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第3章 溶けた雪の心の中 五

遅れを取り戻すために連投です!

それはそこにいた。

黒い外套を羽織り、フードを深々と被っている。顔は見受けられないがどうやら男のようであった。

「―――っ! 姉さん!」

佇む男の前には理紗の姉である理香が倒れていた。

「よくも姉さんを!!」

瞬時にナノマシンで槍を作り出し、構える。いつでも切り込める必殺の構え。

一分の隙もない男には無駄なことだろうが、それでも理紗は構えるしかなかった。

だが―――

「そうか……君の姉だったのか、すまない……」

深々と頭を下げ、謝ると男は踵を返して掻き消えた。

理紗は唖然と男が消えた空間を見つめた。男はまるで最初からこの場にいなかったかのように存在を消した。

姿を隠すだけならどんな人間でも可能だ。もちろん知識はいるが、訓練さえすれば誰でもできるようになる。

実際理紗も気配を消して姿を隠すことなどたやすかった。だが、存在そのものを消すことはできない。

光学迷彩でも使えばできるかもしれないが、男はなにもなくっていた。

なにもないのだ。そこにいたという証明できるものがなにも残っていないのだ。

臭いも、履いていたはずの靴跡すらない。まさに、ないのだ。

「有り得ない……! って、そんな場合じゃなかった! 姉さん!」

とりあえず今は理香の容体が気になった。

と、近寄って始めて気付いたが理香は倒れていたのではなく、寝かされていた。

ほぅ、胸を撫で下ろす。理香はすうすうと穏やかな寝息を立てて眠っている。

どうやらあの男はなにもしていないようであった。なら何故あの男はここで佇んでいたのか、という疑問が残る。

だがそれは理紗にとって些細なことでしかなかった。今は姉の無事が確認できただけで嬉しいのだ。

ほかの余計なことを考えたくなかった。とにかく今は姉を起こし、いつもリビングにいるはずの絹江の所在を確認したかった。

「姉さん! 姉さん! ね・え・さん!!」

いくら呼び掛け、頬を叩いても理香は一向に目覚める気配がなかった。不安がよぎる。

理紗にとっては考えたくない事。理香は寝ているようで実は目覚めないのではないかと。

「う、うぅん……」

姉が呻く。その声は揺する理紗が邪魔、というものではなく、うなされて出た声であった。

徐々に理香の表情が険しいものに変わっていく。

「いやぁ……こないでぇ……! わたし……いやぁ!!」

バシッ、と肩を揺する理紗の手が払われた。それは思いの外強く、本気の理香の力だっ た。

理紗の手がじんじんと痺れる。

「こ、こ……ないでぇ……」

理香の眼から涙が溢れた。彼女の声にもう力はなく、今は泣きじゃくる子供になっていた。

「姉さん……もう大丈夫……大丈夫だよ…………」

理紗は微笑んで理香を抱きしめた。理香の体がびくりと跳ね、驚くほど強張る。

「大丈夫……わたしがいるよ? ね?」

途端に、理香の体から力が抜けていった。理紗に身を委ねるように荒かった呼吸が規則的になる。

柔らかく微笑み理香の頭を撫でる。だが今はこんなことをしている場合ではなかった。

「さあて……」

すぅ、と大きく息を吸い込む。

「起きろ~~~!!」

声は最小限に理香のナノマシンにだけが反応するように改造した『声』を飛ばす。

「~~~っ!!?!??」

効果は的面だった。理香は跳び起き、あまつさえ床に転げ落ちて悶えた。

「おはようございます……姉さん?」

ありったけの親しみを込めて言ったつもりなのだが、理香はじと眼で睨み返すばかりで答えない。

どうしたんです?」

「あんたよく平然と言えるわね! こんな起こし方しといて!!」

がー、と怒鳴りながら詰め寄って来た。理紗は苦笑いで答えつつ、後ずさる。

「……ってそんな場合じゃなかった……理紗状況は分かってるわね?」

「ある程度は……」

「ならいいわ……とにかく絹江おばあさまを助けないと……ととっ」

理香が立ち上がろうとしてよろけた。まだ完全に覚醒していない―――というわけではないようだ。まず足腰に力が入っていない。

他人である理紗ですらわかるくらいに。

それでも理香は立ち上がろうとしていた。

「はぁ……ほら、姉さんわたしの肩使って」

「理紗……」

「急ぐんでしょ? なら早く!」

「う、うん……」

妹の気迫に気圧されたのか渋々といった様子で理香は理紗の肩を借りる。それに苦笑いで答え、遥が待つ二階へ急いだ。

「理紗……なんか聞こえない……?」

「うん……だから、急ごう」

遥の部屋に近づくにつれて、何かの音が大きくなっていく。

それは金属と金属が打ち合う音に聞こえた。なら、戦っていると考えるのが道理だろう。

そして戦っているのは―――

「遥さん……!」

焦りがピークに達する。今考えられる遥の武器はあのナイフしかない。

理紗は知っていた。遥があのナイフを持てばどうなるかを。だから、急ぎたかった。

と、突然鳴り響いていた金属音楽止んだ。理紗の全身に悪寒が走った。

「え、ちょっ理紗~~~!?」

「姉さん……大人しくしててください!」

肩を貸しているだけでは間に合わない。なら、担げばいい。

理紗は驚く理香を担ぎ上げると遥の部屋まで走った。

有り得ない筋肉。それがものをいい、軽々と人一人を抱えて走る動力となる。

「ひぇぇぇぇ~~」

理香が間抜けな声を上げる。だが理紗はそれを無視して走った。

「な、何でぇぇぇぇ!?」

遥の部屋に着くと同時に理紗の力が尽きた。それは同時に担いでいた理香への死刑宣告になる。

ようやく理紗から開放された理香は床を滑り、壁に激突した。ぐぇ、と蛙をつぶしたような声が廊下の端で聞こえた。

「遥……さ……ん」

たどり着いた部屋の中は、まさに戦場だった。

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