを失った遥を見て美羽が不思議そうに首を傾げる。

「ま、まあ。君が苛められたら僕が君を守るから大丈夫……だ……よ……」

「? 紫藤さん?」

突如遥が目を見開き、俯いてしまった。そのまま黙ってしまう。

美羽も心配になり声をかけるが、全く反応がない。自分が悪いと思ったのだろう、おろおろし始め、ボルグアイと遥の顔を交互に見た。

「……はっ。ご、ごめんごめん、なんか思い出しかけて……」

「思い出す……? どうしたんですか?」

「ん? ああ、僕は中学三年より前の記憶がないんだ。あはは、笑えるだろ?」

そう言いながらも遥はどこか悲しげだった。美羽も気付いたのか、淋しそうな表情を浮かべた。

「笑いませんよ。実を言うと、私も今の学校に入るまでの記憶がないんです。だから、私も同じです……」

美羽は、そうはにかみながら打ち明けた。遥が驚愕に目を見開く。

「……! 水無さん」

「あ、なんかしんみりしたですね。そ、そういえば紫藤くんさっきなんて言おうとしたんですか?」

どうやら、美羽はこのような気まずい雰囲気が嫌いらしい。さらに悲しそうになった遥を元気付けるように慌てて会話を逸らした。

遥もはっと気付いたように思い出そうと考え始めた。

「あ、そうそうその胸にいるの兎だよね? 気になってたからさ」

ようやく思い出したのか、びしっと兎――ではなくボルグアイ――を指差した。

「そ、そうです! ただの兎ですよ! カ、カイロの代わりになってもらってるんです」

《カイロってな……》

「ボ、ボル君!!」

ボルグアイが聞こえるか聞こえないかの声でぼやいた。

「へ~ボル君っていうんだ。よろしくね、ボル君」

「……キュッ!!」

兎ボルグアイはそんな鳴き声を上げて、差し出された遥の手を右手で――というか右前足で――払った。ボルグアイが声を出さないのは彼なりの気遣いなのだろう。

「あっボル君!! こらっ!!」

美羽はそんなボルグアイの気遣いに気付きもせず、兎ボルグアイの頭を叩いた。

キュ~、としょげたような鳴き声を出すボルグアイ。しかし、美羽は許してくれそうになかった。

「あはは、嫌われちゃったみたいだね」

「ご、ごめんなさい。ほらボル君も謝る!」

「キュキュキュッ!!」

美羽が無理矢理頭を下げようとするのだが、兎ボルグアイは頭を振って抵抗する。

「む~いい子にする!」

「まあまあ、それくらいにして、じゃあ今日はこれくらいで」

そう言うと、遥は伝票を手にレジに向かっていった。自然に奢ってくれるところは遥のポイントアップだった。

実際、美羽達はほぼ無一文である。この奢りは嬉しい限りだった。

「ん、んじゃあ美羽ちゃんちはどこかな?」

どこかもじもじと照れ臭そうに聞く遥。美羽はきょとんとしながら首を傾げる。

「え? わ、私の家です……か? ど、どうしてそんなこと聞くんですか?」

明らかに狼狽しながら答える美羽。ボルグアイは美羽のコートから顔を出して、フー、と猫みたく威嚇していたりする。

そんな二人に眉をひそめ、首を傾げる遥。だが、めげずに先を続けた。

「そ、それは、こんな時間まで付き合わせちゃったし……送って行こうかな……と、迷惑かな?」

「そ、それは……家に来たら嫌われるから、すみません……」

「? 何で嫌いになるの?」

「そ、それは……」

そのまま口ごもり、俯いてしまう美羽。

今まで虐められることしかなかった美羽にとって嫌われることに対する恐怖は人一倍大きかった。

「あ、あの……私……家ないんです……だから……」

「……へ? どういうこと?」

「わ、私……む、無一文なんですっ! ま、参ったかっ!!」

何故か威張りながら叫び始めた美羽。ただ、その容姿で言われても、今一迫力に欠けているのは言うまでもない。

遥の顔が目に見えて驚愕に染まっていく。

「ほら、これで嫌いになったでしょ? だからこんな無一文のガキは捨てればいいんですっ!!」

《なんじゃそりゃ……》

自棄になっていた。さすがにボルグアイも突っ込まずにはいられなかった。

「だから、だからぁ」

徐々に美羽の声が力を失っていく。ついには目を押さえて泣き出してしまった。

すかさずボルグアイが服から抜け出し、涙を拭こうとする。だが、引っ掛かってしまい、じたばたするだけだった。

そうこうしているうちに、遥が美羽に歩み寄り、彼女の涙を拭っていた。

「気にしないで、じゃあどうやって今まで寝泊まりしてたの?」

「それは、今までは寮に泊まれないから、庭の木にハンモックを吊してそこで寝泊まりしてたんです。昨日は近くの空き地で夜を過ごしました」

「……はあ!? なんだよそれ!!」

いきなり大声を出され、美羽はびくっ、と体を強張らせる。そのまましょんぼりとなり、俯いてしまった。

「ああ……もうっ! 本当に泊まるとこ無いの?」

腰に手を当て、ため息混じりに聞く遥。美羽は少し逡巡した後、小さく頷いた。

「そう。ならうちに来る?」

「……え?」

「いや、水無さんが嫌なら……って当たり前だよね。初対面の人間に家に来るかって言われても、困るだけだよね」

自分で言っておいて、苦笑しながらため息を吐く。遥は居心地悪そうにぽりぽりと頬をかいた。

しかし美羽はぶんぶんと首を振った。

「う、ううん! で、でも迷惑じゃないんですか? 親御さんに許可取らなくていいんですか? 私なんかいても邪魔なだけですよ?」

「それはまずうちを見てから言ってほしいな」

そう言って屈託のない笑みを美羽に向けた。美羽は初めは戸惑っていたが、やがてはにかむように、涙混じりの眼を笑みに細めた。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ