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第3章 溶けた雪の心の中 一

「ボル君、あの後どうなったの……?」

《ああ、あいつは一言言い残して去って行ったぞ。多分俺が恐かったんだな》

美羽は今部屋にいた。

眼の前でうんうんと頷きながら、変に納得しているボルグアイは今だ人間のままだ。

「もう、ボル君! 真面目にしてよ!!」

《はいはい。それであいつは『近いうちにあいつの魂を録る』とかなんとかほざいてたなぁ》

「な、何でそれを先に言わないのよ! このままじゃ、遥くんの魂壊されちゃうんだよ!?」

美羽は飄々としているボルグアイに怒鳴る。だが、肝心のボルグアイはどこ吹く風といった様子で耳を掻いていた。

「うが~! こ、こんちくしょ~!!」

《……何だよミル》

「こ、この~こっちか慌ててるのに飄々として!! 遥くんが危ないのに何よ、その態度は!!」

《つっても目標遥じゃん》

「だ・か・ら! 魂を壊されたら仕事にならないって言ってるのよ!!」

《あ~そうだったなぁ》

ボルグアイは馴れた様子で喚く美羽をあしらう。

「……ム、ムキ~~~!! むかつく!!」

そんな言い争いを続け、一夜が明けてしまった。

仲直りはしたのだが、どうにも意見がまとまらない。遥の魂を守りたいという美羽と、別にどちらでもいいというボルグアイ。

話し合いは平行を辿った。

「はぁ……どうしよう……」

ずっと美羽はそればかりを呟いていた。一方ボルグアイはというと兎に成り切っているのか毛繕いをしている。

「ボル君、我関せずになったね……」

《……》

「は、反抗期だ……」

オーバーリアクションで驚愕したが、ボルグアイに反応はない。

実を言うと、ボルグアイはかなり前からこんな状態になっていた。どうやら美羽自身に決めさせるようだ。

「むむ~どうすればいいんだろ……」

《……戦えば?》

「え? 今の、ボル君……?」

ボルグアイのようで違う声――実際の声ではないが――聞こえた。

美羽ははっとして傍らのボルグアイを見るが、険しい顔をして首を振った。やはり彼ではないらしい。

《……俺は喋ってねぇぞ》

「じゃあ……誰?」

《俺以外に『コールメイン』がいるのかもしれない》

「そ、そんな……だ、誰が……」

コールメイン―――完全な自我を持った死神の鎌。意思はあっても喋ることのできない「デスサイズ」と違い、別格に扱われる。

『コールメイン』達は数が少なく、後天的になることもあるが、それも稀である。

だから、デスサイズの中でも特に強い力を持つ。

実際、美羽やボルグアイは今まで他のコールメインと会ったことはない。

《さあな、他にいるならまずいな》

「まずい……?」

《ああ、俺を知ってるやつならいろいろとやりづらいからな》

そう言うとボルグアイはスタスタと――実際はピョンピョン跳びながら――扉から出て行った。

「ボ、ボル君……?」

《気配の元探ってくるわ、お前はここにいろよ……》

「う、うん……ボル君も気をつけて」

《何にだよ……》

かっこよさげに言うが兎の姿では迫力はない。だが、満足したのかピョンピョン跳んで出て行った。

「いってらっしゃい……」

そして、美羽は一人残された。ぽふん、と彼女の三倍はあるのではないかというほどのベッドに体を預けた。

「…………」

ぼー、と天上を見る。何となく木目を数えていると、虚しくなった。

(…………暇ぁ……)

ふぅ、とため息をついて寝返りをうつ。そのままころころと転がり、ベッドの端に辿り着くと反対側に転がった。

何度か繰り返し、飽きたため寝ることにした。

眼をつぶり、闇に身を任せる。

「……はい?」

扉を叩かれ、闇から意識を引き戻した。一度眠りに落ちかけていたため、頭が少し冴えない。

「……?」

しばらく待ってみたが、反応がない。

首を傾げつつもベッドから立ち上がり、扉に近付く。ドアノブに触れようとした瞬間、確かな気配を感じた。

「……!」

体が勝手に反応し、後ろに飛ぶ。ボルグアイを構えようとしたが、出掛けている事に気付き舌を打つ。

(もうっ! 何で肝心な時にいないのっ!)

心の中でタイミングの悪い相棒を罵る。だが、今はそんなことも言っていられなかった。

恐らく、カイベイルズが来たのだろう、そう決め付けた。

ボルグアイの話では二、三日中には遥を襲いに来る。そうなれば、邪魔な美羽から先に始末するのは考えられないことではなかった。

いや、初歩中の初歩だろう。美羽が生き残れば魂を完全に破壊したことが上にバレてしまう。

そうなれば彼にとって不利になることは間違いなかった。

本来戻るべき魂を破壊することは重罪だ。実行犯は間違いなく魂ごと消されるだろう。

だが、一つだけ避ける方法がある。

(私を殺して、犯人に仕立て上げること……)

それしかなかった。

自らが仕出かした罪を他人にきせることで、罪を逃れる。人間にも言えることだが、最低だった。

しかし、彼ならやるだろう―――そういう確信が美羽にはあった。

それを知って美羽に出来る事と言えば、遥達が逃げる時間を稼ぐことだけだった。

いくらボルグアイがいなくても時間稼ぎくらいにはなる。ボルグアイが気付いてくれれば、必ず逃がしてくれるだろう。

(多分……だけど)

不安要素が多いが今はそれに頼るしかなかった。今はただ、ボルグアイがきちんと働いてくれるのを願うしかない。

扉が悲鳴を上げて、ゆっくりと開けられていく。

ゴクリ、と喉を鳴らし、生唾を飲み込む。

「……」

いつでも飛び出せるように体制を低くする。今まさに開け放たれるというときに美羽は走った。

「美羽ちゃん……いる?」

扉の向こうにいたのは美羽が予想した人物ではなく―――遥だった。

「え、え、えええぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇ!?」

「み、美羽ちゃ―――グボッ!?」

背の高さの関係か、低くなった美羽の肩は丁度股間の位置だった。

肩に変な感触が伝わる。

遥が美羽ともどもごちゃまぜになりながら、廊下の壁にぶつかる。

「ご、ごめんなさいですぅ!!」

ばっ、と起き上がり、頭を下げる。一向に待とうとも返事がないので恐る恐る顔を上げると、遥が転がっていた。

「~~っ! ~~~っ! ~~~~っ!!」

いや、遥は悶えていた。声にならない声を上げて股間を押さえ、転げ回っている。

美羽はぶつかったときの変な感触の正体をようやく知った。顔が沸騰するかのように熱くなった。

頬を押さえて顔を背けた。ドクンドクン脈打つ心臓を何とか押さえようとするのだがうまくいかない。

「~~~っ! ~~~っ!!」

遥はまだ悶えていた。まるでゴムの壁にぶつかっては跳ね返るように、右に左に転げ回っている。

「……あっ! は、遥君大丈夫ですか!?」

今さらながら遥に駆け寄る。だが、場所が場所なだけに摩ることができない。

「~~~っ! ~~~~~っ!!」

と、遥がうずくまり背中をトントンと叩き始めた。

すかさず美羽も同じように叩く。どうやらこれが唯一の痛みを和らげる方法らしく、彼女が加わった後も遥は続けていた。

美羽は気付いていない、後ろに呆気に取られている理紗がいたことを。

……。

…………。

………………。

「で、何で突っ込んで来たの……?」

「え、えっとぉ……」

あれから数十分後、何とか復活した遥に美羽は説教されていた。

自らの部屋で正座をして、眼の前に立つ遥をちらちらと見上げていた。しゅんと肩を落とし、うなだれている。

「ふぅ……」

「う、うぅ……」

脂汗が美羽の頬を伝う。

まさか遥を死神と誤認してタックルしたなどとは、口が裂けても言えるはずかない。しかも、男の急所を捉らえたのだ。言い訳のしようがなかった。

「……」

(ど、どうしよう……まさに修羅場ってやつだよ……)

美羽は少し間違った解釈をしつつも焦っていた。

どう言い訳すればいいのか、そればかり考えてしまう。

仕事を話せば遥達にも分かってもらえるだろうが、それはならない。なぜなら、今から魂を誘うべき相手に自らの仕事を語っては墓穴を掘るばかりだ。

美羽に逃げ場はなかった。

「え、えっと……ボ、ボル君を追っ掛けてたら、ボル君が扉の方に逃げたんです・・・」

「……」

(うぅ……反応がないよぅ……)

心の中で泣きそうになりながらも言い訳を続けた。

「で、丁度捕まえようと飛び込んだときに遥君が扉を開けちゃったんです……だから、ごめんなさいっ!!」

何とか言い訳を交えつつも成立できていた。だが、何故か反応がない。

「……?」

不安にかられ顔を上げると、そこには笑顔の遥がいた。遥は美羽の頭を撫で、優しく微笑む。

「なぁんだ、そうだったのかぁ」

「……え?」

呆気に取られ、思わず聞き返す。それほどに純粋な安堵の様子が遥にはあった。

「え? だってボル君を追ってたんなら、単に俺が開けるタイミングが悪かっただけだよ……謝るのは俺の方、ごめん」

「あ、いえ……遥君が謝ることないですよ!」

ズキンと美羽の心が痛んだ。その場限りの嘘を信じる遥の笑顔に、美羽は自分が嫌な人間に思えた。

自己嫌悪に苛まれていると、遥が手を差し出してきた。

「……?」

突然の遥の行動に戸惑い、首を傾げる。すると遥がため息混じりに口を開いた。

「ほら、いつまでも座ってないで……」

「あ、はい。あ、どうも……」

そう、ずっと美羽は正座したままだった。言い訳のことばかり考えていたため、気付かなかったのだ。

美羽は遥の腕をとって立ち上がる。

じっ、と見詰めていると遥が笑顔のまま首を傾げた。

「ん? なに?」

「い、いえなんでもないです……」

(遥君……ごめんなさい……)

心の中で遥に謝る。

しかし、今は遥に真実を明かすわけにはいかない。美羽は絶対に遥のことを守ると誓った。

―――死神としての仕事よりも優先して。

「……?」

何故か浮かんだ言葉に自ら首を傾げた。

何故浮かんだのかわからない言葉。前にも使ったことがあるような気がするのに何故か思い出せない。

「ん? どうしたの? 美羽ちゃん」

「あ、いえ。なんでもないです」

とりあえず、どうでもいい事であったため、美羽はすぐに忘れることにした。

「あ、そういえば遥君達は私に何の用だったんですか?」

「あ、そうそう……ほら、前に出て」

遥が後ろに隠れていた人物を前に押しやる。

「あ、あの……お、お買い物……一緒にどう……ですか?」

妙におどおどした理紗だった。

今はいつものメイド服ではなくラフな恰好をしている。レースの配われたシャツの上にカーディガンを羽織り、ひらひらのフレアスカートを履いている。髪もいつも見ていた理香の髪にリボンを付けたものではなく、ウェーブがかかっている。 普段リボンをしているためわからないが、多分こちらが本当の理紗の髪なのだろう。落ち着いた雰囲気は元からあったのだが、今はしっとりとした落ち着がある。誰彼構わず振り向くほどの美人になっていた。

「え、えっと……理紗ちゃん?」

「あ、は、はい……理紗です……」

やはり家で見掛ける理紗とは掛け離れた、小さな小さな少女に見えた。

「うわぁっ!」

「あ、あの?」

感嘆の声を上げ、ジロジロと見る美羽におどおどしながら聞く理紗。

「あ、ごめんなさい……しっかし、理紗ちゃん綺麗ですね~。うらやましいですっ」

「あ、ありがとう……ございます」

「……?」

理紗の態度にはどこか引けを感じた。昨日まで普通に接していたのに、いきなり余所余所しくされては、美羽としても困ってしまう。

「理紗ちゃん、私なにかしたんですか……?」

「えっ?」

「……?」

驚く理紗に、首を傾げる美羽。

美羽は本心から言ったのだが、驚かれてしまい戸惑った。

「あ、あの……こ、こわ……怖く、ないんで……ないの……?」

途切れ途切れの言葉。そこには昨日起こったことを恥じたような―――いや、自らを嫌がっているような感じがあった。

美羽も感じたことがある、自らに対する恐怖。訳のわからない力を持ち、しかも記憶が無い。

それは恐怖でしかなかった。加えて突然の拒絶。美羽は理紗の気持ちが痛いほどわかった。

「怖い? 何でですか……」

だが、今はあえて聞いた。真相を知り得なければ心を開いてもらわなければわからないこともある。

辛いはずだが、今はそうするしかなかった。

「だ、だって……わ、わたし……み、美羽ちゃ……をこ、殺し……かけたし……」

恐ろしく小さな、消え去りそうな声。

美羽は死神であるからこそ聞き取れるが、おそらく遥にはほとんど聞こえていないだろう。それほどに小さな声だった。

「だ、だから……だから……」

理紗は震えて、座り込んだ。涙声のようだが、聞きようによっては違うような震えた声。

遥が不安そうに見ていたが、美羽は微笑んで理紗に近寄った。

「怖くないですよ、ほんとです。私達……友達じゃないですか……」

頭を抱えるようにしてぎゅっと抱きしめた。瞬間、理紗の体がびくりと震える。

「……っ!」

美羽の胸――ほとんどないが――の中で、理紗が涙でくしゃくしゃにした顔を上げた。

微笑み、理紗の頭を撫でてあげる。

「大丈夫です……私、そんな死にそうな時いくらでもありましたから……」

「み、美羽ちゃん……」

柔らかく、包み込むような声で言った。

後ろで遥が顔を強張らせていたが、二人に気付いた様子はない。

ただそれだけのことで理紗は安心したのか、顔を埋めた。

理紗の体から力が抜けていく。今まで強張っていた肩を和らぎ、もう一度顔を上げたときには理紗は笑顔になっていた。

「美羽ちゃん……これからも、友達でいてくれますか……?」

理紗が不安げに聞いてくる。美羽が表情を強張らせると、理紗がすぐに泣きそうに瞳を潤ませた。

だが、美羽の答えは決まっていた。

「これからとか、そんなんじゃないです……ずっと友達ですよ!」

「み、美羽ちゃん~っ!」

理紗が再び涙を流し、美羽の胸に飛び込んだ。美羽も涙を流し理紗をぎゅっと力強く抱きしめる。

「何だかなぁ……」

抱き合い、泣き合う二人を見て遥は肩を落とした。その顔が緩むのを抑えることはできなかったが。

「あ、あのぅ……」

「ん? どうしたの? 美羽ちゃん」

「り、理紗ちゃんが……」

美羽は困った。どうやら泣き疲れたらしく、理紗は寝息を立てていた。

「あ~もう仕方ないなぁ……ごめん、ベッド借りるね」

「あ、はい。どうぞ」

遥が理紗を抱き上げ――俗にいうお姫様抱っこをして――連れていく。そっと理紗を寝かせ、自らもベッドに腰掛ける。

「ん」

遥が自分の隣をぽんぽんと叩く。ここに座れば、と言っているようである。

美羽は恐る恐る近づき、ベッドに腰掛けた。ギシッ、とスプリングが音を立てて沈む。

この家のベッドは高級感こそないが、柔かな布団と包み込むようなバネがある。品物としての価値は高い。

「ありがとう……」

「……えっ?」

突然の遥の言葉に戸惑う。美羽には怒られることはあっても、お礼を言われる理由がなかった。

「いや、『えっ?』じゃなくて……」

「あ、あの……でも、わ、わたし御礼を言われるようなことは―――」

「したよ……いっぱいね」

遥はそう言い、優しく微笑んだ。

美羽が呆けていると、もう一度御礼を言い、頭を撫でた。

「あ、あの……」

「君は……理紗のあんな姿を見ても怖がらなかった……いや、それどころか友達だ、って言ってくれた……」

「当たり前ですよ……?」

「そう言える君がすごいんだよ……」

遥のその言葉に、美羽は生返事しか返すことができなかった。

遥が何か大切なことを言っているのはわかる。だが、美羽には友達を友達と言って、何で御礼を言われるのかがわからなかった。

「はぁ……普通はさ、手から槍が出てその上殺されかけたら普通じゃいられないよ……?」

「そうですか……? 普通じゃ―――むぅっ」

「……?」

慌てて口を押さえた。それを見て遥が首を傾げていた。

危うく自分が死神であることを話し掛けていたのだ。

ボルグアイのように主から離れて行動したがる珍しい奴はともかく、普通死神の鎌は死神と共にある。

これは自我がある無しに関わらず、いつでも死神の仕事ができるように仕方がないのだ。

(あ、危なかったぁ……みんなが普通に手から出してたから、理紗ちゃんのことあんまり変に思わないんです、何て言えないよ~)

言いかけたことを心の中で続けた。

そう、主な死に神は――かっこいいからという者もいるが――手の平を掲げて鎌を出現させる。咄嗟の時に一番いいのだそうだ。

そんなわけで、美羽にとって手から槍など出すことで驚いたりすることはないのだ。というか、槍よゴツイ武器である鎌を出す人を見ていて、いまさら槍で驚きはしないだろう。

「まぁそんなのどうでもいいじゃないですか……それより、何で手から槍が出るんですか?」

「それは……」

「それは……私が話します」

美羽の問いに答えたのは遥―――ではなく理紗だった。

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