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第1章 白い雪の儚い願い 二

翌日、まだ編入手続きが完了していないミルトランジェこと水無美羽は、もうすぐ通うことになる高校に来ていた。


校門をくぐってすぐの木の影で、目標がいるであろう校舎を睨んで――この場合ただ、見ているだけだが――いる。


団地ではないかというほどの建物の数と、敷地の広さ。学生数二千人を超える街でも有数のマンモス校だ。


「はあ、広い……」


思わず感嘆の声を上げる美羽。しかしまだ中に入るのは恥ずかしく、木の影から見ているだけだった。


ちなみに、美羽はもう誰にでも見えるようになっている。昨日のうちに姿が見えるように力を開放したのだ。


死神の仕事は目標を監視し、魂が抜ける瞬間を待つこと。その瞬間が事故であれ、病気であれ、死神は手を出してはいけない。それが決まりだった。


それまでは主に幽霊と同じように、普通の人には見えない状態で過ごす。もしくは、姿を現した状態で目標と接し、死ぬ瞬間を待つ、この二つがあった。


だが、美羽の初任務は異常だった。


目標と同じ高校にまで通い、完全に監視する。今までに無いことだった。


美羽が何故こんな任務につくかはわからない。


美羽は死神の中でも落ちこぼれで、髪は黒くないし、霊力もほとんどない。ゆえに白い服に、同じく白い鎌を与えられていた。


これは死神にとって屈辱的なことだった。本来死神は黒い制服に黒い鎌。この二つが揃ってこそ一人前とされていた。


つまり、美羽は厄介払いをされたのだ。目標と親しくなればなるほど魂を取り出しにくくなる。これほど辛い任務はなかった。


いくら初任務とはいえ、普通の死神には普通の任務か、先輩のサポートに当たるものだ。にもかかわらず美羽は一人でしかも接触は必須という状況。


「はあ……」


ため息でもつかねばやっていられなかった。先行きが不安過ぎるのだ。導魂の任務は初めての美羽には荷が重かった。


《たく、なにしょげてんだミル?》


人が発声するものとは違う音のような声がした。どこかいたずら好きな少年を思わせる口調である。


「……ボル君、今まで何してたの?」


ミル―――ミルトランジェの愛称だが、滅多に使う者はいない。


美羽は愛称で呼んだその声ではない声に普通に答える。


《この姿になるのは手間なんだよ》


「この姿……?」


辺りを見回しながら美羽が答える。だが、一向に声の主は姿を現さない。


《これだよ、これ!!》


と、美羽の後ろから声が聞こえた。すぐさまそちらに振り返る。


「ボ、ボル君……? な、なに、その姿……っ」


美羽がプルプルと身を震わせ、笑いを堪えながら聞いた。ボル君と呼ばれた声の正体、それは兎だった。


《この姿が一番動きやすいんだ、もう次からは時間はかからないよ》


「そ、そうなんだ」


ボルことボルグアイは死神が持つ鎌だった。今でこそ姿は兎になっているが、元は漆黒の鎌である。


死神が持つ鎌は、死を呼ぶ鎌『デスサイズ』と呼ばれ、全て漆黒で統一されている。よく見れば一つ一つ違いがある。


さらに鎌は全て意思を持ち、持ち主になる死神候補を自ら選ぶ。


そして、極稀に完全な自我を持ち、あまつさえ喋ることさえできる鎌さえいた。そんな鎌は俗に意思を持った鎌『コールメイン』と呼ばれた。


ボルグアイもそんなコールメインの一つだった。しかし、ボルグアイはほかのコールメインとは違った。


コールメイン達は大体にして気高く、また持ち主にうるさい。特に気位やまともに操れる持ち主を選ぶ。


そんなコールメインのボルグアイが落ち零れの美羽を選んだのだ。その年の死神候補達のみならず、先輩達まで驚いていた。


そして、ボルグアイはさらに皆を驚かせる行為をした。自らの色を美羽の髪と同じ白にしてしまったのだ。


《持ち主に似合わせるのが使われる物の義務だろが!》


そんな暴言すら吐いてしまった。これには美羽も驚いた。


今まで白い髪を持っている上に、落ちこぼれだからといって虐められていた美羽。ボルグアイはそんな美羽に味方してくれた。


結局美羽は落ちこぼれ、白い死神の制服を与えられた。だが、それでもボルグアイは見捨てず、着いて来てくれたのだ。


「ありがとう、ボル君……」


《ン? ミルなんか言ったか?》


「ううん、何でもないよ」


美羽は聞こえないように言ったつもりだが、聞こえていたらしい。首を振り、笑顔で兎になったボルグアイを抱え上げた。


《な、なんだよっ。離せ!》


じたばたと暴れるボルグアイ。そんなボルグアイをぎゅっと抱きしめ、美羽は微笑んだ。


ボルグアイは温かく、元が鎌だとは思えないほど本物の兎だった。


「ボル君ふかふか~」


《や、やめろよミルっ!》


すりすりと頬擦りすら始める美羽。ボルグアイが今まで以上にじたばたと暴れる。


だが、いくら元が鎌とはいえ今は兎である。落ち零れとはいえ、死神の美羽に敵うはずがなく、やがて諦めたのか静かになった。


「ボル君寒くない?」


《俺はこれでも天下のコールメインだぜ? 寒さなんか感じな、ぶえっくしっ!》


言っている側からくしゃみをするボルグアイ。小さな兎の手―――いや、前足で鼻を拭う。


「あう……鼻水でてる。ばっちいよ」


美羽はすぐさまコートのポケットからちり紙を取り出し、ボルグアイの鼻を――というか、鎌のくせに鼻水は出るし、鼻はあるし、変な鎌である――拭いてあげた。


《むうっ、やめろ、ミル!》


「はいはい、ほら入って」


《そ、そこにか……?》


たじろぐボルグアイに元気よく頷く美羽。美羽がボルグアイに入るよう言った場所―――それはコートの内側だった。


確かに温かいだろうが、一応人間でいうと男にあたるボルグアイには恥ずかしかった。


《い、いいよ!》

「まあまあ、えいっ」


そう言うと、照れるボルグアイをコートの内側で抱き抱えた。


「暖かいですか?」


《……別に》


まだ強情にも素っ気ない答えを返す。その頬は態度と裏腹に、ほんのり赤みがかっていた。


《俺だって人間になったら……》


「ん? ボル君なにか言った?」


《何でもない》


美羽はまだどこか腑に落ちならしく、首を傾げる。しかし、兎ボルグアイの温かさが心地よいのか、ぎゅっと抱きしめた。


ボルグアイはもう暴れることはなかった。どうやら諦めたようだ。そのまま、目標である紫藤遥を待つことにした。


「君、何してるんだ?」


突然二人――ではなく一人と一匹だが――以外の声がした。


「はわっ!? な、なにもしてないですっ!」


美羽は身を強張らせ、振り返る。


そこには二十代くらいの若い男がコートを着込み、雪掻き用のシャベルを肩に担いでいた。どうやら、この学校の用務員か教師のようだ。


彼は少し疑わしげな表情で美羽を見下ろしている。背が低い美羽は小学生くらいでないと、大体の場合見下ろされる。


「だったら何でこんな所にいるのかな?」


「そ、それは……ひ、人を待っているんです」


誰にでもわかる嘘をつく美羽。学校はまだまだ終わる時間でないし、待ち合わせするならわざわざ校内に入る必要はない。つまり、美羽は不審人物以外何でもなかった。


「ふぅ、今日は大雪で学校は休みなんだがな……そんなときに誰と待ち合わせするんだ?」


「え、えぇぇぇぇ!? や、休みなんですか!?」


がっくりと肩を落とし、うなだれる。服の中から頭だけ出していた兎ボルグアイが、心配そうに美羽を見ていた。


美羽は顔を上げて苦笑しながら、兎ボルグアイの頭を撫でてやる。


「まあそういう訳だから、今日はみんな家でじっとしてるはずなんだがな。結局君は何しにきたんだ」


「あうっ。そ、それは……」


また質問が振り出しに戻ってしまった。美羽の額には脂汗が浮かび、頬は引き攣っている。


やはり簡単に不振者を帰す気はないようだった。


「その娘は僕の友達ですよ、山本先生」


美羽の後ろから声がかかる。それは聞いたことのある声。


「ん? なんだ紫藤お前と待ち合わせしてたのか……てか今日は休みだろが」


「いやあ、連絡きてなかったんで、一応確認しにきたんです」


「そうか全くあんまり機能しないなぁ、連絡網……」


青年―――いや、山本先生がうなだれる。紫藤は苦笑いしながら、まぁまぁ、と宥めていた。


「それじゃあ僕達帰りますね」


「おう、気ー付けて帰れよ~」


「はい、ではさようなら」


簡単な別れの挨拶をすませると、山本は校舎に向かって歩いていった。


「じゃあ僕達も帰るとしますか」


「あ、あの……」


美羽はおずおずと目標―――紫藤遥に声をかけた。遥は不思議そうな顔で美羽を見返してくる。


その顔は少年らしく、これから死ぬことになる人物だとは思えないほど輝いていた。


だが、目の前にいる人物、それが目標なのだ。緊張しない訳がなかった。


「ん? どうしたの?」


「さっきは助けてくれてありがとうございました」


「いや、そんなお礼言われるようなことしてないと思うよ?」


「でも……」


「まぁ、気にしない気にしない。さぁ帰ろう、送ってくよこの雪だし」


そう言うと遥は美羽の返事も聞かず、すたすたと歩き始めた。慌てて美羽もそれに続く。


「……」


「……」


無言のまま、二人は歩き続けた。と、喫茶店の前まで来たとき、唐突に遥が足を止めた。


そこはこの雪だというのに、店を開けている数少ない店だった。


「ちょっとあったまっていかない?」


「えっ? う、うん……」


咄嗟のことでなにも考えず頷いてしまった。


ただでさえ目標と接している上に、仲良く喫茶店に入る。死神としては最悪の状況だった。


目的――特に死んだときに側にいるために――がある訳でもないのに目標とむやみに接するのは、最もよくないケースだった。


何故なら、もし情が移ってしまえば魂が奪いにくくなるからだ。だが、美羽はあまりそのことを考えていないようである。


《はあ……大丈夫かな》


ボルグアイは誰にも聞こえないように、小さな声で愚痴った。

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